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◆5章-1◆魔王の城のお客様

 

ユウジ達と一緒に過ごした期間はそう長くない。

ただ、今思い出してもそう悪い物ではなかったように思う。


別に未練がある訳でも後悔している訳でもない。

ただ、ああいう仲の良いパーティーを組んで旅をするというのも思ったより楽しい物だったのだ。


どちらにしてもあのパーティーの中に俺の居場所は無いが。


最初から全てを偽っている俺が居て良い場所ではないのだ。


それにもう全て終わった事。


クレアも、アリアも、シェイアも、ユウジも。そして魔王すらも全てたいらげて魔王の玉座に座り一人考える。


俺はついにあの糞勇者様を殺した。


この日の為に力を付けて、この日の為に俺は…。


よっしゃぁぁぁぁーっ!!


…って気分にはやっぱりなれなかったな。


今俺は達成感すらも感じられず、空虚だ。


空っぽだ。


念願叶えても俺は幸せになれないのか?


せめて一瞬だけでもいい気分になれないのか?


俺は何のためにあいつらを殺したんだろう。

何のために喰ったのだろう。


俺はあいつらの記憶も全て吸い出して、いろいろな事を知り、能力も、経験も、今までとは比べ物にならない程豊かになった。


そうやって他の人たちを俺の中に詰めれば詰める程俺は空虚になっていく。


俺が薄まっているのだろうか。


他の物を混ぜすぎて俺が薄くなってしまっているのだろうか。


だが今こうやって考えているのも俺だ。

俺は俺以外の何者でもない。


そう、確信が持てる。


だったらこれは俺だし俺は薄まってなどいない。


ただ俺の中に増えすぎた奴らの記憶達が俺を少し曖昧にしているのだろう。


大丈夫。

俺は俺を見失ったりしない。



今回手に入れた情報を整理してみる。


まず女性達から得た記憶。

ほぼ俺に有意義な物は無かった。


どいつもこいつもユウジに対するまっピンクな感情ばかりで辟易である。


万が一俺がこいつらの感情に飲まれたら俺までユウジの事が好きになってしまうのだろうか?

吐き気がする。


だがこいつらの戦闘能力などはそれぞれ有意義な物だった。

これで俺の戦力がまた上がる。


まぁそれよりもユウジだ。

こいつの記憶には驚かされる。


まず、これはやっぱりというべきだろうか。

俺とは完全に別ルートから異世界に来ていた。

こいつは元の世界で一度死んでいる。

ただそれは天界の奴らからすると手違いだったらしい。

死ぬべきでは無い運命の人間がうっかり死んでしまった事で詫びも兼ねて能力てんこ盛りでこちらの世界に転生したという事のようだ。


ユウジらしいおめでたい展開である。

しかしこちらの世界に来るにも方法が幾つかあるというのが解り、不公平さを感じた。


そしてユウジの能力は俺にとてつもない戦力向上を促す。

まず俺がムラクモを手に入れた。

自由に出し入れできる高性能の武器があるというのは非常に便利だ。


それとあいつの肉体再生能力。

これで俺は自分の身体を切り裂くほどの相手が居たとしても恐れる事は無い。

念の為にムラクモで自分に傷を付けて試してみたが一瞬で回復したので間違いなく機能している。


これでもともと強固だった防御面が鉄壁になる。


ただし、残念な事にあいつの使える魔法や身体能力などはすでに俺が手に入れてしまっていた物と被っている物が多く、あまり役に立ちそうに無い。


そして、これは流石に予想外だったのだが、ユウジは異常な能力を手にしていた。

奴の記憶にある女神とやらがユウジに特殊能力をてんこ盛りにした犯人のようだが、その中でもちょっとこれは酷い。


運のパラメーターMAX。


これはある意味一番のチート能力と言ってもいいんじゃないだろうか。

自分にどの程度の効果が出るのかは解らないが、この先何が起きるかでそれもわかるだろう。



次に、魔王の記憶。

こいつは、なんというか…親近感を感じてしまった。

それこそ出会い方が違うなら俺はこいつと共に生きようとしたかもしれない。


そもそも魔王の名前は仲町京一。俺達と同じ日本人だ。

どうしてこう異世界に放り込まれる奴は日本人ばかりなんだ?

