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封神草紙  作者: 野中
第二部/第四章
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第三撃 勇気に、敬意を

× × ×











闇の帳が落ちる時刻。

牢の片隅に座していた花陽は、空気が流れる気配に、ふと顔を上げた。


…いつからそこにいたのか。

被衣を目深に被った侍女が、牢の前に佇んでいた。

花陽には、見覚えがある。


よく、刀馬に従っていた侍女だ。


目が合った。彼女は、何も言わない。

黙って、牢の出入り口に手をかけた。とたん。


キィ、微かに軋み、扉は難なく開く。

そう、最初から、施錠などされていない。見張りの一人すら、立っていなかった。



花陽が、紡ぎ人の禁忌とされる術を行ったのは、正午を少し過ぎた頃。



今の時刻は、日が落ちたばかり。まだ、一日も経っていない。

あのあと、花陽はおとなしく囚われた。

あまりの成り行きに呆然となって、抵抗どころではなかった。


(…清音)


彼女は、神と魂を重ねた。

御神刀を持つとはいえ、清音は只人。確実に、魂は損なわれた。

周りから見れば、それはたった一瞬の出来事。




だとしても、清音から抉り取られたいのちは、いかほどか。




罪が重く、胸をふさいだ。

罰するというなら、早く罰してほしい。

なのに。

牢に連れてこられ、ここに押し込まれただけで、誰かがやってくる気配はなかった。

この、侍女以外。

灯りもなく、ただ冷たい空気だけが、花陽の両肩に圧し掛かる。


「…お戻りになってください」

動かない花陽を根気よく促すように、侍女は言った。

無論、刀馬たちの元へ戻れ、と言っているわけではない。


帰るべき場所へ帰れ、彼女はそう言っている。


どうやら、刀馬は、花陽の身の振り方も、配慮してくれていたようだ。

刀馬らしいことだ、花陽はボンヤリ思う。彼は、どうなったのか?

おそらく、この侍女がここに現れたからには、無事逃げ遂せたのだろう。

―――――一拍後、花陽は首を振った。横に。


「…帰れないわ。あたし、禁忌を破ったもの」


神の具現化。

紡ぎ人たちの、最大の禁忌。

故郷を、想い。


―――――同時に、脳裏に浮かんだ面影に、とうとう花陽は伏せた顔を両手で覆った。


彼を愛したとき、彼の側にいられるなら、もう故郷へ戻れなくてもいいと思った。

故郷の者から見れば、花陽が愛した相手は、とんでもない存在だったのだ。それを知った故郷の皆の風当たりをものともせず、花陽は彼の元へ走った。


彼は花陽を受け止めてくれた。


彼の立場からしても、花陽を受け入れることは、難しかったはずだ。けれど。

真っ直ぐに、守ろうと、してくれた。公の場に、花陽を公表しようとすら、してくれた。




その、想いに応えたくて。




せめて彼の負担にならない立場を手に入れようとして、花陽は。

(あたしは、なにを…したの)

呆然とするほかない。

捨ててもいいと思った故郷だ。未練はない。だが。

―――――顔向けすらできなくなったことに気付く。


今回のことで、花陽は。

紡ぎ人という身分を隠し、新しい、常人としての立場を手に入れようと画策した。

それが、彼の想いに応える行動だと思って。けれど。


侍女は首を傾げた。

「…けれど、待つ方がおありでしょう」


指摘は、花陽の胸を抉った。

―――――その通りだ、待ってくれている。彼は。彼、だけは。


極上の土産をもって帰る、といって出て行った、花陽を信じて。


泣き笑いの声で呟く。

「もう、彼にすら会わす顔がないの」

とたん、侍女は鋭い声で切り返した。


「ならば、まずはその、あわせられない顔を晒して来られたらいかがです」


声の、あまりの冷たさに、花陽は弾かれたように顔を上げる。彼女の、そんな声を聞いたのは、はじめてだった。




「その上で、拒絶されたなら、仕方ありません。許してくれるまで謝り続けるか、あきらめるか、自由になさったらいいでしょう。けれど、待たせている相手に、自分勝手な理由で会わないのは、ずるくありませんか。逃げている。―――――アナタ方は、生きているのに」




彼女の言葉が、心に刺さる。

それでも、勇気を出すのは、難しかった。震える息を吐きながら、足に力を込める。

ひどい努力を払って、懸命に、顔を上げた。


みっともなくよろめきながら、半ば這うように、壁に寄りかかって、牢から抜け出る。

侍女は、慇懃に頭を下げた。


「…貴女の勇気に、敬意を」


花陽は、どうにか微笑む。彼女の前を通り過ぎながら、尋ねた。

「清音がどうなったか、知っている?」

「一命は、取り留めた、と」

―――――不幸中の、幸い。


花陽は己の愚かさを噛み締める。

同時に、膝の力が抜けそうになった。安堵のためだ。

無理やり背筋を伸ばし、牢の外へ向かいながら、告げる。

「なら、迷惑ついでに、ひとつだけ、お願い」

返事も待たずに、続けた。




「清音に伝えて。…罰を受けられなくて、ごめん」




刹那、花陽は駆け出す。

もう、心は決まっていた。帰るのだ。彼の元へ。

それだけで、力が湧いた。拒絶されようが軽蔑されようが、二の次だ。


もう一度、彼の胸に飛び込む。


その夢だけを原動力に、花陽は駆けた。

遠い、央州目指して。






―――――半年後。


央州・碧翔郭、国守主宰の管弦の宴。




そこで花陽と清音は再会し、再び縁を結ぶこととなる。









読んで下さってありがとうございました!

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