表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封神草紙  作者: 野中
第二部/第三章
52/87

第四撃 生かす意味

「なのに、…なのに、だ。オレはアイツの最後を見た。それを止めたいって願って、…けどオレは、このとき、―――――もし、何も知らなかったらオレはどうしたろうって考えた。…きっと、アイツをちゃんと『生かして』やりたいって思うだろうって、結論が出た。それでも、まだ苦しくなるまで考えた。悩んだまま、時は過ぎ、その瞬間が、来たとき―――――オレは、アイツを行かせた」

そう、今を見れば、結果は一目瞭然。


宗親の親友は死に、義孝は生きている。


清音は慎重に尋ねた。

「和泉さんが出した答え…その人を『生かす』って意味は、なんだったの?」

宗親は寂しげに微笑んだ。

「さあ。答えはまだ出ない。けど、…アイツがアイツらしく生きるためには、ああするしかなかった。これは、断言できる。あのとき死ぬことで、アイツはきっちり『生きた』んだ。―――――それが分かってて、…止められるはずが、ないよなぁ…」

清音の胸に、しずかに、納得が落ちた。

―――――和泉宗親とは、こういうヒトか、と。


同時に宗親が、最初の質問をはぐらかしたことにも気付いている。だが、言及する気は起きなかった。

きっと。

彼が親友を失ったときと同様の、どうしようもない何か、が。

ここで、起きようとしているのだ。ゆえに。


宗親の行動の不自然さに気付きながらも、義孝は何も言わない。


ともすると、彼自身、何か察するところがあるのかもしれなかった。

だが、神に執心される理由までは、心当たりがないらしい。

「ね、和泉さん。ぜんぶは見通せないとしても、神が東州王に執着する理由は、分かる?」

宗親は腕を組んだ。骨ばった指で、自分の顎を撫でる。

「神の心理までは分からないけどな、…推測ならできるぜ」

宗親は、少し疲れたように嘆息。

「まず、だ。お嬢ちゃんは、神とはなんだと考えてる?いや、まぁ、どんな知識持ってるか、だけでもいい」

「世界のかけら…強大な力を持つ存在」

自信なさげな清音に、宗親はひとつ頷く。


「その通りだ。詳細を理解する必要はない。知ろうとするな。危険だからな。大まかにだけ、とらえていればいい。そう、神は、世界から剥がれ落ちた世界の片鱗。それが、偶然意識を持った存在。神が閉じこもる夢蔵は、つまり、世界が見てる夢だ。そこに生まれる蔵虫という獣は、神の排泄物」


清音には、説明の半分も理解できない。宗親も、理解を望んでいるわけではなかった。

「片鱗とはいえ、神は、『世界』と根は同じものと言える。違うのは、『世界』は意思をもたないが、神はもっている、という一点。そして、神と人間が同じものだと考えるつもりはないが、造りがまったく違ってもアレらも同じ生命体だ。感情がない、とはいえない」

「…つまり?」

清音は首を傾げる。宗親はあまり緊張感のない顔で、腕を組んだ。


「そこで最初の質問だ。神とは、なんだ?なんのために生まれた存在だ?」

「知るわけないよ」

相変わらず、あまりに漠然とした質問に、清音はむくれる。というのに。


得たり、とばかりに宗親は微笑んだ。


「その通りだ。神とて知るわけがない。だが、存在する。そして、感情がある。人間も、そうだ。オレらの存在理由なんて、知ってるヤツはいない。…ってのに。人間には仲間がいて、たいした力を持っていないから、触れ合うことも可能だが、―――――神は、孤独だ。その力ゆえに」

だからこそ、触れ合い方も知らない。分からない。

「ただ、人間のように、その凍えるような孤独感が感情として爆発することはない。それらの現れ方は、獣に似ている。神は、―――――連中は、…飢える」

「かつえる…って?」


意味は分からないなりに、おぞましさを感じた清音に、宗親は肩を竦めた。

「食欲に転換されるのさ。神は、孤独とか寂しいとかいうことが分からない、というより、突き詰めて考えようとしない。だから、心の不足・欠落感を、食うことで補おうとする。ただし通常、神は閉じこもっているから、相手がいない以上、それはかなわない。かなわないとき、蔵虫が生まれる。連中は動くからな、捕食にはもってこいだ。とはいえ、その生まれから分かるように、神の孤独の象徴でもある。そうそう、赤闇の呪い、というのがあるだろう。あれは、神がその孤独から救ってくれそうな相手につける目印だ。同時に蔵虫の捕食の対象となり、―――――蔵虫に負ければ、相手の胃の中」


