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封神草紙  作者: 野中
第一部/第二章
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第三撃  怪力の可憐な女性

月子は突っ立ったまま、振り向きもしない。僕は苦笑。

周りには泰然と見えたろうが、月子は戸惑ってる。

そりゃそうだろう、月子は盗まれた銃剣を追って出たのだ。それが、何の因果か、当の盗人を庇う羽目になった。戸惑いもする。

微笑む僕。


「だとしても、多勢に無勢では、…見捨てられないでしょうね、月子は」


盗人自身に金貸しに絡まれる原因があっても、子供を盾にしたとしても。

殺されるかどうかはともかく、捨て置けば、あの盗人、ひどい目に遭うだろう。

僕なら、全部叩きのめすか全無視か、どっちかでしかないけど。

月子に、それはできない。


何が起こったか見えた連中はいなかったろうが、子供に赤子みたいにあしらわれたことは察したらしい。

金貸したちは、血相変えていきり立った。

「大人の事情に首突っ込むガキには、相応の躾が必要だな…っ」

躾が必要なのは、この場合、大人のほうだろうが、身に覚えがあるほど、思い至らないものだ。

加減知らずの拳と蹴りが複数、月子の身体に吸い込まれる。直前。


月子が消えた。ように、見えた。



同士討ちにならなかったのが不思議な勢いで、金貸したちの体勢が崩れた。

とたん、内の一人が地面に叩きつけられる。

低い姿勢で逃れた月子が、片手で真正面の両脚を払ったのだ。


鮮やか。


と思うなり、舞い上がった砂塵に咳き込む月子。しまらない。


その肩を掴もうと、幾人かが手を伸ばした。

同時に月子は、大きなくしゃみを一発。拍子に、近くの露店の敷き布を踏んだ。

そして、そのまま。

よろり。


滑った。


鞠が転がるみたいに、月子はころん、と転倒。事故か。故意か。

予測不能の出来事に、僕は唖然。まさしく、青天の霹靂。


目の端で、月子の肩を掴み損ねた金貸しの手が、大振りに空を切った。否。

空を切ればよかったのだが、その太い腕は店の棚を薙いだ。

とたん、陳列されてた商品が、いっせいに宙を舞う。

壺やら人形やら怪しげな薬やら。


金貸したちは、その哀れな商品の洗礼を一身に受けた。

彼らの上に、商品は雨霰と降り注ぐ。


いきなり眼前に呈された冗談みたいな現実に、肝を冷やして見守ってた見物人たちは、自失の態だ。



ある者は、胸まで粉薬で真っ白になり、くしゃみがとまらず、涙と鼻水で顔を斑に汚し。

ある者は、店の板に足を取られ自滅的に骨折。

ある者は、転んだ拍子に気絶。

脳天を商品に直撃され、しばらく寝込んだ後、人格が変わったヤツもいる。

壺に頭をすっぽり覆われ、被ったからには抜けるはずなのに、抜けず、三日は苦しむことになった男もいたらしい。



その中で、月子は起き上がった。状況の原因であるわりに、他人事みたいに無傷だ。

きっと、日頃の行いがいいからに違いない。

反射でそんなふうに考えるなり、僕はさすがに首を傾げた。

都合がよすぎはしないか。月子にとって。

脳裏に蘇ったのは、北境辺土で、獣の群れに蹂躙された黒羽たちの遺体。

他にも、諸々と、と考えさし、僕は首を横に振った。

考えすぎだ。

僕たちに都合がいいなら、それでいいではないか。

暑いから、答えが出ない問題に思考を遊ばせるのは億劫だ。早々に結論を下す僕。

けれど些細な違和感だけ、僕の中で消えずに沈んだ。



立ち上がった月子に、どうにか五体満足で残った男たちが凄む。

「て、てめぇ…っ。ぶ、無事で、家に帰れると思うなよ…ヘ、ェックショ――――ン!!」

喜劇と背中合わせの阿鼻叫喚だが、周囲は失笑をかろうじで堪えた。


金貸したちの血走った眼光が、遊び知らずの光芒を放っている。

血の予感に、人の輪が後退。


月子は平然としたものだ。この程度の威嚇、子供だましにすぎない。

チンピラの怒気に不感症になる程度には、月子は、加減知らずの殺意に慣れきっていた。

金貸しどもが、同時に地を蹴る。幾人かが刃を抜きつらねた。僕から見れば、何も知らず刃物を持たされた赤子同然の危なっかしさだ。


「児戯」


僕は呟く。月子の相手じゃない。

慌てず、構えたとも見えなかった月子の腕が、撓った。

匕首を振り下ろした肘を、手の甲で打ち払う。勢い余った相手とすれ違いざま、月子は足を引っ掛け、背を突いた。もんどり打った相手は転倒、砂塵の尾を引き、路上を滑ってく。

