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封神草紙  作者: 野中
第二部/第四章
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第七撃 壊れそうな微笑

少し、考えて。


ぱっと顔を輝かせる清音。訝しげな宗親を前に、胸を張る。朗らかに言った。



「私、生き残れて良かった」



「…今、それを言うのか?」

意味が分からない、と言いたげな宗親に、分かってほしくて、清音は力強く頷く。

「そうだよ。だって、あの時私が死んでたら」

ゆっくり、噛み締めるように告げた。


「和泉さんはもっと傷ついたでしょ」


だから、生き残ってここにいて、今、宗親と話せてよかった、と。

心の底から安堵し、告げた、清音の前で。

宗親はしずかに目を見張る。

―――――次いで。



一瞬、いまにも壊れそうな微笑を見せた。



「…罵ってくれて、いいのに」


ばかだな、とため息まじりに、宗親。清音は、包み込むように笑った。

「どうしても償いをしたいって言うなら、―――――生きてよ、和泉さん。ただ、生きていて。…それが和泉さんには、苦痛だって分かってて、あえて、…言うよ」

宗親は目を伏せる。






いつだったか、そう、征一朗を死地へ見送った後。

すべてを察していた義孝にも、似たようなことを言われた。


―――――知ってしまったことは、てめぇのせいじゃないだろ。けどな、もし償いたいってんなら…生きて、ずっと苦しめよ。


聞くものが違えば、酷い物言いだと感じたかもしれない。

だが、宗親の心は、少しだけ、楽になった。






清音は知るはずがない。

ないのに。

「お嬢ちゃん、―――――いや」

どこか照れくさげに、宗親は言い直す。


「アンタはいい女だよ、清音」


清音は面食らった。

彼に名を呼ばれたのははじめてだ。それに。


義孝にも、はじめて、名を呼ばれた。あのとき。

まったく、その貴重さに気付く余裕はなかったが。


どんな表情をすればいいか分からなくて、清音は目を伏せた。

照れくささに、どこかに隠れたげに身をすぼめた彼女に笑って見せ、宗親は寂しげに呟く。

「どうして、こんなことになったんだろうな」

なぜ、と。

聞きながら、深く理由を察するほどには、宗親は大人で。

それでも、聞かずにいられないのが、彼の人間性なのだろう。

物思いを振り払うように、宗親は一度頭を振った。

がらり、口調を変えて、言う。


「星が告げた『神殺し』。―――――あれは、弟君のことだったんだな」


「…そう…、なるんだろうね」

清音は沈痛な表情になった。

「アンタは、弟君が刀工になることを望むのか?」

「当たり前だよ。そういう家系なんだから」

もったいない、と言いさし、宗親は寸前で止める。清音を怒らせたいわけではない。

「兄貴の方は行方不明つったか…名前、なんていうんだ?」

何を言い出すのか、とふしぎそうに、清音。

清仁きよひと



「―――――過去の真実を知りたいなら、星読みをしてやるぜ?」



慎重な宗親の言葉に、清音は目を見張った。

思えば、宗親の能力を知っていながら、清音はそうしてほしいと考えたことが一度もない。

その意味を知るために自分の中を見つめ直し、やがて彼女は首を横に振った。


意外そうに、宗親。

「…知りたくないのか?」

「改めて聞かれると、知りたいって言うのも、確かなんだけど」

迷うように、しかし清音は、きっぱりと。


「知りたくない。戻ってこなかったんだから、もうこの世にいない可能性のほうが高いんだけど…、もしそうなら、よけい。はっきりとは知りたくないの。知ったら、和泉さんのこと、恨みそう。知らなかったら、どこかで生きてくれているかもしれないって、思っていられる」