―――――なんて無茶苦茶な存在だ。


神を、その意味も分からず、巨大な存在として畏怖していたが、宗親の言うとおりの存在ならば、単純に傍迷惑というだけではないのか。


見透かしたように、宗親。

「神は危険な存在だが、そこに存在するだけで、土地に恵みをもたらす。ヒガリが豊かなのは、神のおかげだ」

宗親が語ったのは、基本的なことだけなのだろうが、現状を理解するには、それで十分だった。

いや、それ以上は聞きたくないと言うのが、本音だ。


「つまり、神は…、東州王を、食べたいの?」


宗親は項に片手を押し当て、ぐるり、凝りを解すように首を回した。

「おそらく、だがな、あの神は、勘違いしてる」

「勘違いって、なに」

「王サマを、仲間だと思ってる」

「仲間…って、え?―――――同じ、神だと思ってるって、こと?」

ギョッとなった清音に、宗親は頷く。迷いなく。

「神々の孤独は深い。かなしみは、…深い。―――――東州王も、なぁ。おんなじだけのかなしみを背負ってても、おかしくない生い立ちなんだよ。…そのかなしみの深さが、同類だ、と神を惹き付けるんだ」


清音は息を呑んだ。時に、彼女も感じる。

義孝の抱えた、やたらと痛ましい深い亀裂を。


あの奥に、何があるのか。

見えずとも、感じるから、つい、放っておけないと思うのだろう。

あの日。

義孝が毒を受け、神とはじめて相見えた夜。

彼は当然のように、一人で神と対峙した。

最初から、清音など当てにしていないように。無性にかなしかった。

あのとき、悟った。彼はきっと戦場でも、真っ先に危険へ飛び込んでいく人間だ。


そして、清音の言葉が、義孝に届きにくい理由に、思い至った。

清音が、義孝と同じ場所に立っていないからだ。

無論、それが当たり前。それで、いいのだ。だが。


―――――一度だけでいい、清音の声が、言葉が、義孝に届いてほしい、と願わずにはいられない。

義孝はひとりではないのだ、と。


ここに、清音がいる、と。


知ってほしい、とあのとき切実に願った。その願いは、未だ消えない。

義孝に、認めてもらうには、守られるだけではだめなのだ。隣で戦えなければ、その力を認められなければ、…きっと清音の言葉も、本当の意味では彼に届かない。


「…東州王を、死なせるわけにいかないね」

力強い呟きに、宗親は目を見張る。

「本当に変わったな、お嬢ちゃん。あんなに王サマのこと嫌ってたのに」

「嫌っては…いたの、かな。でも今は、できるなら、力になりたいと思うよ。きっと、東州王のそばにいたら、誰だってそう思うんじゃないかな」

考え考え言葉を紡げば、宗親は微笑んだ。

「いじらしいもんだな」

「…い、じ? ごめん、意味が分からない。…頭、悪いから、私」

いつも話の腰を折ってしまう自分を恥じ、落ち込む清音。


「そうだな、学はねぇか」

ズバリ、宗親。清音は正直に肩を落とす。宗親は苦笑。

「言っとくけどな、頭は悪くないぜ、お嬢ちゃんは。言い切ってやろう、勉強すりゃ、アンタは全部モノにする。聡いからな。勉強程度なら、見てやるから、頑張んな」

宗親は、こういうことで嘘はつかない。

ぱっと顔をかがやかせた清音の頭を宗親は無造作に撫でた。


「ところでお嬢ちゃん。アンタこれが終わったら、どうする気だ?将来のこととか…弟君のこともあるしな。住むなら、やっぱ東州だろ。西州は今不穏だし、央州は施設が充実して安全だが、富裕層と貧困層の差が激しい。その点、東州は抜きん出たところがないにしても、平穏だ」

「うん…そうだね」

清音が気がかりなのは、なんと言っても、清貴のことだ。

弟のためなら、なんでもできる。

「西州もいいかと思ってたんだけど。…不穏って?」


「―――――西州王は愚物でな」


とんでもないことを、からり、と大声で言って、宗親は陽気に片目を閉じた。

「いくら州王や藩主が絶対と言っても、州民も、そろそろそれに気付きはじめる頃だろう。暮らしづらくなってきてる。実際行ったオレも感じたことだし、西の御門も苦い顔だ。すぐに、でなくとも、…すくなくともあと十年の内に国守をはじめ、上の連中がなんとかしねえと、民が暴動を起こす。―――――その先頭に立ちそうなヤツと、幾人か顔を合わせたことがある。中でも、西の御門が贔屓にしてた隻眼の男が面白くてなぁ…」

「隻眼?」

「ああ、いつも布で顔の半面を覆ってる。醜いから人目にはさらさないってな。職人なんだが、頭がいいヤツで…ふむ、まぁ、アイツに預けるなら、お嬢ちゃんのことも安心できるが…だめだ、やっぱり、西州は危険だな」

