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封神草紙  作者: 野中
第二部/第三章
53/87

第五撃 強いけど、弱い

× × ×











さいわい、清貴の熱は、翌朝にはすっかり下がっていた。

とはいえ。


一難去って、また一難。


清音は憂鬱に、廊下を、弟の手を引いて進む。

「あの…梓さん。やっぱり、私も行かないとだめ…なん、ですよね」

何度目になるか、もう覚えていない問いを繰り返す清音。梓は嫌な顔ひとつせず、上機嫌に応じた。




「それはもう。なにせ、氷炎の君ご執心の女性ですから。王母さまが、会いたいと仰られるのも、当然かと」




ですよねー…、と遠い目になる清音。


分かっていても気乗りしない清音に、梓は追い討ちをかけるように、

「清音さまも、弟君に好きな女性ができたら、会ってみたいと思われるでしょう?」

「もちろん」


清音は即答。同時にわいた不安に押されるように、弟を見下ろす。

視線に気付いたか、顔を上げる清貴。

姉と目が合ったことが嬉しいのか、はにかんだように微笑む。

微笑み返し、清音は胸を撫で下ろした。

「まだだよね~…」


「何か仰いましたか?」

首を傾げる梓。

姉バカと言われそうで、「なんでもありません」慌てて首を横に振る清音。


清音は、廊下を、幾人かの侍女たちと共に渡っている。

梓を先頭に、清音と清貴、二人のうしろに数人の侍女が続く。

そして、彼女たちから少し離れた場所に、護衛官が幾人か。


目的地は、別邸の奥の間の前に設置された控えの間。


先触れの侍女が既に、通る先々で清音たちの来訪を告げているはずだ。

清音たちが通るたび、すれ違う使用人たちが動きを止め、丁寧に腰を折った。

それが形式とはいえ、面倒なことだ、と思う。


―――――王母に会うってだけで、こんな仰々しいことになるなんて。


清音は嘆息。

王母、つまりは、義孝の母。

実の母子が会うだけ、というのに、なんとも堅苦しい。


一瞬だけ、うしろを振り向く清音。

ついてくる侍女たちの中に、城からついてきた侍女は、二人しか混ざっていない。


そのうちの一人が、義孝が毒を受けた夜、刀馬と共にいた侍女だ。

あのとき聞いていたとおり、彼女は有能だった。

目立たないが、必要なとき、必要な場所にいてくれる。そして、望むとおりに手助けしてくれるのだ。

相手のことをよく見ていなければ、そんなふうに動くことは不可能だろう。そういう有能な存在だからこそ、この場に同席も許されるのだ。


なにせ、なんとなく感じていたことだが、この別邸で働く侍女たちの方が、格式が高い。

無論、そのぶん年嵩ではある。城の侍女たちは、若い娘が多い。

だからと言って、つんけんしているわけでもない。不思議と皆、心穏やかになる雰囲気の持ち主だ。よほど有能でなければ、彼女たちに混ざると、違和感甚だしい事態になるだろう。


だからといって、城の侍女たちが、無能と言うわけではない。ただ、痒いところにまで手が届くような細やかな気配りと、押し付けがましくない行動は、やはり、それなりに歳月を積み重ねた相手か、かなり察しのいい人物でなければできないことだ。


ふと、思う。

こういう、侍女や侍従たちの雰囲気は、主人の性格が影響するのだろうか。

と考えれば、王母は、かなりの人格者なのだろう。しかし。

一方で、王の重責を担う息子を一人、城へ置いて、別邸に引きこもっている。

どういう人物なのか、状況だけでは、清音には窺い知れない。


王母に対する、義孝たちの評。

―――――聡明だが、やたらのんびりした御方。


清音の弟まで同席することを許してくれたほどだ、懐も広いに違いない。しかし。

(ううぅ、緊張する…)