知らなければ、希望を持っていられる。兄は、生きていると。どこかで元気にやっている、と。

「臆病って、言う?」

「いや」


真面目な宗親に、清音は苦笑。

「生きていて、それでも村に戻ってこなかったなら…、なにか、事情があるんだよ。私は、それならそれで…生きていてくれたら、それでいい」

言葉を紡ぐたび、曖昧だった心がはっきりと形になった。

清音は力強く頷く。


「ところでね、和泉さん」

「ん?」

「さっきのは、ナイショにしてね。東州王に」

「…ん?」

―――――さっきの。


一瞬考えた宗親は、すぐさま答えに思い至った。

とたん、気まずそうな顔になる。



清音の寿命が、今回のことで半分削られた話だ。



「あ~…」

宗親は脱力したように息を吐く。

「…やぁっぱ、お嬢ちゃんはお嬢ちゃんだな」

「もう、何が言いたいわけ」

「―――――オレは遠慮するぜ、王サマ相手に、お嬢ちゃんと共通の秘密をもつのなんて」

「そりゃ、私は嘘とか隠し事が苦手だけど」

「そういう意味じゃない」

宗親は、顔の横に両手を挙げた。

「相手がお嬢ちゃんじゃなきゃ、それもよかったんだが…、あのな、頼むから男女の機微に、もうちょっと聡くなってくれ」

少し考え、清音はムッ。

「莫迦にしてる?」


「いや、子供扱いしてる」

呆れたような宗親に、言葉に詰まる清音。自覚はあった。不貞腐れる。

「どうせ、子供だよ」

「そのくせ、魅力的だから困るんだよな」

嘆息した宗親に、清音は首を傾げた。

子供であることと、魅力的なことは両立しない気がしたからだ。だが、説明はない。


「なんにせよ、遅かったな、お嬢ちゃん。王サマはもう知ってるぜ。ぜんぶ。オレがしたことも、事態に無関係なお嬢ちゃんがツケを払うことになったことも」

清音は、絶句。宗親は、へらり、笑う。

「あ、王サマなら、裏にいるぜ。庭先に突っ立って、動こうとしやしない。…慰めてやって」

「―――――バカッ!」

怒鳴り、清音は宗親が指差した方へ駆けて行く。


手を振って見送り、宗親は自分の腹を撫でた。

先ほどからひどく痛む。義孝に殴られたからだ。

「ぜんぶ話して、この程度でチャラになるんなら、安いもんだな」

宗親自慢の顔を殴らなかったのは、義孝の温情なのだろうが。


それにしても、痛い。


宗親は、鬱屈した気分を解放するつもりで、星空を見上げた。

無意識にその囁きを読み取ろうとする本能に目隠しして、なんとはなしに呟く。



「…きよひと、ね」


清音の兄。どういった人物だったのだろう。―――――うっかり、興味を持った。刹那。




「…ヤバ…ッ」




自分の思考が押し流されかけるのを、必死に堪える。

―――――視えたのだ。望みもしないのに。

押し寄せてくる。

運命の流れが。未来が。


どっと膨大な知識が、宗親の脳裏に流れ込む。


とたん。

宗親は、愕然と硬直。

「…おい。おいおい、待てよ」

声が、震えた。固く目を閉じる。

止まりそうになった息を、意識して逃がし、深呼吸。

「―――――なんだってんだ…」

表情に浮かぶのは、諦念に似たもの。乾いた声で、呟く。

「嘘だろう…清音の兄が、―――――次期西州王、だと?」

しかも、その男に宗親は会ったことがあった。


西の御門。

彼が、贔屓にしていた男。隻眼の、職人。

果たしてその正体は、諜報活動中の斎門だったわけだが。

物静かで穏やかで、だが鋭い知性を持った、一筋縄でいかない男。

ところが、その男は数年前より以前の記憶を失っていた。そのため、彼自身のことを、彼に頼まれ、読み取ってみようとしたことがある。だが、かなわなかった。宗親にも、西の御門にも。

男の過去は、まったくの無としか読み取れなかった。

いや、ともすれば、西の御門は、知っていて、素知らぬ顔をしていた可能性が高い。

食えない狸なのだ、あの方は。

それが。

―――――清音の兄。

そのことを意識に上らせるなり、すべてがはっきりと澄み渡った。

そして。

…清音の弟。

清貴は、神殺しを宿命的に背負った刀術士。また、英雄にして、―――――国守殺し。




神に愛された村の子ら。

悉くが、数奇で過酷な運命に翻弄されている。

しかも、彼らの星は異常なほど強い輝きを宿していた。

それこそ、無理やり運命を読み取らせるほど。




俯き、宗親は顔を押さえ、回廊に戻った。

首を振って、思考を別のところへ逃がす。

でなければ、呑まれてしまいそうだった。咄嗟に宗親は、自分に命令する。

―――――気持ちが楽になることを考えろ。

宗親にとって、それは本当に少ない。…思うなり。

脳裏に浮かんだのは、…本山に待たせている、養い子たちの姿。

宗親の口元に、ようやく笑みが戻った。ホッと息を吐く。


(…オレは、何も見なかった)


そうすることが、一番いい。

宗親は、東の御門。東州のことだけを考えていればいいのだ。東州王・御堂義孝のことを、中心に。

ただ。

時は、来るだろう。

いずれ。


西州に、嵐が来る。


顔を上げたときには、いつもの宗親に戻っていた。

彼は飄然とした足取りで回廊を渡り、別邸の本館の闇に紛れた。





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