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封神草紙  作者: 野中
第二部/第一章
40/87

第三撃 神は神にしか、殺せない

「おい、聞こえてるぞ、本の虫」

怒った風でもなく、突っ込む宗親。

清音は目を瞬かせる。刀馬は肝心なことを言っていない。


東州王の目付けで兄代わり、そして斎門の最高位・御門さまの友人であるほどの人物が、なぜ今、ここにいないのか。


いや。

多田羅は先ほど、『征一朗が生きていたら』といった類のことを口にした。つまり。

―――――征一朗という人物は、既に亡くなっている。

誰も何も言わないのなら、ここでずっと過ごすわけではない清音は、知るべきことではないのだろう、と彼女が疑問を押し潰そうとしたとき。

「征一朗は三年前、俺を庇って死んだ」


耳に届いた声に、目を見張る清音。彼女の、遠い記憶が刺激される。

ひどい痛みを伴って。

思わず、清音は顔を上げた。直後、たじろぐ。

いつの間にか振り向いていた義孝が、清音を見下ろしていた。

「刺客の手にかかって」

その目は、清音にはやたら冷たく見えた。

轟然と、庇われて当然、死んで当然、と言いたげに。

―――――そんなわけがない。

刺客の末路をも、同時に連想させる態度だった。

思いながらも、触れれば凍えてしまいそうな義孝の態度に、清音はつい、反発を覚える。

だから、言った。

「…東州王、さっきの」

「あ?」


「この場に、東州王の命を狙って、刺客を手引きしたものがいるかもっていう台詞…あんな言い方は、」

言いさした清音を、鼻で笑う義孝。

「言っとくが、誰も信用してねぇよ、俺は。内通者か裏切り者かしらねえが、ここにいるのは、はっきりしてんだ。身内しか知らねぇ情報が、ぼろぼろ外部へ流れてる」

清音は目を見張った。

彼が、そんなことを断言するとは思いもしなかった。

しかも、付き合いの浅い清音だけならともかく、皆の前で。

ところが、場の誰も、動じていない。

―――――先ほどと、同じ反応。


初音は戸惑う。なにか、…やりきれなかった。


義孝の声には、悪意がない。ただ、事実のみを語るような口調。だから、余計。

今度は、腹が立つより泣きそうになった清音に、義孝は舌打ち。




「俺は誰も信用してねぇ。だから。…俺のことも信用する必要だってねぇ」




理解できるが、納得できない。

笑い合って酒盛りしていた相手を、最初から疑ってかかるなど。

それが本当にできるというのなら。


義孝は、いやな男だ。


確信しながら、反面、なぜか、かなしい気持ちになる。

義孝の言葉を聞いていると、妙に辛く、息苦しいほど重い何かを感じるのだ。

あまり踏み込むべきではないだろう。

踏み入っていい相手でもない。

反論を堪え、清音はただ小さく頷く。

これ以上一緒にいたくなくて、すぐさま踵を返した。

「部屋に、戻る。弟、放ったらかしだし」


立ち去りながら告げると、心底煩わしげな言葉が返ってきた。

「子供ってのは、騒がしいわ言うこと聞かねえわ、よく泣くわ。獣同然だろ。面倒くせぇ、俺は嫌いだ。あんまり野放しにすんなよ」


(…なんてヤツ)


