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封神草紙  作者: 野中
第三部/第二章
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第十一撃 幻の書

「さっき言った目印とやらが、その符に移ったわけ?」


はじまったな、と清心は隼人を横目にした。たまに、隼人はこうなる。

癖なのか、相手を質問攻めにする。


聞くのが楽しいのか。教えられるのが楽しいのか。



分からないが、淡々と、尋ねて、尋ねて、尋ねる。分かり切ったことでも。



いつも通り、清心は大人しく答えた。

自覚があるのかないのかは知らないが、隼人の発作めいた質問攻めは、すぐ止まる。

「過剰分を吸い上げただけだ」

表向きは薬で症状を押さえられても、病原菌は残っている状態。

気配を辿ることができない状態とはいえ、対面すれば、怪異は対象―――――冴香を確実に認識する。

「平気で持ってるけど、危なくない?」


「持つことなら、誰にでもできる」

「ぼくにも?」

「ああ」

清心は肯定。冴香の体内に潜んでいる状態なら、掃除すべき害毒だが。

「さて」

穏やかに、清心は符を見下ろした。


「どうするか」


これはもう、道具。

手にしていれば、蛇体の怪異を清心の目の前に呼びつけることも可能だろう。

「きみのことだから」

隼人の声に、呆れた声がにじむ。

「好戦的なこと考えてるでしょ」


否定はできない。


「すぐ真っ向から叩き潰す方法を取ろうとするんだから、危ないよね、清心は」

同類が、他人事のように言っている。

「なら、隼人はどう使う」




「ふぅん、ぼくに預けるの」




一瞬、隼人は歯を見せて笑った。声なく。

清心のやることは、隼人の前では児戯に過ぎない。

清心は、彼から見て真っ直ぐ過ぎるのだ。


この笑い方は、そういう男が格別に厄介なことを思いついた証。


確実だ。この男に任せれば、おぞましい結果が待っている。




ゆえに、英隼人が味方で良かった、と心底から思えたことはない。




「まぁ、そうだね」

ひょい、身軽に立ち上がる隼人。楽しげに近付いてくる。


拒絶すべきか否か。


清心が迷う間に隼人が符を取りあげた。

「いいよ、ぼくに任せてくれる?」

いっとき、視線を合わせる。

任せる、とは言いたくなかった。だが。


「好きにしろ」


言い出したらきかない目をしている。隼人はもう、決めていた。どう行動するか。



こういうときはもう、共犯者になる他ない。



「結果を楽しみにしてて」


隼人が子供のように無邪気に笑う。嫌な予感は膨らむ一方だ。が、仕方ない。






賽は投げられた。






「そうか。ところで、宵宮のことだが」


「所在なら掴んでるよ。でもねぇ」


ひらり、符を空に泳がせ、跪いた清心を見下ろす隼人。

「あれには真面目に関わるだけむだだよ。正気じゃないんだから」


それは、まつりごとに関わるもの皆が言えた義理ではない。


「だからアレの居場所は教えたくない。清心が関わることじゃないんだ」

「ただの、連合の商人だろう?」


「真っ当じゃないのに気付いてながら、平気で断言するんだね、『ただの』って」


隼人は童顔に薄い笑みを浮かべた。

「宵宮って言うのは、連合の外交官が代々継ぐ名称だよ。商人ってのは都合がいい副業ってヤツじゃない? アレは何代目かな…抜け目なく狡猾かつ博識で、迷惑な暇人」



やはり、名ではなかったか。外交官。務まるのか? あの物騒さで。



だが物怖じしない態度には、納得もする。

「暇人だから、物事を掻き回すのが大好きなんだよ。うまく暇つぶしをさせてあげれば、味方に引き込むこともできる」

隼人なら、できるのだろう。



互いの利益を尊重しつつ、うまい落とし所を見つけることが。



「ぼくが嫌な感じを覚えるのは、宵宮がヒガリ建国の書に興味を示したっていうきみからの報告」

清心は頷いた。聞けば聞くほど、妙だ。



なぜ、そんな人間…要するに、実利を優先する人物が、神話になど興味を持つのか。