そのとき、月子の後頭部に直刀が突きこまれた。

後ろに目がついてるのか、絶妙のタイミングで横に身を倒す月子。斜めに傾いだ耳の真横を、刃が突風の勢いで掠めた。被衣の縁が裂ける。


間髪入れず、月子が倒れた方向から、別の男が唸りを上げて足を蹴り上げた。


ごく無造作に、その膝に両手を突く月子。

押し返すかと思いきや、ぽぅん、と地を蹴った。跳ね上がった月子の足が、さっき掠めた直刀の側面を真下から蹴り上げる。


――――キィンッ。


冴えた音が響き、刃が棒切れみたいに折れた。

月子は、手を突いてた膝を掴んで、そのまま宙で背を反らす。

猫みたいにしなやかに、後転。目を奪われるほど軽やかで楽しげな所作。

というのに、どれほどの力がこもっていたのか。

相手は足を滑らせた。

何が起きたかも知らないまま、空を見上げ、後頭部を地面に打ち付け、気絶。


それを尻目に、月子は危なげなく着地した。


傍から見れば男たちは、気ままに舞う木の葉に、打つ手なく翻弄されているだけに見える。

どこか、滑稽だ。

折れた刃が、地面に突き立った、そのとき。






「やめなさいっ!」






やわらかいが、芯の強い、女性の声が、場を鞭打った。

見れば、小柄な女性が、逃げようとする銃剣の盗人の襟足を片手に、目を吊り上げている。二十代前半だろう。

可愛い顔が、精一杯怒りを湛えて、乱闘の場を見渡した。

「アナタたち、子供相手にどういうつもりっ?悪いのはコイツでしょ、銃工の伊吹」


伊吹って呼ばれた男は、将棋の駒みたいな四角い身体をひぇ、と縮こまらせる。

僕の銃剣を命綱みたいに抱きしめてた。

構わず、女は、逃げようとする伊吹を片手で易々と前面へ突き出す。

体格差は圧倒的なのに、惚れ惚れする怪力だ。


思って、僕はおやと腕を組んだ。




正義感の強い、怪力の可憐な女性。




仁王立ちのその姿に、過去の記憶を刺激された。

(知り合いに、いましたね、そんな女性が)

もしかして、彼女は。


「しっかりコイツを見張ってないから、踏み倒そうとすんのよ!アナタたちの管理不足ね。子供に当たってんじゃないわよ、みっともない。その子は無関係。離しなさい」


離すも何も、金貸したちは、月子に一指も触れられない。

その苛立ちが、か弱い女性に向くのは、負け犬の定石だ。

「んっだと、この、ババアが横槍突っ込んでくんじゃねえよ!」

「――――あっ、バカ、その人は美里姐さん…っ」


何かに気付いたらしきヤツの制止は遅かった。女の額に青筋が立つ。


「だっれが、ババア!? 訂正しなさい!!」

金貸しの一人に、小刀を鳩尾に突きこまれたにも関わらず、ごく普通の主婦らしき彼女の拳の方が彼より早かった。

うら若き女性を、ババアと呼んだ報復は、些か厳しい。

男はどつかれた拍子に白目を剥き、きりきり舞いして吹っ飛んだ。

地面を数回跳ねた後、摩擦で止まり、撃沈。


僕は確信。というか、思い出さずにはいられない。

あの細腕に、軍人顔負けの怪力。間違いない。

古い、知り合いだ。

(ここで美里に会えるとは…、捜す手間が省けましたね)

そう、僕はここに人に会いにきたのだ。預けたものを、受け取るために。

彼は、美里と共にいるはず。

北斗の質問に、素直にそう答えればよかったのかもしれない。

友人に会いにきた、と。

が、正直に答えるともっと込み入ったところまで吐かねばならない気配もあったし、そうなると北斗に僕の行状を責められそうで言えなかった。

(それに、斎門たちの気配もありましたしね…迂闊な発言はできません)

ひとまず、心の中で自分で自分に言い訳もしておく。

そのとき。

美里の背に、影がかかった。いたのは、折れた直刀を持った男だ。

気付いた彼女が振り向いた時には、遅い。脳天めがけ、突き落とされてる。


誰より早く気付いた月子が、地面を蹴った。

頭を抱えた美里と、盗人の頭上を軽々飛び越える。

刹那、金貸しの男めがけ軽く振り下ろされた踵は、おそらく岩すら砕く威力を秘めた。

気付き、無言で屋根を蹴る僕。


それは、マズい。


月子は、相手の性情より、いのちそのものに重きを置く。

相手が誰だろうと、殺せば、しばらく立ち直れまい。




思うなり、僕が弾丸の勢いで着地した場所は、刀を振り下ろした男の顔面。




鼻柱は折れたろうが、死ぬよりマシに決まってる。

同時に片手を閃かせ、月子の足首を掴む僕。掴んだのは一刹那だが、手首が痺れた。

完全には、力を逃がしきれなかった。なんて威力だ。

月子と目を見交わす僕。とたん、月子の瞳が、怯えを孕んだ。


自分が何しでかしかけたか、悟ったみたいだ。


直後、二人同時に地面へ降りた。

遅れて、僕が鼻を折った男が血を撒き散らし、大地に沈む。目を回し、地を揺らがせ、長々と伸びた。

男を一瞥、月子はしょんぼり肩を落とす。

「私、殺しちゃうところだったんだね」

「そうです」

「止めてくれて、ありがとう」


「どういたしまして」


僕は、被衣の上から月子の頭を撫でた。

僕としては、月子が傷つかなかったなら、それでいい。









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