なんだか作為的なものを感じる。

奴らにとって何かしらの理由があるのだろうか。

それともまだ俺以外に二人だけだし偶然という事も考えられるが、外国人の転生者がいてもおかしくはない筈…。


まぁそれはどうでもいいとして、結論から言うと魔王仲町京一は俺と同じ方法でこの世界に来た。

俺よりももっともっと幼い頃に。本人がきちんと覚えていなかったようなので曖昧な記憶だが、三~四歳くらいの頃にあの黒ローブの奴に無理矢理この世界に放り込まれたようだ。


京一は、ろくでもない両親に育てられ、…いや、育てられてはいない。育児放棄という奴だ。

とにかく、両親は糞野郎共で、酒と博打に明け暮れ、機嫌が悪くなれば暴れ、京一を殴った。

ある日京一はもういっそ死んでやろうと思って家を抜け出す。

三~四歳の子供が、自分の命を絶とうとするなんて余程の事だ。


他人の記憶だというのに無性にイライラする。


そして死に場所を探し放浪していると、急に目の前が真っ暗になってあの黒ローブに拉致られる。


実際どういう方法で誘拐しているのかわからないが、俺と同じで気が付くと奴が居る薄暗い部屋に立っているのだ。


そして京一は、自分から死なれては困るからと自殺する事のできない呪いをかけられ、異世界に放り込まれる。


幸いな事に京一の能力はわかりやすい物だった。

俺と同じように森の中に放り出されたが、遭遇する魔物の言葉が解るのだから話が早い。

しかも、魔物は京一の言葉に逆らう事は出来ない。


京一はその新しい世界で、生き直す事に決めた。

魔物に襲われる事は無いが、一度彼と接触した魔物は命令を求め寄って来る。

そのせいで、なんとか言葉を覚えて街になじんだとしても京一の周りには魔物が付きまとう。


そうしたら街からはじき出されるのは当然とも言える。

化け物だとか魔物使いだとかあらゆる罵詈雑言を浴びせられ幼い京一はどんどん荒んでいく。


人と過ごす事を諦め魔物と共に生活を始める事になるが、その為に自分にけじめをつけようと彼を糾弾した街を魔物の群れに襲わせて崩壊させている。


そして、海を渡れる魔物達を連れ、魔物の大陸…ユメリアに移住する。


そして…驚くべきことに、京一は自分達の生活を脅かそうとする連中以外を手にかけたりはしなかった。


定期的にユメリアを開拓しようとやってくる連中は大抵魔物を掃討しようとしてくるので仕方なく戦うが、京一の方から戦いを仕掛ける事も、ユメリアから他の大陸に攻め込む事もしなかった。


