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封神草紙  作者: 野中
第一部/第一章
3/87

第二撃  犯罪的に隠しごとが巧い

何が楽しいのか、月子はにこにこおとなしい。

さっきの、息苦しいほど濃密な嵐の前触れに似た気配は、長い睫の影ほども残ってない。




マガホロガミだなんて、どうして思ったんだか。




頭の中に花でも咲いてそうな呑気さは、僕が知る姪っ子のものだ。

確か、今年で十六。


六年ぶりに会った月子は、美しさばかりでなく間抜けさに磨きがかかっている。




北斗が、大きく伸びをした。

「じゃ、オレ様、蘇芳呼んでくるぜっ」

「待ちなさい、北斗」

すかさず僕は、駆けだそうとした北斗の背中を蹴っ飛ばす。

華麗に決まる回し蹴り。

キョトンとした月子の目が、宙を飛んだ北斗の軌跡を追う。


――――ズザザザザザッ!!


顔から雪に突っ込む北斗。一拍後、跳ね起きる。

犬みたいに身体を振って、雪を飛ばした。


「何しやがる! 毎度毎度石ころみたいに簡単に蹴ッ飛ばしやがって…っ。オレ様は鞠か!?」

「そんなこと思ってないですよ。鞠に失礼ですから」

鞠以下かよ! 叫ぶ北斗。

僕は、色々面倒な気分で手を振る。

野良犬を追い払うよりやる気なく。


「どうでもいいことはともかく、説明をしていきなさい。なぜ月子がここに?」

「…そりゃ姪っ子が叔父貴に会いに来るのは普通だろ?」




「普通?」



僕は微笑んだ。

北斗は警戒に毛を逆立てた猫みたいに身構える。






「月子は、ヒガリ国東州王御堂義孝と、僕の姉白鞘清音の間に誕生した、第一子です。即ち、東州王の継嗣。上臈の中の上臈ですよ?」






言葉が巨大な岩みたいな重圧で、周囲を圧した。鉛みたいな沈黙が落ちる。

僕はいい加減、北境辺土の人間になったつもりでいた。

が、それでも、首輪を嵌めて引き立てられる心地になる。条件反射で跪きそうだ。


北斗はもっとひどい。

鞭で打ち据えられたみたいに竦む。


押し出した声は、無理に絞ったのが丸分かりのシロモノだ。


「えーっと、だからぁ! 北境辺土に来ようと思ったら、簡単じゃないか、じょ、上臈ならさ!」



「子供でも納得しない言い訳ですね。上臈だからこそ、行きたいと立ち上がった瞬間に軟禁されるか、発狂なさった、と地下牢につながれるか。よくて無視されるのがせいぜいです」



「そ、そりゃぁ…」

「蘇芳がこの数日不在だったのは、月子を出迎えに行ってたんですか。ならなぜ、事前に僕に話がなかったんでしょう?」


胸の内、不安が闇色の翼を広げてく。

実は、月子は弟の陣ほど、東州王に可愛がられてない。

辛く当たられるわけじゃないが、無視に近かった。理由は知らない。

それが不憫で、月子が生まれてから十年間、僕は全力で可愛がり倒した。


六年前以上に関係がこじれたのか?




たとえば、長子相続が通例の世に、東州王が、弟の陣を、次代に望んだ、とか。


とは言え、跡目争いでも起きたのか、と月子の前で聞くのは憚られる。




僕を睨み、みるみる北斗の唇がへの字になった。

「だーっ、もう!! 蘇芳が説明するからそれでいいだろっ。すぐ連れてくるから!」

喚き、命懸けの勢いで、雪を蹴散らし駆け去る。その背を見送り、考えた。


騒がしい子供を落ち着いた人間に成長させるには、どんな躾が必要なんだ?


僕は、月子を見下ろす。

無心に見上げてくる目は昔と違わず、曇りを知らないかのようだ。

思えば月子は、北斗と正反対で、昔からものしずかだった。





とは言え、今浮かべる表情が、それか?


…話を、聞いてたはずだが。






何も考えてないというより、深すぎて読めない。


ああ、畜生。僕は乱暴に頭を掻いた。

これが、十六の子供の顔かっ?


滅多にないきれいな顔には、老人の老獪と赤子の無垢が同居してる。


僕は月子に手を貸し、適当に崩した雪山から引っ張り出した。

問い詰めることはできない。僕は月子に後ろめたいことがある。






六年前、一方的に別れを告げ、ヒガリ国を後にしたことだ。






当時十七の僕は、それが一番いいと思ってた。北斗の短気は責められない。

それでも月子が、危急の際に僕を頼ってくれたというなら、これほど嬉しいこともない。

僕にできることなら、なんでもしてあげたいが、情けないことに尋ねる勇気がなかった。


当たり障りないことから訊いてみる。


「皆、変わりないですか?姉上と、陣、それから、東州王は」

六年ぶりだ。

背が伸びている。四肢もすんなりとしなやかで、まとう空気は、上臈でも滅多にない気品。


つい、うっとり。


「きれいになりましたね」


微笑む月子。どこか嬉しそうな、いつもの、気抜ける笑顔。…なのだが。

僕は、ふと真顔になる。月子の笑顔は嘘でない。


なのにそれが、懸念の雲を胸に広げてった。


なにか、おかしい。理由は説明できない。勘だ。

「…ここにくることを、よく、お許しになりましたね? 姉上はともかく…東州王が。アナタは大切な次代なのに」

気もなく月子は、地面を向いた。

自然、僕の顔が曇ってく。


俯いた月子は、土を蹴る。

「うん。…清貴は、近々、旅に出るって北斗から聞いたけど、本当?」

「…はい。十日後出発します。不確かな伝承を追う旅なので、いつまでかかるか分かりません。一週間かもしれませんし…一年、十年以上かかるかもしれない」

「そ…っか」


「月子」

僕は話を逸らしたがる姪っ子の肩を掴む。顔を上げさせた。

「遊びに来たのではないでしょう。僕に、何か伝えたいことがあるのではないですか?」

ごく自然に、首を横に振る月子。


犯罪的に隠しごとが巧い。


僕は半眼になる。

「嘘ですね」

たちまち、度肝抜かれた顔する月子。バレバレだ。

じっと見てると、月子は途方に暮れる。両手を胸まで上げて、下げた。

その間、視線が振り子みたいにウロウロ。

最後に俯き、貝みたいに口を閉ざした。

月子は、おとなしいようで、石頭だ。言いたくないことは、絶対言わない。






さて、どうやって口を割らせるか。






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