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封神草紙  作者: 野中
第三部/第一章
71/87

第六撃 輝く鱗

「商人の割に、夢見がちな言葉を選ぶんだな」

面白がっているのか、ばかにしているのか。

翔の言葉選びは、紙一重。宵宮は動じず、


「ヒガリでは、斎門の星読みの結果がまつりごとに採用されることも多いとか」

星読みを肯定するようで、原始的と言いたげな雰囲気。同調を示す態度で、翔。


「ま、他国から見れば、胡散臭い占いと一緒に見えるよな、あれって」


「そこまでは申しませんが、ちょっと運試しをしてみようと思った理由は」

清心の反応を試すように、視線を投げる宵宮。



「どちらに転んだところで、私に損はなかったもので」



事実だな。清心は、納得。

彼は宝石商。民の反感を買ったところで問題はない。


一般人に、手が出るものなど扱っていないからだ。歓心を買うなら、豪族。それが、利口。


清心には、味方と同じ数だけ、敵がいる。

知っている翔は、ああ、と頷いてしまう。


「それにしても何をなさったのです?」

口調を転じ、しげしげ、清心を見上げる宵宮。

「豪族の方々は、実力こそお認めであるものの、あなたを煙たがっておられる様子」

歯に衣を着せない男だ。さらに追い打ち。


「遊郭街の元締めなども、雷公を疎んじておいでだ…異常なほど」


その理由は、清心も知りたい。

だがきっと、清心の言動で気にくわないところがあるか、見えないところで被害を被ったことがあるのだろう。


清心は、自分の言動の波紋が及ぼす端まで把握できない。

清心がやったとしたら、一つだけ。




「悪いことは悪いと告げただけです」




裁きはしない。

たとえ悪でも、知った上で堂々と行うなら、けっこうだ。



それで怒るなら、疚しさがある。本人に。



問題は、そこだ。清心はそのやましさを、…痛いところを突いた。



ゆえに、目ざわりなのだ。彼等は、清心が。



宵宮は、一瞬、唖然。演技を忘れた風情。

すぐ、咳払い。何事か、呟く。

異国語で。


清心には聞き取れなかった。代わりに、横にいた翔が呟いた。



「…同感。童だ」



刹那、奈落のような沈黙が落ちる。

宵宮と翔があさっての方向を向いて、口元を押さえた。

笑いを堪えているようだ。肩が震えている。


これには、殺気立ち、刃物を構えていた二人の方が毒気を抜かれた。とたん。




響いた梵鐘の音が、場の異様な空気を洗い流す。


若者二人が、黙々と武器をしまう。周囲に、市場の喧騒が戻ってきた。




そのとき。

清心は、鼻先に、異臭を感じた。腐りかけの魚に似た生臭さ。気のせいか? わずかに視線を巡らせた。


「宵宮」

面倒そうな声を出したのは、宵宮を守るように動いた陰鬱な青年だ。


「そろそろ」

促した彼に、翔が気紛れのように声をかけた。

「キミ、見事な手並みだったね、ウチの子、認可を受けた刀術士なんだが、…お名前は?」




静也しずや




名乗り上げ、ひとつ。

それだけで、『どうでもいい』という心が斬り込むほど強く伝わるのが逆にすごい。


「それでは、失礼」

何事もなかった。そんな態度で挨拶する宵宮。

あっさり踵を返す。






何がしたかったんだろう。


清心は素で思った。直後、気付く。

ああ、単純に、接触が目的か。面通しと言うか…。


すぐ、首をひねる。


清心相手に意味はない。






翔がため息。

「連合の商人、宵宮。また癖があるのに目をつけられたな」


「何者です?」

「知らないって方が驚きだ。…刺されかけたのに興味もなさそうだな?」

清心は聞き方を変える。




「南の連合では、どのような立ち位置に?」


