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◆2章-終◆いまさらの決意


「ダレン!!」


「きゃあっ!」


 すぐ近くで聞こえた悲鳴に硬直する。

なんだ、何がおきた?


「…もう、びっくりさせないでよ…。ジャンを起こしに来たらいきなりダレン!って叫ぶんだもの…驚いたわ。…嫌な夢でも見ていたの?」


 俺が毎日悪夢を見ている事は二人には言ってなかった。


言ったところで解決する事でもないからだ。


「…あ、ああ。良く覚えてないけどね」


「…そう。ジャンにとっても、やっぱりまだ受け入れられないわよね」


 そう言って寂しそうな顔をするリン。

また心配をかけてしまった。


「とにかく、朝ごはんでも食べて元気出して。もうできてるから降りてきてね」


 そう言って部屋から出ていくリンの左手には、ダレンからのあの指輪が嵌められていた。



その日から俺とリンは傷を舐めあうように生きていく。

俺が毎日のようにうなされている事をしったリンが毎朝呻く俺の手を握ってくれるようになった。


俺の悪夢はそれで改善する事もなかったが、起きた後の安堵感が違う。

ただ、同時に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


リンはふとした時に俺の事をダレンやお兄様と間違えて呼ぶ事があり、必ずその後泣き崩れてしまうのだ。


俺はとても見ていられず、ダメだ。俺にそんな資格は無い、と思いながらもリンを抱きしめてしまう。


リンも悲しみ故か、誰かに頼らないと自分を保てなかったのだろう。

俺に泣きついて離れなかった。


俺は、ダレンの死を利用してしまった。

ダレンを失った悲しみに付け込んでしまった。


なんて卑しいんだろう。


日に日にリンの様子がおかしくなっていく。

俺に依存する割合がどんどん増えていく。


俺はそれを受け入れてしまう。

見てみぬ振りをしてしまう。


やがてリンは俺の部屋で一緒に寝るようになる。

俺がうなされれば抱きしめてくれる。

リンが悲しみに耐えられない時は俺が抱きしめる。


そうやって傷を舐めあっているうちに、いつしか一線を越えてしまっていた。


また一つ、俺はダレンを裏切っている。

ダレンを利用している。


リンは悲しみを乗り越える為に、もしくは悲しみを忘れるために俺を利用しているのだろうか。


そうだとしても構わない。

リンが俺を求めてくれるのであれば、俺はそれに応えたい。


そう自分に言い訳をしているだけだ。

ただ、俺がリンを自分の物にしたいという欲望の言い訳を。


徐々に安定してきたかと思われたリンの様子が、一月もするとまた危うくなる。


だんだんと俺の事をダレンと呼ぶ事が増えてきた。

お兄様、と呼ぶ事はほぼ無くなったように思う。


いつしかジャンなんて存在はこの世から消えてしまった。


彼女の中では俺がダレンになってしまったのだ。

一番頼っていた、心のよりどころが彼女の場合ダレンで、ダレンがいないと彼女が彼女で居られない。

だから身近な依存できる相手を利用して、そこにダレンが居ると、そう思い込むことで自分を守っているのだ。


俺はもともとジャンなんて名前適当につけた名前なので失おうと知った事ではない。

ダレンとして彼女の支えになろうとさえ考えていた。


そして、偽りの兄妹生活が始まる。


兄妹と言えど身体の関係は変らず続いていた。

俺がそれを求めてしまったからだろう。

俺は弱い。


初めて誰かと繋がりを持てた事に依存してそこから抜け出せなくなっている。

正気ではないリンを、ダレンを演じる事で自分の物にしようとしている。


葛藤はある。

こんな事が許される筈がない。

ダレンを裏切り続けている。

