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◆2章-1◆いまさらのファンタジー


 あの時、僕を見つけてしまったのはダレンという名前の青年だった。

後から聞いた話によると、その時は街まで買出しに出かけていた帰りだったそうだ。


彼が住んでいる場所から大きな街までは馬車…この世界ではダビ車と言うらしい。

そのダビ車で三日ほどかかるらしく、僕らがいた場所はそのちょうど中間あたりにあったそうだ。


帰る途中にダビの荷車がぐしゃぐしゃになっているのを見つけて、確認すると死人がいる。

これはたちの悪いモンスターに襲われたんじゃないかと思いあの場所へ入り込んで調べていたのだそうだ。


そこで彼が目にしたものは、人々の残骸と、そこらじゅうに残された戦いの痕跡。

そして、森へと続くその痕跡を追い、一際酷い有様だった爆発の跡を見つけた。

そこには爆発のせいか大穴が開いていて、その下の洞窟に繋がっているようだった。

そこで彼は万が一生き残りがいるのならばここしかないと、声をかけてきたのだ。


そのおかげで今こうして生き延びてしまっている。


感謝はしている。

だけど、怨みもしている。


あの場所でそのままわたあめの後を追いたいという気持ちと、わたあめの意思を無駄にしてはいけない、生きなければという二つの相反する感情が自分の中で葛藤を生んだ。


…いや、それは言い訳かもしれない。

ただ、死ぬのが怖かっただけなのかもしれない。

だからダレンの問いかけに応えた。


力を振り絞って、もう指一本動かす力さえ残っていないと思っていたのに…それでも。


助けてくれ


そう応えていた。


生き残った安堵の気持ちと、生き延びてしまった罪悪感に毎日潰されそうになる。


でもこれはきっとこの命が尽きるまで抱えていかなければいけないものなのだろう。


今俺は生きている。

だから、生きて何かをしなければいけない。


でも俺に何かこの世界ですべき事など存在しない。


だから。


今は助けてくれたダレンへの恩を返す事だけを考えて生きていこう。



そう、決めた。





「もうあの時の傷は痛まないか?」

 今でもたまにダレンは俺の身体を気遣ってくる。

「もうなんともないよ。それに一体何年前の話をしてるんだよ」


 俺はダレンに助けられてから、そのままダレンの家に住み込む形でやっかいになっている。

あれから四年。

俺はもう二十歳になろうとしていた。


最悪な少年時代だったが、それでもわたあめやルーイとの出会いは俺の中でとても大切な思い出だ。

そして、忘れられない後悔と自責の記憶。


「でも最初に家に担ぎこまれて来た時は本当に死んじゃうんじゃないかって心配したのよ?」


 彼女はダレンの妹。名前をリンという。


「リンはお前の事を随分心配していたからな。…それは俺も同じだけど」

「それはそうです。お兄様が貴方を連れてきた時は本当にどうしようかと思いましたわ。身体中傷だらけで、本当に骨と皮だけみたいな状態だったんですもの」


「改めて、例を言わせてほしい。俺をあの時助けてくれて…ありがとう」


 二人にそう告げると、目の前の二人はお互い顔を見合わせて、同時にこちらに向き直りニコニコと笑いかけるのだ。


この底なしの人の良さ、そして好意が痛い。

もともと俺は元の世界に居た頃から人の好意っていうのが苦手だった。

それがどこまで本意の物なのか分からないしそれに見合った物を返せる自信が無いからだ。


だけどこの状況ではそうも言っていられない。

好意には出来る限り応えてやりたい。

お返しをしなくては。


そう思う程度には二人に感謝していたし、この数年で俺も好意を持つようになった。


 俺の事を家族同然として世話してくれた二人には感謝してもしきれないのだ。


それに、これは自分の中に湧き上がってしまった感情。

さすがに認めないわけにはいかない。


俺はリンに恋をしている。


そんな資格が俺にある筈がないので気持ちを伝えるつもりは無い。

だから、少しでもリンが幸せに生きてくれたらそれでいい。

その手伝いをしたい。


ただそれだけだった。


こんな気持ちになるのはそれこそ元の世界に居た頃以来である。

当時、自分が三歳くらいの頃だったか、近所のお姉さんだけが俺の心の癒しだった。

もうどんな顔をしていたかも覚えていないし名前も忘れてしまった。

それでもあの頃唯一自分の事を理解してくれた人だった事は覚えている。


それも、彼女が一年ほどで引越してしまい、俺の安息の時間は終りを告げた。

今思えば俺は彼女に恋をしていたのだろう。

酷く悲しい思いをした気がする。


リンを見ていると彼女の事を思い出してしまう。

別に外見が似ているとかではないと思う。

雰囲気のせいだろうか?

