表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封神草紙  作者: 野中
第一部/序章
1/87

序章 自由に、追いつめられる

序章















欲してはならない。






それが、彼の血に穿たれた楔である。


障子を開けた。群青の空が現れる。そこは高欄だった。

彼は足を止め、銀箔を散らしたような星空に目を細める。


とたん、夜空が撓んだ。一拍置いて、大槌で殴るような大音声が、頭上に雪崩落ちた。




制御の取れない騒がしいその声は、鼓膜が痛むくらい饒舌な、運命の囁き。




目がくらむ。意識を閉ざす。音が止んだ。


高欄に手をつく。身体を支え、肩で荒い息を繰り返した。

無意識に、左手が右腕を掴む。肉に指が食い込むほど。

古傷が疼く。毒に痺れて。

残るのは、牙の痕。

最近、生き物のように蘇生し、呼吸のたびに広がり始めた。

正確には、一ヶ月前から。東州王の妻が身罷って後。


膝が落ちた。血が腕を、細い蛇のように伝う。


呼吸が整うのも待たず、彼は爪を立てて床板をめくった。残り少ない理性に追い立てられる。裸の床に、書簡を置いた。上から床板を、丁寧に戻す。

幼い頃、誤って外したものだが、未だ誰も気付かない。これからも、気付くまい。

彼が口を閉ざす限り。


これが、彼が今できる精一杯。


果実が腐るように、彼の肉体は変質しようとしていた。心もろとも。





肩で息をしながら、両目を閉ざす。と。


前触れもない。

突如、閉じた眼裏、果てない光景が吹きぬける風のように広がった。

はろばろと立ち現れる原生平野。分厚い雪化粧。夜空に、激しく舞う天輝。

足が竦んだ。息が詰まる。


どこまでも思いきり駆けていけ、と誘う、豪壮な自然の息吹に。


これは、もうひとつの血脈が見ている光景。待ち人は今、北境辺土か。

彼と違い、待ち人はどこまでも躊躇なく飛んでいく。


北境辺土。






六年前、最強の刀術士が姿を消した場所。この空の下、ただ一人頼るべき者。






彼は震えた。

雄大な光景の中、どこへ行けばいいのか判らない自由に、追いつめられる。


尻込みし、逃げるように瞳を開けた。






瞳に、映った光景は。


見慣れた高欄。


そのことに、泣きたいほど安堵する。

同時に、胸の内を焼くのは焦燥。


早く来てくれ。


望む端から思い出したように打ち消して、彼は歯を食い縛る。

欲してはならない。なにひとつ。

禁忌に心を痛むほど縛しながら、彼は呟きを絞った。

「…花陽」






縋るように、ひとつの名を。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