こうした形式は逆に、会う緊張を高める気がする。それともそのために、こういった形式はあるのか。格好ばかりではなく、心の身だしなみを整える時間、というわけだ。


緊張から逃げるように、侍女たちの気配を背に感じながら、清音は清貴に言う。

「やっぱり、花陽はいないね…」

おそらく、居残り組に入ったのだろう。いてくれたら、心強かったのだが。

別邸は山の中だ。好んで来たがる若い娘はいない。それに。

―――――もう、会わない。


「…清音さま? 花陽、とは?」


前を行く梓が、聞きとがめた。

そのとき、花陽のことを、誰にも話していなかったことに思い至る清音。

「お城で友達になった子です。…あ、侍女、なんですけど」

侍女で友達も何もないかもしれない、と言った後で、清音は少し落ち込む。だが。

「…花陽?」

梓は呟き、一度躊躇った後、冷静に言った。




「城に、花陽という名の侍女は居りません」




清音は目を見張る。予想外の言葉だ。

いないと言われても、花陽は確かに、城にいた。

―――――では?

歩を緩め、息を詰めた清音の隣に並ぶ梓。


「詳細をお話ください。小声で」

梓は前を向いたまま、尋ねた。やさしげだが、有無を言わさぬ口調。

呆然とした心を叱咤し、清音は知っている限りのことを話した。

とはいえ、ろくなことを知っているわけではない。


花陽は、城の奥にいて、侍女の着物を身にまとい、淑やかだが、堂々と背筋を伸ばしていた。後ろめたいところなど、なにもなさそうで。だが。

…別れ際。

(あれは)

どういう、意味だったのか。


「…分かりました。大丈夫、清音さまは何も、案じる必要はありません」

ここから先はわたしの仕事です、と梓は微笑んだ。

すぐさま、気分を切り替え、満足そうに清音の頭のてっぺんから脚の先まで見遣る。




「おかわいらしく仕上がりましたね。きっと、氷炎の君も、お喜びになりますよ」


「え」




正直、裾を捌くので精一杯の清音は、梓の褒め言葉に面食らう。


王母に会うのだ、いくら嫌だろうと、着飾らざるを得ない。

それが礼儀というものだ。

覚悟を決めて、清音は飾り立てられた。

はなやかで淡い色合いの上等の衣をかさね、髪を結い上げ、うすく化粧を施されている。


正直、そこから伸びる手足が自分のものとも思えない。

鏡に映し出された自分の姿には、一応どうにかなるものだな、と安心すると同時に、戸惑いも強い。どうも、衣装を着るというより、自身が着られている感があった。

清音は、自信なく返す。


「ま、馬子にも衣装、じゃなくって、ですか?」


義孝たちは、先に控えの間に行っている、と聞いていた。

あとは、清音たちの到着を待つばかり、なのだ。

自信のない清音は、ますます怖気付く。梓は、安心させるように、微笑。

「自信をお持ちになってください。そろそろ鬼彦くんが出迎えに来てくれているはずですので、お聞きになられてはいかがでしょう?…あぁ、ほら。―――――鬼彦くん」

顔を上げた梓の視線の先で、無造作にひとつ頷く青年が一人。


彼を、見て。




清音は、唖然。




「…え、あれ? 鬼彦、さん?」


「うん」

歩みの遅い清音たちの方へ、彼は自分から距離を詰めた。


梓は清音の隣を彼に譲り、うしろに続いていた侍女たちの方へ近付く。そのうちの一人に、なにか、そっと耳打ち。

その光景を尻目に、鬼彦は清音を上から見下ろし、珍しく、満足そうに微笑んだ。

「うん、やっぱり似合う」


「な、なに?」

「その簪。ほら、いつだったか、眼鏡先生のところで見せた」

思わず頭に手をやる清音。指先が、冷たく固い感触に触れる。

「あ、これ、鬼彦さんが…?」


「うん。それに…男装より、そっちのが、いい。かわいい」


鬼彦は、さらり。対する清音は、なんとも面映い。

「…ありがと。鬼彦さんも、…今日みたいな格好、似合う、よ」




清音の言葉に首を傾げ、隣を歩きながら、鬼彦は自分の襟を引っ張った。




鬼彦には、いつも厚着の印象がある。

だが、適当なものを適当に着込んでいる感がありありで、よく出歩いているせいか、なにか埃っぽく、くたびれていた。どちらかと言えば、彼も清音と同じで、動きやすさを重視しているのだろう。それが。