「裏の仕事の請負人ってところさ」


「西州へは、何をしに?」

「次期西州王の見極めが少しと、…何だか知らない仕事半分と趣味半分だろ」

知りたくもない。肩を竦め、翔は投げやり。


「あの男の情報なら、英さまが詳しいぞ。それよりぼくは、静也って男の方が気になる」




視界から、宵宮たちの姿が消えた。

気を取り直す。

彼等については、情報が少なかった。何を語るにしても、想像の範囲を出ない。


ならばここまでにしておくべきだ。時間は有限。

宵宮たちよりも、水無瀬家二人の行動が気にかかる。


彼等も、清心と同じく、徹夜だ。


今頃寝台の中で寝息を立てていても不思議はないのに。




「水無瀬さまは、こちらへは会合か何かに?」




もっと奥へ進めば、品ある静寂漂う料亭が立ち並んでいる。

豪族や商人、ときには後ろ暗い者たちが密談をするにはもってこいの場所だ。

「違う。貴方を捜していた」


「私を?」

思い出すのは、昨夜の出来事。

炎の獅子の形態を取った蔵虫を前に、大半がしり込みした。

そんな中で。



協力を申し出てくれたのはこの二人だ。



蔵虫が消えたことで普通に別れたが、清心の側に、何か粗相があったろうか。

「私が何か失敗をしていましたか」

違う違う、と翔が分厚い手を横に振った。


「ちょうどそこで、貴方の従僕に会って、場所を教えてもらった。あの子供が、そうだろう? まだここにいてくれてよかった」

「十蔵と会ったのですか」


清心の視線が落ちる。翔の鞭を見た。



次いで、翔の斜め後ろに控えている少年を。





彼の名は、水無瀬志貴みなせしき

水無瀬の姓を名乗ることを許されている以上、あの武門の血を引いているのは確実だ。


ただ、――――志貴。その名を耳にしたことは、清心にはない。


なにより、この容姿。

細工物めいた繊細な顔立ち。

細身だが、均整のとれた体つき。まだ歳は十五とか。

十人中十人が振り返る面立ちだ。

これで、豪族の一族出身で、知らないでいたという事実に、違和感がある。


気になるのは、双眸の空虚さ。

ただし、戦闘の中では雰囲気が一変する。



まるで、野生の獣。






昨夜の共闘で、実力のほどは知っている。心強い戦力だ。

状況として、二人とここで出会えたのは都合がいい。

ゆえに十蔵も、清心の居場所を素直に教えたのだろう。


先の、清心の要望に応じたわけだ。


実力ある刀術士が二人。十二分の戦力だ。

とはいえ、昨夜と今で、またいきなり協力を乞えるかどうか。

一晩の徹夜ならまだしも。


熱の上がった息を静かに吐き出す清心。背の痛みが強い。


けれど、怪異は待ってくれない。

嫌でも助力を乞う他なかった。

どう切り出すか。考える清心の前で、




「この子だが」

親指で、後ろの子供を示す翔。さらりと続けた。


「貴方の仕事で使ってやってくれないか? 護衛くらいには、役立つぞ」




正しく自分が相手の言葉を理解しているか、一時、耳を疑う清心。首を傾げる。

それを何と取ったか、

「英さまから許可はもらっている」


手回しは済んでいる、とばかりに翔は言った。思わず、片手を挙げて彼を制する。


「待ってください。水無瀬の人間が、一斎門の手伝いですか?」

翔が笑った。目の端ににじむのは、呆れ。





「貴方は、この地において、自分が何をしてきたか、分かっているのか?」


「問題の解決と同じくらい、問題を起こしています」

基本、世間に合わせるように清心は動く。


だが、根っこは自分勝手。自覚はある。


隼人や翔なら。大人だ。彼らの方で、清心とうまく折り合いをつけてくれる。

付き合いが続いているのは、彼らのおかげだ。翔はそれを、理解している。はず。


というのに。


そんな相手に、一門の、しかも有能な子供を任せる?