人としてやってはいけない事をしている。

色々だ。


だがそんな事、あのリンを抱いている時の背徳感にも似た快楽に比べればどうでもよくなっていた。


俺は毎日のようにリンを求め、リンも毎日のように俺を求めた。


二人ともそうでもしなければ色々な感情に潰されてしまいそうだった。


だが、そんな偽りの兄妹愛も長くは続かない。


俺が手に入れた物は消え、望んだ事は必ず。


叶わないのだ。



ある日、俺達の家にヨシュアが訪ねてきた。


ヨシュアは討伐隊には参加せず、王族達の指南役としてそのまま城に残っていたので無事だったのだ。


この街に騎士団の生き残りが居るという話をどこからか聞きつけて、もしやと思い訪ねてきたらしい。


「…お久しぶりです。ヨシュアさん…城の方には…顔も出さずにすいません」


 久しぶりに見た師の顔に俺はそう返すのが精一杯だった。


「よい。よいのだ…この街に生き残りが居ると聞いてダレンとジャンが…と藁にも縋る思いで駆けつけたのじゃが…その様子を見るとジャンだけのようじゃな…」


 俺はあの時あった事を出来る限り細かくヨシュアに説明した。

騎士団が目の前で灰になって消えた事。

それから謎の一団が竜を討伐した事。

そしてその後俺がどうしたのか。


「…ああ、その竜を退治した青年なら今は勇者と祭り上げられて大変な事になっておるよ」


 それを聞いてまた胸がチクリと痛んだ。


異世界転生した後騎士団をブレス一つで全滅に追い込むような竜を退治、国から勇者の称号を与えられ盛大なパレードが行われる。


なんという王道か。

俺もそんな話に憧れていた事があった。

でも俺には何も与えられなかった。


或いは、何が与えられているのかにも気付かないでいるだけかもしれない。


どちらにせよあの男とは違う。

俺とあいつは根本的に違うのだ。


忘れかけていたあの嫉妬や羨望がふつふつと蘇ってくる。

だめだ、そんな事忘れてしまえ。


今の俺には関係の無い事だ。


「あらダレン、ヨシュアさんが来てたのね。お茶でも入れるわ」


 二階から降りてきたリンがヨシュアを横目に台所へ向かう。


「…ジャン、今のは…どういう事じゃ」


 …。


「ジャン、まさかリンちゃんは…」


「リンは、深く心に傷を負っています。今は俺がダレンとして彼女を支えているんです。そうするしか、なかった」


 俺の説明に頭の固いこの男は納得してくれない。


「…それは分かる。だがそれでは心の傷が癒えるどころか…ダレンの死をいつまでも受け入れられずに精神が現実を直視できないままどんどん壊れていってしまうぞ!」


「そんな事分かってます!俺だっていつまでもこの状態でいいなんて思ってません」


「…ついムキになってしもうた。すまんのう…。お前らもいろいろ大変だったというのに部外者が口を挟むことではないな。しかし…本当にこのままの状況を長く続けるのはまずい。それだけは忘れないでくれよ」


 ヨシュアは、ダレンとリンが幼い頃から知っているから尚更親身になって心配しているのだろう。

ダレンを失ってしまったリンをどうしてやるのが一番いいのかヨシュアも分からないのだ。

分からないからこそ、俺のしている事を良く無い事だと分かっていても無理矢理やめさせたりはしない。

できないのだ。


「…とにかく。ジャンだけでも無事でよかった。もう騎士団にはもどらんのか?」


「…はい。もう俺があそこにいる意味がありませんから」


「そうか。お主は前からそうじゃったものな。ダレンの為に、リンの為に…それが行動原理のような男じゃったから仕方ないのかもしれないのう。分かった。騎士団のエンブレムは回収していくぞ。手続きはこっちでやっておくから安心してよい。わしはもう行く。あのリンちゃんを見ているのは辛いんじゃ。すまんのう」