懐手になり、宗親は低く唸った。


「東州でも、城下や州府付近の町じゃ、刀工やってるところも多い。良かったら、今度つれてってやるよ」

「ほんと?ありがとう」


「弟君も、やっぱ、刀剣に関わるなら造り手の方が安全だろうしな。同い年のガキも多いから、友達もできるだろ。…っと、友達と言えば」

宗親はすこし、苦い顔になる。

「本山にな、捨て子とか、…家に色々問題があって、オレが養うことになった子供ってのが、まぁ何人かいる。本山から、帰山の催促が頻繁なのは、そのせいもあるんだが」

言いにくそうな宗親に、清音は目を瞬かせた。


宗親は色々問題がある男とは思うが、人柄はあたたかい。愛嬌もあるから、子供にはなつかれやすいだろう。

養う、と聞いて、意外には思ったが、存外に本人も子供好きなのかもしれない。


自然に受け入れ、それで?と先を促した清音に、らしくないことを言っていると思っていたのだろうか、すこしホッとしたように、宗親は続ける。

「その中に、…本人には告げられてないが、次期御門って見做されるほど力を持ったヤツがいる。ソイツが石頭小僧なみに頭が固くてな。しかも変に浮いてて、同い年のガキに混じって遊ぶこともしない。子供のクセに妙に割り切ってて、頭の回転も早いし、本山にいるよか、城で学ぶのもひとつの手かもしれないから、一時多田羅のオヤジに預ける手も考えてる。今度連れてくるから、よければ弟君と引き合わせてもらえないか?あの子は、なんか懐でかい気がするんだよ」

「…褒めたって、何もでないよ?」

自分に対する褒め言葉より、弟に対するものの方が、清音には効果がある。

嬉しそうに言って、清音は頷いた。

「その程度なら、別に構わないよ。名前、なんていう子?」


「蘇芳。ありがとな、助かる」

真摯に案じているのだろう、宗親は安堵の息を吐いた。

直後、ふっと我に返った、醒めた顔になる。面食らう清音から顔を背け、自嘲するような笑みを浮かべた。

「…したくなかったら、別にいいから」


その言葉に対して、清音が何か言うのを拒絶するように、宗親はすぐ続ける。

「子供時代を一緒に過ごす相手ってのは、特別だよな。オレにとっては征一朗がそれで…、王サマや本の虫は、お互いがそうなんだよな。なんだかんだで、オレも征一朗と一緒にあいつらのこと見てきて…色々、わかるんだよ」

宗親は苦笑。

「本の虫。アイツな、嘘ついたり、隠し事したり、…誤魔化したりするとき、―――――笑い方が完璧になる。いつも、なんか、…不器用に笑うくせにな」

清音は思わず、後ろを振り向いた。刀馬と別れて随分経つが、つい、そうせずにいられなかった。

「…和泉さん?じゃ、楠木さんはさっき、いったい」


「―――――そのうち分かる」

宗親は密やかに、早口で告げる。そしてまた、別のことを言った。

「もう王サマの房だな」

独り言めいた呟きに重なって、戸口から、ひょい、顔を出したのは鬼彦。二人を交互に見遣り、ひとつ頷く。道を開けるように、横に避けた。

そのまま「お疲れ様です」通り過ぎようとする清音に、ふと、わずかに焦った宗親の声がかけられる。


「ちょっ、待ったお嬢ちゃん、中に入る前に羽織を、」

「え?」


清音が振り向いたときには、もう彼女は室内にいた。

寝台の側にいた義孝が顔を上げる。

「よう」

ぺこり、頭を下げ、足早に寝台に近付く清音。


と、なぜか彼女を見た義孝の表情が、隠しようもない不機嫌さに染まっていく。


房を出て行く前は、ご機嫌だったはずだ。戻ってきたときも。

房に入り、寝台に近付くまで、清音は、何も悪いことをした覚えはない。

「…東州王?」

うつらうつらしている清貴を覗き込んだ後、清音は首を傾げ、義孝を見遣った。


彼は立ち上がるなり、無言で清音の襟首を引っ掴む。



直後、乱暴に宗親の羽織が引っぺがされた。



「???」


突然のことに、目を白黒させる清音。

房に入って、あちゃぁ、と顔を押さえた宗親に、義孝は彼の羽織を放って返す。


「感謝する」


言いつつ、霜が降りたような双眸は、「余計な世話だ」と如実に語っていた。

羽織を受け取り、宗親は肩を竦める。状況を理解していない清音に言った。




「お嬢ちゃん。アンタ、何より先に、男心を勉強してくれ」




さらに、意味が分からない、という顔になった清音にそれ以上の説明はなく、苦笑しながら宗親は鬼彦と共に房を出て行く。

おそらく宗親は就寝、鬼彦は房の外で控え、護衛の仕事をはじめるのだろう。

二人を見送り、義孝に目を戻す清音。だが、義孝も何も言わない。


不機嫌なまま、清貴を見下ろし、その頬を突付く。

構われるのが嬉しいのか、夢うつつに義孝の指を追いながら、笑う清貴。マヌケ面寸前の笑み。

その笑顔に、清音は寸前の出来事を忘れた。

義孝も似たようなものだったのだろう、先ほどの不機嫌はどこへやら、感心したように呟く。




「やっぱ、姉弟だな。笑顔が似てる」






「え」





読んで下さってありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