第三撃 掘っ立て小屋じゃん!
「清貴」
呼びかけに振り向けば、いつからそこにいたのか、沈着な眼差しがきらりとひかった。
蘇芳だ。
北斗が、彼の背後で神妙に畏まってる。
「今戻った」
「ああ…、お帰り、蘇芳」
北境辺土にいるのは間違いみたいな色男。
知的に端正な面立ちと、手にぶら下げた丸々太ったカラバドリがそぐわない。
自然、僕はカラバドリを見つめた。
「腹が減った。昼飯を作ってくれ。これは、食材」
長髪をひとつに束ねた蘇芳は、カラバドリを花束みたいにそっと手渡してくる。
掴んだ足が、手から手へ移る一瞬、鳥の翼が弱く動いた。
「って、絞めきれてませんよ」
「任せる」
蘇芳はさっさと僕の家に入ってった。
緊張を解いた北斗が、周囲を見渡し、最後に僕を見上げる。
「入んねーの?」
「僕の家を自宅みたいに言わないでください」
「家って…思ってたのかっ? 掘っ立て小屋じゃん!」
すかさず、北斗を蹴り上げる僕。北斗は吹っ飛び、宙にきれいな弧を描く。
落ちるまで見届けず、僕は笑顔で月子を促した。
「昔、お団子とか饅頭とか菓子類は作ってあげられましたが、月子に料理を作ったことはありませんでしたね。今日は、ご馳走しますよ。…月子?」
月子は転がった北斗に駆け寄る。
「大丈夫?」
どうやら、心配しているようだ。僕は感心。
「気にすることありませんよ。いつものことですから。月子はやさしいですね」
そんなものまで気遣うとは、どこまで心がきれいな子なんだ。
僕の感動を蹴飛ばす勢いで、北斗は跳ね起きた。
「習慣にしてんじゃねえよ、野蛮人が!」
「そう…毎日百発百中なのは、北斗が注意力散漫なせいでしょうか、それとも弱いんですかね」
「よ…っ、弱ぇだってっ? よりによって、このオレ様が…!」
茹ったタコみたいにまっかな顔でぶるぶる怒りに震える北斗に、月子が拗ねた声で言う。
「いいなあ…羨ましい」
「はああぁぁっ!?」
全力で不愉快と叫ぶ北斗。
すぐさま、相手が誰か思い出した顔で、咳払い。
「ど、どこがですかっ? この六年間、ずっとこうやって虐待され続けてきたんッスよ、そこの人でなしに!!」
「だからだよ」
はい?
北斗じゃないが、月子を見直す僕。
月子はあくまで真剣。気迫に遊びは欠片だってない。
「六年、ずっと清貴と一緒だったじゃないか、北斗は。羨ましい」
思わず僕は視線を泳がせる。
一呼吸の間、北斗は唖然。
やがて、十八歳らしからぬ童顔が、ゆっくり怒りに染まってく。
僕を責める顔が、月子のためのものに変わってた。
なんか言え、言ってみろ。無言で僕に迫る北斗。
答えを間違ったら、火山の噴火みたいに怒りが爆発するに違いない。
僕は考えた。
「…えーと、十日後の出発まで短い間ですけど、六年分、遊びましょうね」
「足りるか!」
北斗が叫ぶ。誤魔化しの自覚はあるから、僕も言い訳はしない。
「大体、そこがおかしいだろ、清貴! 六年ぶりの再会だぜ?旅のことは忘れて、月子様を最優先すべきじゃねえのっ? そういうとこが人でなしってんだよ!」
正論過ぎて、反論の余地なし。
北斗は男前だ。僕と違って。投げやりに、肯定。
「僕だって、自分がこんな男になるとは思いませんでしたよ」
北斗の目がつりあがる。今にも火を噴きそうだ。と、思うなり。
「北斗」
家に入ってたはずの蘇芳の声に、北斗は直立不動。
僕の手の中で、カラバドリが痙攣。
緊迫感に満ちた中、蘇芳は手にしたモノをずい、と突き出す。
「燻製肉を見つけた。外で炙っておけ」
「人の家の貯蔵庫勝手に漁らないでくださいよ」