ただ、魔物と仲良く暮らしていただけだったのだ。

京一は魔物を操れるが無理に操ろうともしない。

慣れない農業をやろうとして四苦八苦していたようだが、それもなんとか軌道に乗り始め自給自足ができるようになっていた。


それにより本当に平和な国が出来上がっていたのだ。

あの魔王の秘密兵器だった恐ろしい魔物も、普段は温厚で畑を耕すのにとても役にたっていたようだった。


そんな魔王がどうして人質を取ってまであんな悪者を演じていたのか。


それはただ単純に…殺して欲しかったからだ。


魔物に命令して死のうとした事もあったようだが、それも自殺のうちに含まれるらしい。

魔物が彼を殺そうとする事は無かった。


そして京一は死ぬことをしばらく諦めていた。


だが…自分と同じ転生者が魔王を討伐しに来た。

 それによって彼は、時が来たと悟る。


本当はユウジに殺されるつもりで煽るだけ煽ったようなのだが…。


まあ結果的には俺が殺してしまった。

転生者に殺されるという意味では目的は達成されているのだろうから問題あるまい。


そして京一の能力も手に入れる。

その日から俺には魔物の声が聞こえるようになった。

俺が特に意識しなくても、俺に理解できる言葉になって頭に届く。

ユウジの能力でどんな国の言葉でも理解できる能力があったが、それの影響なのか純粋に京一の能力なのかというのは微妙なところだ。


個人的には京一の能力の一部だと思っている。

京一はこの国の言葉を理解する能力を有しては居なかったから街に溶け込むのが大変だったという記憶がある。

だから魔物の言葉が聞こえたところで理解できなければ意味がない。

そうするとおそらく最初から魔物の言葉はちゃんと理解できたと考えるのが無難だ。


魔物の声が聞こえるようになった俺は試しに魔物達に幾つか命令を出してみるが、命令の出し方にコツが要る。

複雑な事を言うと理解しきれなかったり、幾つも頼むと忘れられたりする。


要するに子供に何かお使いを頼むとかそういう感覚に似ている。


そして一つ気付いた事がある。

意思の疎通が出来て、自分の言う事を律儀に聞いてくれる相手というのは非常に喰いにくい。


そりゃ必要とあらば喰うとは思うんだが、どうにもこうにも俺の言う事を聞く魔物達が純粋すぎて微妙にやりにくい。


まぁある程度必要な能力も手に入っているし魔王と勇者の力を手に入れた俺にはその辺の魔物の能力なんて今更必要無い気もするが。



そして数日。

俺は途方にくれていた。


すべき事を見つけられない。

勿論ここまで来たらこの世界をぶっ潰すという最終目的は変わらない。


だが、思いのほか早い段階で一番憎しみを持っていた勇者ユウジを取り込んでしまったので少し脱力してしまっているようだ。


世界をぶっ壊したい気持ちより、勇者をぶっ殺したい気持ちの方が強かったのだから仕方ない。


でもここまで来たらきっちり最後までやり遂げるつもりでいる。


それだけは必ず。

やり遂げようと改めて決意する。



…のだが。


それが一瞬にして揺らぐ事になるとは想像もしていなかった。


これもユウジから奪った運のせいというべきか、おかげというべきか。



「あの~ごめんくださ~い」


 魔王の居城に間抜けな声が響き渡る。


配下の魔物達は今森に木の実を集めに行ったり畑に種を植えたり、要するに出払っているのだが…それにしてもこれはどういう事か。


女性が一人で魔王城へ乗り込んできてのんきにごめんくださいなんて言ってる。


俺がおかしくなったのか?

それともおかしいのはこの女か?


そうだ。

普通の女がこんな所に来るわけがない。


それならこの女も転生者と考えるべきだ。


だとしたら何をしにこんな所へ来る?


魔王の城にやってくる理由なんて一つしかない。


魔王を殺しに来たのだ。


魔王は死んだ。


いや、今の魔王は俺か。



少し頭が混乱している。

落ち着け。


そもそも今の俺が恐れるような相手はそうそう居ない。

いくら転生者だとしてもだ。


なら相手を喰らってその能力を頂いてやろう。

記憶を吸い出せばどんな能力を持っているのか、そいつが誰でどう生きてきたのかも全てわかる。


そう、殺せば全部解る。


なら焦る事は無い。


「女一人でこんな所に来た不運と迂闊さを呪え」


 俺は女に一言だけ告げて、飛び掛る。


生で首を噛み千切るのが一番手っ取り早いのだ。


だが、


俺の動きはそこで停止する。


女の能力ではない。

自分の意思でだ。


女が俺を見るなり一言呟いた。


その言葉があまりに衝撃的で、俺は動けなくなってしまったのだ。


「…もしかして…」



「えいゆう君、ですか?」

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