あるだろう。裏が。





「貴方がどう思っているかは知らないが」

清心の言を、翔は否定しない。代わりに、別のことを言った。





「ヒガリ国西州に、斎門・清心は必要だ。知名度・求心力・影響力…すべてにおいて有用。失うわけにはいかない。今回の件は、―――――今まで以上に危険だろう?」





危険。と言うなら、いつでもだ。


翔がつとめてそう言った理由は。


「まつりごとと無関係でなくなる、ということでしょうか」

「それも理由の一つ。水無瀬が噛んでいれば、ぼくも盾のひとつになれる。それから」

当事者の志貴は、ぴくりとも表情を動かさない。いや。表情が、ない。


暗いわけではない。暗ささえ、持っていない感じ。というか。




人間の身体が家だと考えると。家主が奥に隠れてしまって、放ったらかしの家屋だけがそこにある。

本人はここにいるが、引きこもっている感覚。




彼の背を押す翔。清心へ押しやる。見上げてくる志貴。

双眸に清心は映っているが、見えていないような視線。



夢の中を歩いている風情。



「志貴への水無瀬の総意にぼくは逆らいたいのさ」

翔の声は強い。男らしく整った顔立ちの中、双眸が物騒にきらめく。

それでいて、表面は面白がるよう。珍しいな。思って、つい。



「水瀬家の総意、ですか」



呟いた。尋ねたつもりはない。が。



―――――翔の、表情が変わった。いや、消えた。残ったのは、真顔。



あ。これは。清心は、重い話を予想。

同時に、不思議に思う。

翔は清心を巻き込もうとしている。それは分かる。

だが、清心はたかが無一物の斎門。

たいして力にはなれない。なのに。

気軽に、内情を話していいのか。

秘密はもう少し、慎重に隠しておくべきではないのか。


清心の心配をよそに、翔は微笑む。





「志貴の血を継ぐ子供が生まれたら、志貴を始末する。それが、この子が生まれた時からの、取り決めだ」


ぞわ。全身、鳥肌立った。なんだ、それは。





「志貴は水瀬家の遠縁の子ってことになってるんだけどな」

翔は軽い口調の端で、何かを堪えるような引きつれた声で告げる。


「実際は、ぼくの甥っ子。いわゆる、妾の子さ」


「…随分と、率直ですね」

旧家の暗がりを覗き込む趣味は清心にはない。

英家のものでも、重くていっぱいいっぱいだったのに。

これ以上情報はいらないと口を挟めば、


「清心さまに誤魔化しはきかないからな」

疲れたような笑顔で、翔。




「扉を叩くなら真正面から。そうだろ?」


「はい。嘘は、嫌いです」




厄介事以上に嘘やごまかしは好かない。卑怯さは。とはいえ。

それで誰かの命が助かるとかいう場合なら、別の話だ。


清心の素直さに、翔は少しバツが悪そうに頭をかく。



「やはり、童だな。でも貫き通せば本物だ」



始末に負えないばかと言われた気がする。事実だ。

受け流し、清心。

「まさか、昨夜その子を遊郭で連れていたのは」



「…分かるだろ? 取り決めの刻限は、近いんだ」



過去形だ。翔の顔を改めて、見直す。

「ぼくが逃がすって方法もあったんだけど、ずっと逃亡生活なんて、悪いこともしてないのに後ろ暗い生活は送らせたくなくってね」




真正面から、真っ当に、戦う手段があれば一番いい。武門らしい考えだ。




「だから仕事、ですか。確かに、関わり合いが増えれば、簡単には始末できませんしね」

隠し通すより、表に出す。賭けだ。

下手を打てば翔が水無瀬家から――――思いさし、首を横に振る。


翔は、簡単に処分などできない。彼の人脈をはじめ、その実力は、切って捨てるには惜しい。


翔に、遠い日の、隼人の姿が重なった。

「そ。しかも、『あの』雷公の護衛役ともなれば、いくら本家でも無碍にできない」

なぜそこで清心に白羽の矢が立つのか。

分からないが、助力は心強い。



重苦しい事情はさておき、―――――志貴を見下ろす清心。この子の戦力は、本物。



「―――――そういう事情なら」

遠慮せずこき使えるなら、逆にありがたい話だ。

志貴の意見も聞きたいところだが。


真横へ視線を向ける清心。ゆっくり話す時間はなさそうだ。



「護衛と言わず、戦力となって頂きたい」


積極的に、是非。直後、



「は? ちょ、…清心さまっ」

惑う翔の声を置き去りに、清心は踵を返す。

駆け出した。説明の間も惜しい。


なにより、説明するまでもなく、―――――向かう先から、上がる絶叫。


誰かが、上を指差した。







「蛇だっ!!」







見上げる。目に映ったのは。

ぞろり。陽光を弾く、輝く鱗。湿りを帯びた、白い腹。それらが。








一瞬、動きを止めた。―――――力をため込んでいる。








腹の底からぞっとした。

怪異の蛇体。今までの行動から察するに、このあと。



(間、に、―――――合えっ!)


