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封神草紙  作者: 野中
第一部/第一章
8/87

第七撃 当たったら、すみません

先に動いたのは、相手だ。一歩、横へ。間合いを測ってる。

僕も、無言で逆方向へ、一歩踏み出す。

「北境辺土にヒガリ人が住んでいたのにも驚いたが…月子様が、何者か知らないのか?呼び捨てにするなど。それにしては、私を刺客と知って、誘い出したな」

互いに足元で半円を描きながら、僕は直感した。

「キミは、軍人ですか」

「――――いかにも」


ふいに、刃のきらめきが闇を裂く。


相手は一瞬後、僕の目前にいた。


身体のバネが、桁外れだ。振り下ろされた刃を、僕は銃身で受けた。

軽い。様子見か。なら。

押さず、引き寄せ、受け流す。

相手は均衡を崩した。


間髪入れず、僕は反転。左足を軸に、相手の後頭部めがけ、回し蹴りを叩き込む。


寸前、反動を生かし、地を蹴った。

身を沈めた相手が、飛燕の動きで刀を返し、真横へ薙ぎ払ったからだ。

避けなきゃ十中八九、僕の片足は持ってかれてた。


いい勘だ。僕は驚嘆。


ほとんど同時に向き合って、後退。

開く、間合い。

果たし状を叩きつける勢いで、相手が怒鳴った。




「私は刀術士、宇津木蓮!貴殿も刀術士とお見受けする。名乗られよ!」




――――宇津木!


名乗るどころじゃない、雷に撃たれた気分で僕は震えた。

宇津木といえば、武の名門。

ヒガリ国国軍重鎮、大将軍たる宇津木修平の生家だ。

蓮って名は、聞いたことがある。修平の末息子。


その国軍の将兵がなぜ、刺客になっている?


東州内のモメ事に、国軍が出張るはずはない。動くなら、州軍だ。

国軍が動いた理由は、なんだ。

僕は状況が単純でないことを悟らずを得ない。

月子の身に、常識の尺度で測れない出来事が起きている。

(マズいな)