何かしら彼女達から癒しのオーラが出ているのかもしれない。


そんな風に自分の中で片付けておく。

それ以上考えても答えは出ないし不毛だ。


ダレンとリンは互いに綺麗な淡い金髪で、ダレンは短髪。リンは腰ほどまである長髪を後ろで一つ縛りにしている。

ダレンは長身で、おそらく百八十近くあるだろう。

その逆でリンは百四十ちょっとというところだろうか。

なんともアンバランスな背丈だが、兄妹というよりも知らない人が見たら恋人同士のように見えるかもしれない。それくらい仲のいい兄妹だった。


「俺は食事の後また剣の稽古に行くがジャンも付き合えよ」

 ジャン、というのは俺の事だ。

この世界では日本人の名前は浮いてしまう。

そこでそれっぽい名前を名乗ったのだが…もう少し考えて決めるべきだった。


「分かった。俺ももっと強くなりたいしな」


 ダレンに拾われてからというもの定期的に剣の訓練を一緒に行っている。

勿論ダレンは以前からの習慣としてやっているので俺は足元にも及ばないのだが、それでも以前よりはだいぶマシになっていると思う。


ダレン達の住むこのファナブルという街は俺が昔思い描いていたファンタジーの世界そのものだった。

やはりこの世界には魔法が存在する。

どのような物があるのかまではまだ理解しきれていないが、生活に役に立つ程度の物から攻撃魔法まで。

ダレンにはその素質が無いらしく剣技を磨く事に専念しているらしい。

こういう時、異世界からの転移者や転生者というものは魔法の素質がずば抜けているというのが定番であるが、僕にはそんな素質はからっきしだった。

なので一緒に剣の訓練をしているわけである。


ここにはいろいろな種族が混住していて、特に種別的な差別とかもなく平和な街だった。

すくなくとも表面上は。


ドワーフのような小柄な種族、リザードマンのような姿の種族、獣耳と尻尾の生えた獣人。それらが同じ言語を話し仲良く過ごしているような素晴らしい街だ。

最初に転送された場所がこんな所だったら俺の人生はまったく別の物になっていただろう。


ダレンの家から少し行ったところに剣の道場があり、俺もダレンもそこの門下生として修練している。

現在道場主は不在で、俺達は勝手に入って使わせてもらっていた。

どうやら剣の腕を買われて王族の指南に出向いているそうだ。

ここ二年ほどたまにしか帰ってきていないようだ。


ダレンと模擬剣を交わしながら考える。

俺が助けられた後、ダレンにいろいろ聞いてみた事があった。

だれか他に生き残りは居なかったか。


答えは、俺以外だれもいない。だった。


ちなみに、あの化け物も消えていた。

きっと別の餌場へ移動したのだろう。


それと、俺をさらに絶望させたのがルーイのその後だ。


「その、ルーイという子がどんな外見をしているのか分からないが…君と同じくらいの女子なら遺体で見つかったよ」

 ダレンは辛そうにそう告げた。


ルーイだろう。

あの場に俺と同じくらいの女子なんてほかに居なかったのだから。


ただ、あいつに食われたわけではなさそうだった。

俺達が捕らえられていた敷地から少し離れた道端で、ルーイはバラバラになっていたらしい。


ダレンが言うには、足につけてあった鉄球。あれは重りとしての役割のほかに、あの敷地から一定以上離れると爆発するような魔法がかけられていたのだろうとの事だった。

あの二人のどちらかがその手の魔法を使えたのかもしれないし、第三者…それこそロクサスとか、別の協力者の仕業かもしれないが、どちらにせよ今となってはそれも分からない。


シンも、ルーイも魔法の事は知らされていなかったのだろう。

だれも無理矢理脱走した事がなかったから気付かないままだったのかもしれない。


確かにあんな足枷だけであそこに閉じ込めておくというのは無用心ではあったのだろう。

本気で逃げる気になればなんとかなったかもしれないのだ。

たとえば外壁の下に穴を掘って向こう側へ出る。たとえば木を組んで梯子を作り向こう側へ行く。


それらをシンもルーイもしなかったのはきっとあそこでしか生きる術が無かったからだ。

もともと住んでいた街に戻るわけにもいかず、自分達の力だけで生きていくことが出来ない彼女らにとっては、日々の生活が保障されているあの場所に居る事こそ一種の安心できる環境だったのかもしれない。

だからこそシンもあれだけの爆薬を用意していたにも関わらずなかなか踏み切れなかったのだろう。


もしかしたら全部俺の妄想で、あと数日あの化け物の襲来が遅ければシンは爆破を決行していたかもしれないが、なんとなくそれが正解のような気がする。



俺はわたあめが居たから一人で逃げる気にはならなかったのである意味それが俺の命を守っていたのだ。


考え事をしながらの打ち合いでは相手にならず、俺の剣は弾き飛ばされてしまう。


「ジャンも強くなったがまだまだだな」

「…まだまだダレンにはかなわないよ。せめて魔法でも使えれば…」

「こらジャン。それは俺も通った道だよ。俺達はいくら魔法を使いたくてもその力が無いんだから…出来る事をして強くなるしかないんだ。そうだろ?」


 ダレンは少し寂しそうな顔で俺を嗜める。

特別な剣のスキルも無い。

魔法が使えるわけでも無い。

なら俺に与えられた力というのは一体なんなのだろう。

未だにわからないままだ。

でももうそんな事に期待しても無駄だと諦める事にしていた。


「お前ら知らないうちに腕をあげたのう」

 