「清心さま」



目いっぱいの疾走の中、横に並ぶ声。目をやれば、涼しい顔で、少年が。

「何をすれば」

指示を乞う。迷いなく。清心は、一言。


「縫いとめてください」


「はい」

すうっ。

躊躇いなく、志貴は、前へ。瞬きの内に、見えなくなるちいさな背。あまりに軽やか。


呆気に取られたのは一瞬。志貴はやり遂げる。ならば清心は、次に続く行動を。


地面を蹴った。次いで、近くの土塀を。

丸くなる周囲の目を置き去りに、屋根へ。




しゃらん。錫杖の環が、鳴る。刹那。




蛇体の意識が、清心に殺到した、―――――気がした。とき、には。


視界の片隅。




地面から生えた蛇身に向かい、一直線にひかりの矢が落ちた。




それが、志貴の太刀の切っ先と、気付いた時には。

清心の身体は、無意識に動いている。


片手で印を組んだ。錫杖を蛇体へ向けた。





「祓え」





同時に、志貴の太刀が、吸い込まれるように大地へ落ちる。蛇体を貫いた。直後、




――――――ッッ!!!!!!




言葉にならないおぞましい波動が、蛇体を中心に爆散しかけ、

(…なるかっ!)

寸前、きらめく結界が押しとどめた。跳ね返す。

当然、蛇体は痛みにのたうちかけた。


それをも、捕らえた清心の法力の網が抑え込む。


蛇体を指す錫杖の先が下がった時、志貴がそこから太刀を引き抜く。飛びのいた。直後。

家屋が崩れ落ちるように、蛇体が崩れ落ちる。折り畳まれた。


それでも、足りない。


蛇体は地面から生えているのだ。核は、どこに。

蛇体が、足掻く。逃げようと。

まだだ。逃がせない。



明かせ。目的を。動けないよう、粉々にするために。



時間がない。

だが、焦っては逃がす。




頭にこもりそうな熱を、丹田へ落とした。




―――――掴むべきは、目の前の、この蛇体ではない。実態があるとはいえ、粗雑だ。


捜しているのは、繊細な、核。

意識を沈めた。

手繰り寄せるように、蛇体の核を追う。






もっと、奥へ、奥へ、違う、これも違う、何もない、ここには、先だ、もっと、もっと、ずっと先。








武門の端くれのはずなんだけど、なんか色々考えることの多い水無瀬翔だ、ひとまず寝たい。

徹夜明けはそろそろ身にこたえる年頃なんだが、わけあって市場を歩いてる。お。

さっき物騒な従僕くんが教えてくれた通り、清心さま発見。

周囲から頭一つ飛びぬけてるから目立つったら。

なんとなく、周囲がさわさわしているのも、清心さまがいるとお馴染みの感覚だ。

皆が気にかけてるって言うか、気になるって言うか。

心配してるって言うか?

生まれてこの方、戦闘以外、何一つ興味を示さなかった甥っ子が、遠回しに、

あのひとあのまま放っといていいの?

と聞いたことから、清心さまの危なっかしさは群を抜いてるって言い切っていい。

なんというかね。

宝石の原石が、磨かれもせず箱におさまることなくうろついてる感じと言うのかな?

清心さまを見てると、たまに無性に危なっかしい気分になんだよ。

顔にでっかい傷痕つけた、おまけに図体のでっかい、男だけどねえ?

たまに心からびっくりする。


え。

なんだってコレに護衛もつけず、野放しにしてんだ、御門さまも官長どのも?


本人、変な誘惑は毛嫌いしてんだろうけどね、逆に不安になるよな、それも。

今は…ふん? 誰かと話してるみたいだけど、どれどれ。

遠目に見る。呑気な気分が凍りついた。顔が引きつる。


また と び き り のに つ か ま っ て ん じゃん。


雄たけびを呑みこんだ。口元を真一文字に引き結ぶ。

アレはよくない。ってか、今、西州にいるのか、アレが。いて当然か、アレだもんな!

やけっぱちの気分で一歩踏み出す。

背後からついてくる甥っ子に、声をかけるのも忘れずに。

「約束したからには、あの方を守るのを第一にな」

考える以上に、清心さまを取り巻く危険は多い。

とはいえ。



これから彼の身近につけようとしている甥っ子が、実は一番の危険かもしれない。




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