僕の体調は、万全でない。いやそれは、言い訳だ。

この状態で相対するにはキツい相手だが、できなくても、やらなきゃならない。

事情を聞き出す気は、失せた。僕が事情に無知だと敵に知られることは、月子にとっての弱みになる危険がある。


訊くならやっぱり、月子本人だ。


名乗りを上げず、無言で銃剣を構えなおした僕に、蓮は舌打ち。殺気が、研ぎ澄まされた刃みたいに鋭い。

「礼儀知らずめ…!」


「そんなことより、場所を変えましょう。僕らの真横にある緑の繭は、…蔵代です」


蓮は息を引く。蔵代のそばで戦うなど、愚行も極まる。


僕は地を蹴った。

蓮を見ながら、左へ疾走。

半ば地面にのめりこむ姿勢の僕に、間を置かず、蓮はついてくる。


流星のごとく、空を貫き、走る、走る、走る。


樹を避けながら、速度を上げた。それでも、蓮は追いすがる。

僕は舌を巻いた。

この森に慣れた僕はともかく、国都育ちのお坊ちゃまが、たいしたものだ。


さて。先へ進めば、川へ出る。ただし、僕の家から遠ざかる。

一旦戻るか、先に蓮と決着をつけるか。



決めかねた一瞬。



顔面を、突風が殴りつけた。

いや、実際は、風なんか起こってない。これは、思念だ。強烈な。


頭が、割れる。


「…っ!」

身体を突き抜けた姿なき衝撃に、僕と蓮は、体勢を崩した。

直感する僕。


胸に火矢を撃ちこむみたいなこの思念は、僕の家の方角から放たれてる。

弓を絞ったのは。

「月子…っ」






月子だ。月子が、僕を呼んでる。






捜してる。

敵に襲われたのか。

それとも、目が覚めて、隣にいない僕を求めてるだけか。

声の悲痛に、焦燥が胸を焼く。

たちまち、自分が置かれた現状なんか、二の次になる。


すぐ。すぐだ。風より速く、戻るから。


まっさきに、心が駆けてった。月子めがけ、いっしんに。

それも束の間、背骨を駆け上がった呪いの激痛が、思考もろとも身体を縛る。

おまけに、僕は。


転倒を堪えた蓮が、横殴りに太刀を鞘から引き抜いたのを見た。


刃の軌跡が、魚鱗みたいにひかる。吸い込まれる先は。



僕の首筋。



間髪入れず、僕も腕を振り上げた。

――――間に、合、えっ!

間一髪、銃身が僕の首筋を庇う。火花が散った。

片腕で受けた、無茶な姿勢。受け止めきれない。なら、流す!

僕の二の腕、服を掠め、蓮の切っ先があさっての方向に落ちた。

反動で、銃剣が、頭上高く跳ね上がる。かろうじで、離さない。かわりに、懐ががら空きになった。

銃剣を構えるより、蓮が太刀を返すのが早い。

――――まだっ!


こめかみに、太刀が叩きつけられる寸前。

僕は踏み込む。

技巧も何もない。ただ力任せに、銃剣を振り抜いた。


目標がずれ、僕の耳を掠めた太刀が、肩に落ちる寸前、半ばから折れた。


銃口が火を噴き、銃剣の刃がひしゃげた結果だ。

蓮の、折れた刃。

水車のごとく空を裂いたそれは、近くの幹に刺さるかと見えた。瞬間。


幹に、跳ね返る。その切っ先が向いた先には。

僕。


振り向いたときには、どうにもならない距離だった。

蓮が、ひきつるみたいに息を呑む。

僕は危機感もなく、蘇芳の言葉を思い出してた。






近いうちに、僕は死ぬ。


それが、今?






他人事みたいに思うなり、刃は僕のこめかみを掠め、すり抜けた。

遠い背後で、地面に突き立つ。


僕は目を瞬かせた。


かわせなければ、絶対に僕の眉間に切っ先が刺さる軌道だった。

それが、寸前で。

…刃自身が僕を避けたかのように、軌道を変えた。


偶然?いや。


もしかして、蓮の太刀は。




見下ろした蓮は、亡霊でも見る目で僕を見ていた。

構わず、尋ねる。

「もしかして、キミの太刀は、白鞘村の…?」

「…なぜ、分かる」

その反応に、得心する僕。

なるほど、それなら、納得がいく。

白鞘村で鍛えられた刃は、決して僕を傷つけない。

機会があれば、事情を語るときも来るだろう。


頷き、僕は駆け出した。

泡を食った蓮の声が背を叩いたが、もう意識の外にある。






早く、戻らなければ。

月子が僕を呼んでる。どこだって、捜してる。


心臓が潰れそうな、声だ。行かなければ。早く、もっと早く。






闇に慣れた目が、木々の間に見える家を映した。人影が取り囲んでる。

複数。十人は越えてた。でも、二十は越えてない。なら。

行く。

僕は、踏み抜くほど強く、地面を蹴った。呪いの痛みは完全に失せてる。

連中の頭上で、一回転、――――しながら、銃を構えた。


幾人かが、顔を上げる。


「当たったら、すみません」

断りを入れ、引き金を引いた。連射。

殺すつもりはない。脅しだ。月子は殺人を嫌う。

けど、当たれば、事故だ。


なんて素敵な言い訳。


逃げ隠れできない宙にいた僕は格好の的。けど、咄嗟に反撃できたヤツはいない。

思ったとおり、この闇で、頭上の敵は予測しなかったと見える。

蜘蛛の子散らすみたいに弾丸避けたのは、さすがだ。

なんにしろ、手応えで悟った。ここにいる連中は。


黒羽だ。

これで、決定的。






月子を追ってるのは、少なくとも、東州じゃない。











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