気が付くと入り口に一人の男性が立っていた。

久しぶりに見たがここの道場主だ。


「ヨシュア先生。お戻りになっていたんですか!」

「つい今さっきね。近くまで来たら剣を交わす音が聞こえたのでな。しばらく見学させてもらったよ」


 俺達の戦いをずっと見てたのか…それじゃあ俺の不甲斐無い様も見られていたのだろう。恥ずかしい。


「ジャンはまだまだじゃが…いい物は持っているしダレンは申し分ない。どうだそろそろ。今なら紹介してやれるぞ?」


 ヨシュアが言っているのは、ダレンの夢に関係する事だ。

ダレンは以前から王国騎士に憧れていた。

この国の騎士になるのは一筋縄ではいかないらしく、王国からの依頼を受け何かしらの功績をあげるか、非常に難しい試験に合格するか、誰かに紹介してもらうか。

その三つだが、王国からの依頼を受ける為にはフリーの傭兵としてそれなりの実績がないと難しく、試験を受けるには大金が必要、誰かに紹介してもらうという方法しかダレンには残されていなかった。


だが、ダレンの師匠であるヨシュアはダレンの腕をまだまだだと言い、紹介する事を拒んでいた。

それが、今認められたのだ。


「そ、それじゃあ…」

「うむ。今のお前なら十分通用するだろう。正直言えばジャンの方はもう一声欲しいところじゃが…それでもその成長速度には目を見張る物がある。どうだ?二人ともその気があるのなら紹介してやろう」


 ダレンは俺も一緒にという事に大喜びし、「一緒に騎士になろう」と俺を誘う。


…お人よしも極まってるな。

そもそも自分がずっと追いかけていた夢に、腕がまだまだな俺まで一緒に選ばれるって時点で本来なら憤りを感じてもいいところだ。

それを一緒に騎士になれるぞと大喜びする阿呆なのだダレンという男は。


だからこそ、俺は恩を返したいと思うのだが…。


「わかった。俺はダレンのついでだけど一緒に頑張ろう」

「ついでなんて言うなよ!お前はきっとすぐに俺より強くなる。師匠がその成長の速さw認めてるんだから自信を持てよ」


 …この人は本当に綺麗な物だけを固めて作ったような生き物だ。

俺とは違う人種なのだろう。


一緒に居る事で彼の力になれるかどうかは分からないし、むしろ足を引っ張るかもしれないのでそこは気をつけないと。

自分も出来る限りの事はしよう。


「よしジャン。今日は祝杯だ!美味い酒を買って帰るぞ!」

 ダレンはえらく上機嫌で俺の肩に腕を回してきた。


「気が早いのう。詳しい事は追って連絡しよう。とりあえず二人の事はわしの方から騎士団長の方に伝えておくから待っておれ」


 その後俺とダレンはそれぞれヨシュアに稽古をつけてもらい、高めの酒を買って帰路についた。



「お兄様それ本当なの?おめでとうございます♪」

 リンはとても嬉しそうに兄を労った。


…のだが、心の底から喜んでいるように見えなかった。

おそらく、ずっと一緒だった兄が騎士になったなら家に帰ってくる頻度も減るだろう。

それはきっと寂しい事に違いない。

だが、兄の夢だった事も理解しているからそんな事は一切口にせず、自分の事のように喜ぶ姿を見せている。

健気なものだ。


俺がこの家から居なくなったところで大した問題は無いのだろうが、本当の家族が家に帰らなくなるというのは辛いものだろう。

自分にはそういう感情は良く分からないが、世間一般的にはそうであるはずだった。


むしろ俺がダレンと一緒に騎士になる事にしたのは、リンと二人でこの家に住む事になったらあまりに気まずくていたたまれないからというのもある。



その日はリンが作ってくれたご馳走をたらふく食べて、ダレンと二人で美味い酒を飲み、今までの事、そしてこれからの事を大いに語りながら眠りに付いた。



その夜。

夢を見た。


その夜、という表現は少し間違っている。

その夜も、いつもと同じ夢を見た。


「なんであんただけ生きてるのよ」

「…」


 ルーイが俺に恨み言を言い、シンが無言でこちらを睨みつける。


シンが何かを喋る事もあるし、ルーイの言葉も日によって違うが、大体の内容は一緒だった。


そして最後にはわたあめが俺の目の前で死んでいく。


毎回毎回僕はその死体を解体して貪るように食べる。


すると、喋るのだ。


俺がかじりついている最中にわたあめが、いたいいたいくるしいつらい。そう言う。


俺は毎日そんなわたあめに涙を流しながら謝罪をする。

謝りながらわたあめの肉を、内臓を喰らい尽くす。


いつも目覚めは酷い。

寝つきはいいのだがいくら寝ても寝起きは最悪だった。


その繰り返しをひたすら続ける事で、俺は今でも昨日の事のように思い出せる。


冷たくなっていくわたあめの身体を。


切り開いた肉の美しさを。


内臓の照りを。


そしてその全ての


この世の物とは思えないその美味さを。




…友達の味を。

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