第四撃 星が、動いた
思わず、僕は非難。ところが、蘇芳の耳は、自分に都合が悪いことは素通りする造りになってる。
仕切るのが得意なこの男のおかげで、あっという間に、僕は家の中で鳥を捌き、月子と北斗は外で燻製肉を炙る成り行きになった。
蘇芳は何するかって?コイツは、料理をしちゃいけない。
月子は不思議そうに言ったものだ。
「蘇芳の仕事は?」
「蘇芳は、何もしないことが仕事です」
たちまち、僕に反発ばかりの北斗が、全身で同意。
でなければ、食べるどころか食材が別の生き物に進化する。
少し戸惑う月子。やがて、眉がかなしげな八の字になる。ことん、と首を傾げ、
「蘇芳一人…仲間はずれ、とかじゃないよな?」
なんていい子だ。感動に、僕はそっと涙を拭った。
僕は甘やかし放題だったが、母たる姉がしめるところはしめたに違いない。
ありがとう、姉上。さすが姉上。最高です、姉上。
手早く鳥を解体してく僕に、椅子に腰掛けた蘇芳が淡々と言う。
「貴様がそんな感激屋とは知らなかったぞ」
「僕の骨肉愛の深さはご存知でしょう。奈落の底よりなお深いんです」
「その他大勢は道端の石ころ以下だったな」
「蘇芳と北斗は好きですよ」
「迷惑だ」
「僕っていつも片思いなんですよねぇ…」
「その方が楽なんだろう?」
万年雪もかくやの声で言う蘇芳。気怠げに腕を組んだ。
「六年前。貴様が突然東州から出奔したこと、きちんと月子様に謝ったのか?」
「謝るも何も、出ていく前に、挨拶はしていきましたよ」
「それが言い訳になるとでも?」
「…なりませんかねえ」
「今でなくともいい。ちゃんと謝っておけ。やはり、血が濃いと、月子様も安心するんだろう。反応が違う。貴様がいなくなったこと、口にはしなかったが、お寂しかったはずだ」
「人見知りしない子のはずですが」
「問題はそこではない。貴様には、本当に気を抜いた笑い方をなさる。普段も、笑わないわけではないが…本来もっと、近寄り難い人なのだ」
月子は気高いが、やさしい。近寄り難いなんて、そぐわない言葉だ。
何気なく続ける蘇芳。
「それより清貴、ヒガリ国に戻るな?」
「はい?」
手を止めた。振り向けば、蘇芳の双眸は、白刃めいて鋭い。
「月子様から聞いたろう?自分は、ここまであの方を連れてきたが、以降のことは…」
言いさし、蘇芳は胡乱な顔になる。僕は何か、間違った態度を取ったろうか。
尋ねる前に、蘇芳。
「…聞いていないのか?何も?」
「…アナタは聞いているんですか?月子がおかしい理由」
「分かっているなら、本人に訊け」
「もう訊きましたよ」
「――――なんだと?…いや、そうか…」
がくん、と頭を後ろに倒し、目元を覆う蘇芳。露になった喉仏が上下する。
「あの方が言わないのなら、自分は何も言えない」
軋むような、葛藤の声。すべてに冷淡なこの男には珍しい。
「…何が、起きたんです」
「自分に恫喝は効かん。知りたいなら、月子様に訊け」
面食らう僕。
恫喝、…の、つもりなんかなかった。自分の声と思えないほど低いとは思ったが。
「…それでも、ひとつだけ、貴様に伝えておかなければな」
蘇芳は、水を被ったみたいに青ざめた顔、僕に向ける。
「星が、動いた」
蘇芳のしかめ面に、僕は息を引いた。
「貴様の星もだ。…運命は、近く、貴様に死を運ぶ」
告げられたのは、死の予言。
(…聴けば、呆気ないものですね、意外と)
感慨は、さして湧かない。
まさか自分が受けるとは思ってなかった、と感じた程度。
一大事のはずなのに。
衝撃なんて、これっぽっちもなかった。
代わりに、少しわくわくする。
死。終わりでしかない言葉。
だが、人生最大の冒険って気もするじゃないか。
「…忘れていました。アナタは斎門、でしたね。北斗も」
微笑み、僕は包丁を置いた。
「星を読み、古今東西の知識を修し、肉体と精神の高みを目指す者。…修行、楽しいですか?」
「貴様のような極楽トンボに理解されようとは思わん」
「心と身体を苛める趣味が真っ当とは思えませんが」
「…愚弄するか?」
氷を刻むみたいな語調。僕は両手を挙げる。
「すみません、ちょっと八つ当たりしました。…そうですか、僕は近々死ぬんですね」
「驚かんな。もしや、…病、でも?」
「なんですか、それ。こっちにいるほうが、体調いいくらいですよ。それより」
平然と吐く嘘。
一筋の動揺もなく、僕は蘇芳に身体ごと向き直った。
「北斗、ピリッピリ、周囲気にしてましたね。あからさまですよ、警戒。月子に追っ手がついたんですか」
「ああ」
「跡目争いでも起こりましたか?」
「それはない」
即答だ。予測が外れた。面食らう。
蘇芳は、苦い顔で言い直した。
「…起こりようが、ない」
何を伝えたいんだ?
目を逸らす蘇芳。
真面目な男だ、これで精一杯なんだろう。僕は別方向から尋ねた。
「多田羅殿は、なんと仰っていますか?」
蘇芳は嘆息。組んだ指の上に、顎を載せた。
「気付いていたか」
予定内の演技みたいな態度。僕は肩を竦める。
蘇芳は、東州の重鎮、多田羅重光の間諜だ。こんな優秀な男が、なんで僕なんかの監視についたんだ、と今でも思う。
「東州は、黒羽を使いません。使うのは斎門…アナタ方ですよ、蘇芳。北境辺土で六年間、蘇芳と北斗は森のお隣さんでしたが、ソマ人しかいない北境辺土に斎門が布教とも思えませんしね、僕の監視と考えた方が自然です」
「だとしても、命令者の特定まではできんだろうに」
「推測は簡単ですよ。良かれ悪しかれ、僕を気にしてくれた権力者は多田羅殿だけです」
「相変わらず、自分に無頓着だな。ヒガリはまだ、貴様を忘れていない。最強の誉れ高き刀術士をな」
「僕はもう、刀術士じゃありませんよ。太刀は…、時雨は、置いてきました。北境辺土で使っているのは、それです」
僕は銃剣を指差す。前掛けを外した。
「あの子達、呼んできますね」
肉と野菜を鍋に放り込み、僕は外に出る。とたん。
世界はまっくろになった。