カチンとくる清音。だが、この場には、多田羅もいる。

ヘタなことは言えない。

二人の関係が、お芝居だとバレるわけにはいかなかった。

義孝のためだけでなく、清音自身のためにも。

ぐっと堪え、一言。だが、反発の響きを押さえ込めた自信はない。

「…分かりました」


「義孝さま、我々も執務を」

「ああ」

多田羅の声に、はきはき応じる義孝は、自分の言葉がどれだけ相手に影響を与えるか、自覚しないで自分が口にしたことなどさっさと忘れ去っているに違いない。

ムカムカしながら与えられている房に足を向ける。

ドスドス歩き出してしばらくのち、ひょい、と隣に誰かが並んだ。


「怒ってんね、お嬢ちゃん」

宗親だ。

次いで、逆隣に、鬼彦が顔を出す。

「義孝くんに言われたから、ついて行く。ぼくら、部屋まで護衛する」

鬼彦は、清音の怒りに気付いても何も言わない。おそらく、興味がないのだろう。

つい、突っぱねる、清音。


「いらないよ、護衛なんて」


「悪いな、命令だから。命令じゃなけりゃ、オレもしない。面倒だし」

さらりといい加減なことを返す宗親。

鬼彦ははじめから、清音の意見など気に止めていない。

それでも追い返そう、振り切ろう、とするほど子供ではなかったが、清音は腹立ち紛れに言い放つ。

「怒ってるよ、当然でしょ? なにあの態度。多田羅さんとかいう人がいなかったら、怒鳴り散らしてるとこだよ。東州王って、ナニサマのつもりっ!?」

「いや、だから、王サマだし」

清音の元気のよさに、なぜか楽しげに返す宗親。清音は、さらにムッ。

「いくら身分高い人でも、言っていいことと悪いことがあるでしょ?その程度もわからないような人じゃないと思うんだけど。だって東州王、頭いいよね?なんでああなのっ」

肩を怒らせ、言い切れば、どういうわけか、宗親は声を上げて笑い始めた。

清音は面食らう。笑えることを言った覚えはない。腹を抱えて笑いながら、宗親。

「お、お嬢ちゃんて最っ高…っ。王サマ相手でも平気で怒るし。いいよな、その真っ直ぐさ。すごい新鮮」

「…莫迦にしてる?」

「いや感動してる」

宗親の言葉についていけず、一瞬の混乱から、清音は冷静さを取り戻す。スッと怒りを引っ込めた清音に、宗親は苦笑。

「ほら、城って上臈ばっかだろ。お嬢ちゃんがさっき言ったみたいな、当たり前の健全さってのとは、程遠い世界だからさ。…王サマのことも、大目にみてやってくれ」

一瞬でも怒鳴り散らしたことで、気分がすっきりした清音は、少し反省。

そう、ここは東州の城なのだ。だからといって、清音はその作法に慣れるつもりはまったくない。

「もう、身分ある御方って面倒くさいったら!」

ぷりぷり怒りつつも、ようやく足の速さを緩める清音。その横顔から、彼女の中に先程の義孝とのやり取りのしこりは残っていないと見て取った宗親は嬉しそうに、

「いい子だな~、お嬢ちゃんは。ちょっと怒っただけで、許してやれるなんて」

…なぜだろうか、宗親の言い方は、妙に引っかかる。清音は睨みあげながら尋ねた。

「…単純って言いたいわけ?」

「いや寛容だなぁって思う」

「…か?」

戸惑い、清音は恥ずかしそうに膨れた。

「…カンヨウって、何?ごめん、私難しい言葉使われると、分からない」

「ああ、心が広いって意味だ」

心が広い。

清音は首を傾げる。それは何か、違う気がした。

大体、城中など、清音には未だに別世界なのだ。慣れない。

心が広ければ、こんな状況も、もっとドンと受け止められるのではないだろうか。

ここに、こうしていること自体、何かの間違いな気がする。

考えてみれば。


「…私たち姉弟がここにくるきっかけって、和泉さんなんだよねぇ…?」


つい、恨めしげに宗親を見上げてしまう。

その視線を、いい加減そうな笑いで流す宗親。

「そんな顔すんじゃないよ。折角の美人が台無しだぜ? それに、仕方ないだろ」

一瞬、宗親は遠い目になった。その時ばかりは真剣に、




「王サマの命が風前の灯火だったんだからよ」




その話なら、聞かされている。だが、俄かには信じられない。

「―――――私が来るまで、夜眠れなかったって、本当? とてもそうは見えないんだけど」




義孝は眠りに就くたび悪夢を見て、跳ね起きていたらしい。


一ヶ月前からの出来事だ。




ならば、と彼がどう対処したかと言えば。

最初から眠らなければいい、と睡眠を拒絶。

いくら強靭だろうと、それで健康が保てるわけもない。

義孝がそれを口にしたのは、倒れる羽目に陥った後、ようやくのことだったと言う。倒れるまでは、不調の片鱗も彼は見せなかったそうだ。


不調を、己の弱さゆえのものと判断すれば、義孝は容易に口を割らない。倒れた後も、理由を聞きだすのに、宗親たちは苦労したと言う。


睡眠がとれないということは、実際、生命を脅かす危険を孕んでいる。だが。

清音には、すぐに信じられることではなかった。

見るからに、義孝は図太そうだ。悪夢に魘されるような、繊細な神経は持ち合わせていないように見える。それでも、耐え切れなかったのなら。


(東州王の、悪夢…)


―――――それは、どれほどおぞましいものなのだろうか。

清音の疑問に気付きながら、それには答えず、宗親は軽く言った。

「そうそう。それが、お嬢ちゃんが来るなり、ぴたっと止んだ。いやぁ、白鞘村の御神刀さまさま、だねぇ」


帯に挟んだ懐剣に触れる清音。懐剣の名は、残雪。


今は滅んだ清音の村・白鞘村。そこは、刀工たちの村だった。当代でも、随一。

一夜にして滅んだ村。

理由。

不倶戴天の敵であった隣山の銃工の村との諍いがこじれた結果。


夜襲を受け、生き残ったのは、当時十三歳の清音と、三歳の弟・清貴だけだった。

たった二年前のことだが、もう遠い昔のように感じる。

現在、村は伝説的な存在に祭り上げられていた。


白鞘村の刀剣、その刃には、神が宿る、と。


中でも、長の一族が受け継ぐ刃は特別だ。清音が持つ残雪と、清貴が持つ時雨は、白鞘村で鍛えられた中でも神剣と呼ばれる刃である。その鋼は、村の『御神体』として祀られていた、特別に上質の鉄鉱石を削り取って造られたもの。

