第四撃 作り慣れた表情
× × ×
刀馬は、夜空を見上げた。
澄んだ群青に、呼吸するように瞬く星々。王者のように君臨する、大きな月。
宗親なら、ここに、歴史の成り行きでも垣間見るのだろうか。
ふと、哀れな紡ぎ人の少女を思う。
彼女が、何を思って、身分に執着したのかは知らない。
だが、なにもかも失敗に終わって、良かったのだ。
何を約束したにせよ、秀嗣が紡ぎ人との口約束を守るとは思えない。それに。
(…清音ちゃん)
本当に、妹のように感じていた。健やかで、真っ直ぐな、少女。
無事だろうか。
いくら案じても、刀馬にはもう、知る資格などなかった。
あれほどにいたいけな少女二人を巻き込むなど、本当に人でなしだ。
別邸の奥庭から秀嗣と逃れ、刀馬は今、雪の道を進んでいた。
王母の別邸から、町へ出るには、ふたつの道程がある。
北側の、崖を回りこむ道程。
西側の、山の斜面を蛇行しながら下る道程。
当然、早いのは北側の道だ。秀嗣の選択は迷いない。北へ進んだ。
刀馬もあえて止めない。従順に、後ろから続いた。
秀嗣にも刀馬にも、東州へ戻る選択は残っていない。
あれほど堂々、東州王に牙を剥いたのだ。
義孝を確実に仕留められなかった以上、彼らに東州で生きる方法はなかった。
崖沿いの道を使うのは、今日がはじめてではない。
だが、これほど雪深くなってから、望んで通る者は稀だろう。足元の雪は深い。うっかりしていると、道があると思って足を進めた先は崖だった、と言うことになりかねない。
秀嗣を筆頭に、彼の近侍たちと刀馬は、慎重に進む。
合間に、再び空を見上げる刀馬。
雪は止んだが、まだ闇は深い。
追っ手を気にして、灯りをともしていない一行は、月明かりが頼りだ。
刀馬は後ろを振り向いた。
追っ手の気配はない。奥庭から逃れるときも、誰も彼らに刃を向けなかった。
むしろその場で斬り捨ててほしかった刀馬は、惨めさを噛み締めた。
どうでもいい、と見捨てられた気分。
秀嗣は別なように感じたらしい。だが、刀馬は彼の考えになど関心はなかった。
追っ手はない。
それを刀馬は確信していたが、追っ手の目をくらますために、と彼らはまず、森へ分け入った。あかるいうちに歩くのは、得策でない。
暗くなるのを待ち、月が昇ってから、移動をはじめた。
ふと、気付く。別邸も、もう見えなくなっている。
微笑む刀馬。
微笑は、なんとなく、反射で浮かべてしまう表情だ。他意はない。
作り慣れた表情。だが今、うまく笑えている自信はなかった。
―――――寂しい、と思う。
彼らと、離れることが。二度と、共に笑い合う日がこないことが。
自業自得なのに。
前へ、向き直る。足を進めた。歩調は、自分で嫌になるほど冷静で。
東州の城へ上がったのは、六歳の時。聡明で優秀な子供だと、世継ぎの君と引き合わされた。近侍候補として。
それからずっと、東州の輩と共にあった。
(鷲峰さま…)
義孝の傅役、鷲峰征一朗。刀馬には、兄のような存在。おそらく、義孝にとっても。
吐き出す呼気が白く舞う中、刀馬はしずかに目を伏せた。
自身の生まれ故郷が、酷く力づくで国から捨てられたと知ったとき。
乱れる心もそのままに、縋るように尋ねたことがある。
―――――鷲峰さまは、家族を殺されたら、どうなさいますか…?
清音に尋ねたように。
読んで下さってありがとうございました!