今日は、配色をきちんと考えて衣を重ね、隙なく着こなしている。


かと言って、型どおりではなく、端々を、許される程度に崩しているところが、鬼彦の個性だろう。

ほとんど蓬髪のところまで放ったらかしにされていた髪にも、今日は櫛が通っていた。

清音から見れば、普段とあまりに違いすぎる姿だが、中身はいつもと変わらず、格好に位負けした感じもない。


無表情に戻った鬼彦は、きちんと合わせた襟に指を引っ掛け、清音に片目を閉じて見せた。




「礼儀」


「う、うん」




話はすんだのか、彼らの隣を、微笑を浮かべて梓が通り過ぎた。

最初と同じように、先導する位置に立つ。

ちらと振り向けば、侍女の数人が姿を消していた。鬼彦も、清音と同じことを確認。

だが、特には何も言わない。


彼を見上げ、清音は小声で尋ねた。

「鬼彦さんが寄越されたってことは、…危険、だから?」

鬼彦の仕事は、主に護衛。

「一応。義孝くん、心配性だし」


心配性。


言われ、清音もなにやら納得。確かに、その通りだ。

思わず微笑んだ清音に、鬼彦。

「清音ちゃんも清貴くんも、強いけど、弱いから」

「…? それって矛盾しない?」

清音が鬼彦より弱いのは当然だが、と彼女は目を瞬かせる。


それに、鬼彦は、清音が強い、とも言った。

彼からそのような評価を得られるとは、予想外だ。

確かに、清音は普通より強い。だが、鬼彦から見れば、未熟もいいところに違いない。それが。


「…うん? あぁ、ほんとだ」

首をひねる鬼彦。改めて、清音を見下ろす。

「そうだね。なんて、言ったらいいか…ぼくは、生まれたときから、弱肉強食の世界にいるから、それが普通で…死ぬのは、弱いのが悪いからだと思ってる。でも」

鬼彦の言葉には、何の感情もこもらない。


訥々と、それでいて、恐ろしいことを平然と口にするのだ。

というのに、聞けば聞くほど、彼を無垢に感じるのは、なぜだろう。


「清音ちゃんもそうだけど、見てると、弱さとか強さって、目に見える肉体や戦闘技術ばかりが基準になるわけじゃないって、思い知る。…最初にね、それをぼくに悟らせたのは…征一朗くんだった」

ぼそぼそ、鬼彦は不器用に言葉を綴る。




「ぼくはね、改心したとか、今までの生き方がいやになったとか、そういう理由で、義孝くんの話にのったわけじゃないんだ。義孝くんが持ち出した話が面白かったから、彼の側についた。皆も、それを承知で、それでいいって言った。…そうこうして忙しい中、征一朗くんは死んじゃった。彼はね、ぼくの中では、間違いなく、強い人間に入ってた。死んでも、それは変わらなくって…そのとき、ぼくの中で、はじめて狂いが生じた」




鬼彦のしずかな目が、清音を見下ろした。

自分の拙い言葉が理解されているか、確認するような目。

頷く清音。


彼女の目に、理解の色を見た鬼彦は、安堵したように、

「そのとき、ぼくは」

真摯な声で、続けた。






「―――――人は、強すぎるから、死ぬこともあるんだって、…はじめて知った。ひとは、そういう、かなしい生き物だ、って」






直後、無表情はそのままに、鬼彦の声だけ、困ったような色合いを帯びる。

「義孝くんも刀馬くんも八雲くんも、ぐーたら御門も梓ちゃんも…清音ちゃんも。そんな、ところがあるから。ぼくは、なんだかいつも、…ハラハラするよ」

そう、言いながら。

清音は、鬼彦が自分のことだけ、環から外していることに気付いた。




―――――自分は人間ではない、と言いたげに。




それに対して、清音が何か言う前に。

梓が告げた。




「到着致しました。さ、清音さま」









読んで下さってありがとうございました!

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