その刃の特別さは、見れば分かる。

残雪が放つ気配は独特のものがあった。夢蔵に棲む神とは違うが、残雪もまた、神と呼ばれる存在の欠片だ。うつくしいばかりでなく、そのものに意思あるかのごとく、荘厳の中にも時に、血が通い、呼吸しているかのような生々しさを感じていた。

刃自身が意思を持っているがことは、血族の者なら感じ取っていただろう。


意思と言っても、思考ではない。原始的な感情に近い何か、だ。


ばかりでなく、白鞘村が鍛えた鋼の中でも、特にこの神剣には、素材ばかりでなく特殊な事情がある。触れたものが長の血族以外であれば、相手を殺すのだ。村の中にあっても、長の許しなく長の血族以外が触れれば、相手は必ず、触れた刃によって命を落とした。


これらの曰くを知るからこそ、だ。




宗親が、白鞘村の生き残りを探したのは。




和泉宗親は、斎門。それも、御門様と呼ばれる最高位の。

人捜しなどお手の物。星を読めば答えはそこにある。


正確に言えば、彼が捜していたのは、白鞘村の神剣を持ち、扱える者。


その存在により、安全に御神刀を手元に置き、義孝の悪夢を祓う。宗親はそう告げた。




なにしろ、義孝の悪夢は、自然のものではない。




房へ向かいながら、未だ半信半疑のまま、清音は小声で尋ねた。

「東州王の悪夢が人為的なもの…よりによって、紡ぎ人が操るものだっていうのは、本当なの?」

「なんだ?まだ疑ってんのか?」

面食らう宗親。

宗親自身を疑うつもりはない。

が、信じられないものは信じられないのだ。

清音は申し訳なく思いながら、正直に言った。


「悪いけど、すぐに信じられることじゃないよ。まつりごとのいざこざを嫌う紡ぎ人が、現東州王を邪魔に思う勢力に協力して、王を苦しめている、なんて」


東州王・御堂義孝を邪魔に思う勢力。それが誰かは、分かりきっていた。知っているからこそ、余計、清音は気が滅入る。

一人・一勢力、どころではない。複数だ。

その中に。

…諏訪秀嗣、あの男も数えられる。


「でも、紡ぎ人が関わるからこそ、ぐーたら御門は清音たちを捜したんだ」

答えたのは、鬼彦。

透徹した表情を清音に向けている。

彼は、宗親のことをまったく疑っていない。

清音とて、疑っているわけではいないが、常識として知っている紡ぎ人の性質が、彼の言い分をすんなり受け入れさせない。

紡ぎ人。

夢蔵に潜む神の力を引き出し、操る存在。その特殊性から、太古より一方的な迫害を人々から受けてきた。ゆえに、総じて人間嫌い。


しかし、鬼彦の言い分も分かる。


相手がただの呪い師程度なら、神剣など必要ではない。

最高位の斎門たる宗親が、あっさり退けるだろう。

神宿る刀身が必要だった理由は、ひとつ。




―――――相手が、神だから、だ。




宗親は嘆息。

「そうだぜ、紡ぎ人が操る力は、神のもの。いくら頑張ったって、斎門は人間なんだ。神は神にしか、殺せない」


―――――てめぇに神は殺せるか。


清音とはじめて会ったとき、義孝はそう言った。

比喩でもなんでもない、それは事実確認だった。

殺せる。清音はそう答えた。

答えた、以上。

無意識に、帯の上から残雪に触れる。

(やるしか、ない)




神は夢路の奥に住まう。

神が棲む場所を夢蔵と呼び、そこへ至る道を、蔵代と呼ぶ。

蔵代は、現実と夢蔵の接点。


此の世と彼の世の境、泡沫の場所。


その神の領域まで力を干渉させることのできる相手は、確かに、同じ神という存在しかない。

実際、清音が義孝のそばで残雪を抱いて眠りはじめて、義孝は繰り返す悪夢から逃れられた。


これが、清音が義孝に望まれた、本当の理由。


女としての役割を望まれているわけではない。

表向き義孝の囲われ者となったのは、敵の目を意識すれば、事実を声高に叫ぶより、隠していた方が都合よかったからだ。裏切り者・内通者がいれば、事実は敵に筒抜けだろうが、その他大勢の視線を誤魔化すにも、妾はうってつけの立場だ。

手の内の者以外に、神の力を操る紡ぎ人が東州王の命を狙っている、と知られれば、恐慌が起こる。東州王は、無闇と恐怖を撒き散らすことは本意ではない。ゆえに。


神により生じる悪夢を祓うために、力ある太刀を唯一操れる女性を寝室に招いた、と正直に言うより、妾を閨に連れ込んだ、と言った方が、一番無難なのだ。









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