「確かに写本なら巷に出回ってるけど、原本を見たって話は聞かない」

「あるのかどうかすら、定かではないと言う者もいるな」


「幻の書ってやつだよ。…西の御門さまが持ってるって話、真偽のほどはどうなのさ」



「あれから房に戻れていないのだ。御門さまの顔を見ることすらできていない」



「ま、戻ることができたら聞いておいてよ」


隼人の声に、いっきに諦めが入った。





騒動がひと段落するまで戻れないよね。という言外の断言を聞いた気がした。




ささやかな期待すらこもっていない声に、ひとまず頷く清心。

「今回の西州王の件に関わる紡ぎ人の背後に、彼がいることは間違いないだろうけど、簡単に尻尾は掴ませてくれないよ」

今回の、西州王の件。


その言葉に、束の間、ぞわりと清心の背が泡立つ。

「もしや、連合は」

それは、ただの直感に過ぎない。






「ヒガリ国の神を調べたいのか? 言い換えれば、…利用したい」






しかし、言葉にすればやけに信憑性を持って響いた。

無表情で動きを止める隼人。




東州と西州の、王の代替わり時に行われる王の儀。それには、神との目通りが必須。






そして、―――――建国の書。


そこにはまさしく、神の話が記されている。






写本では、曖昧な描写しかないが、…原本、となれば。

「神の存在が、ヒガリの豊かさを支えている。その胡散臭い神話を連合が調べたい理由が、それ?」

「それこそ、単なる暇つぶしかもしれんがな。だが」

清心は、隼人が手にしている符を見遣る。

何かに気付いたように、隼人も口元をへの字に歪めた。



「…そうだね。斎門たちの信仰でいうところの神に、実体はないけど、ヒガリ国の神は、実体があるのは確かだよ。豊饒の対価として現れる蔵虫の存在は無視できない、神の実在の証。それだけ巨大な力を秘めた存在を」



指に挟んだ符を、隼人は小刻みに揺らす。







「こんな風にして、道具として使うことができれば」


「そういうことだ。豊かさを分け与えるなとは言わんが、『力』なぞ、使い方次第で善にも悪にも傾く」







実体のあるヒガリ国の神は、荒神あらがみ。その、力を。


よくぞ、現在あるヒガリ国の豊饒へ変える発想が、当時神を封じた者に閃いたものだ。

そもそも、『神』という言葉でくくったことが尋常でない。

神が封じられた門のそばに立てば分かる。


あれは、ばけもの、怪物だ。それが、神、とは。


ヒガリ建国の祖は、






(よほど肝太かったのだろう)






「しかも探ってるのが宵宮なんて。極力、神の情報は秘匿しなきゃいけないね」

冴香に目を戻す。

姿勢よく清心の腿に腰掛けて微動だにしない彼女に、声をかけた。


「立てますか」


いたずらに、脚の気を乱されたのだ。膝にうまく力が入らない可能性がある。

ただ、少し時間を置いたから、そろそろ気の乱れも収まっているだろう。

冴香は清心を見もしない。前の壁に真面目な顔を向けたまま。


一言。




「腰が抜けました」




いったい、何を言われたのか。

言葉の意味を理解するのに時間を要した清心の代わりとばかりに、隼人の大爆笑が執務室に響き渡った。


「あっはっは! そんなじゃ、押し倒された時はどんな状態になるんだろうなあ!」


次の瞬間、冴香が投げた扇子が隼人の眉間に的中。

そのとき。


にわかに、州府内に騒ぎが起こった。




「それ」

清心と志貴が退室し、静かになった室内で、冴香が尋ねた。

「どうするんだ」

「そうだね」

隼人が、冷めた目で笑う。

「逆に訊こう」

黒い符を頭上に掲げれば、黒羽の一人が、隼人の足元に跪いていた。

「冴香なら、どうする?」

冴香は目を伏せる。

答えは、必要なかった。


同じ、考えでいることを、理解している。


跪いた黒羽に、隼人がその符を預けた。

そして、命じる。

本でも読み上げるように、なんの動揺もなく。


すぐ、告げた言葉を忘れた表情で、隼人は外を指差した。



「さ、行って」



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