 謝られても困る。

リンを直視できずに逃げ出すならそれでいいからさっさと帰ってくれ。

騎士団の肩書きもエンブレムも俺にはもう必要ない。

俺にはリンが居ればいい。


リンには『ダレン』が居ればいい。


「あら?ダレン、ヨシュアさんはもうお帰りになったのかしら?」


「うん。ついさっき帰ったよ」


「そうなの?ふふ…じゃあもう今日は二人っきりね♪晩御飯の時間まで居るようだったら二人っきりで食べられないから嫌だな~って思ってたのよ」


「ああ、そうだね。今日は晩御飯どうしようか?」


 リンは少し唇に人差し指を当てるような仕草をしながら考えて、「ダレンの大好きなメゴリーにしようかな♪」と言った。


それなら俺も大歓迎である。


その時に、何かひっかかる物を感じた気がしていたのだが、それが何だか分からなかった。


すぐに気付いていればあんな事にはならなかったのかもしれない。


結局の所俺は今の現状に甘えていたのだ。

いろんな事を利用して、ダレンを裏切って、自分が幸せな環境を作り上げて満足していただけなのだ。


リンの為、なんていう名目はただの言い訳にすぎない。

本当にリンの為を思うのならば早々に俺などは消えてしまうべきだったのだ。




その夜。


相変わらず俺は悪夢を見る。



「アンタ…そんなだからいつも大事な物を失うんだよ。ほんと救えない奴」


「ジャン…お前は俺か?違うだろう?俺はお前がお前としてリンの支えになってくれるならそれでいいと思ってた。だけど…お前はいったい」


「何をやっているんだ」


 違うんだダレン。

俺だってこれが良くない事なのは分かってる。

だけどリンに必要なのはジャンじゃなくてダレンなんだ。

今のリンには誰かがダレンにならなきゃいけないんだ。


「そうやってまた言い訳ばっかりしてんの?」


「お前は…本当にそれでいいのか?」


 良くは無い。良くは無いさ。


だけど…。


「またたーせつなひと、うしなう」


 わたあめ…。


俺は、俺は…。


「早くしないと、アンタまた失うよ」


 分かってる。分かってるさ。


そろそろ俺にだって分かってる。


「俺が託した指輪、ちゃんと渡してくれたか?」



 渡した。ちゃんと渡したさ。

リンだって毎日指に嵌めてるよ。


ダレンからの最後の贈り物なんだからちゃんと渡したに決まってる。


「…」


 おいダレン。何か言ってくれよ。


「…」


 ダレン!



…いったいなんだっていうんだ。

酷い寝汗をかいて目を覚ます。


あれ、リンが居ない。


いつもならうなされる俺を抱きしめてくれている筈のリンが隣には居なかった。


トイレにでも行っているのか?


俺は夢の内容について思い出していた。


そんな事は俺だって分かってるさ。

だけど…もう少し。


そこでふとダレンが言っていた指輪の事を思い出す。

確かあれには文字が彫られていた筈だ。


文字がどんなのかは大体覚えている。


ランプに火を灯して、大分前にダレンがくれた辞書を手に取る。


辞書を見たところで辞書もこの世界の言葉で書かれているのだからあまり分からない事には変り無いのだが、この世界にもひらがなと漢字のように数パターンの文字が存在している。


俺はそのひらがなに相当する簡単な文字ならなんとか読めるので、辞書を見ると大体の意味は理解できる。


勿論言葉の説明を漢字に相当する難しい言葉を多様して説明してあるとさらに意味が分からなくなってしまうのだが、ダレンがくれた辞書は比較的優しい子供向けの物なのでこういう時に非常に役に立つ。


えっと…確か、こんな文字だった気が…


うーん。あった、これだ。


…違うな。

気味の悪いリンへ。では意味が通じない。

むしろそんな贈り物をダレンがするとは思えない。

これじゃないとすると…こっちか。


愛するリンへ。


これだ。


ダレンもそれだけリンの事が大切だったという事だろう。


そんな簡単な事を再確認しただけだ。

特にこれと言って何かあったわけじゃない。


ランプの火を消して再びベッドに横になる。


眠気に包まれそうになった時、ふと気付く。


…リン、遅くないか?


何かあったのだろうか。


「リン?どこだ?」


 部屋を出てリンを探す。

一度一階に下りてトイレの方へ行ってみるが居ない。


どういう事だ?

リンが夜中に出歩くとは考えにくい。


すると、ガタッと二階から音がした。


そうか、自室に行ってたのか。


再び二階へと上がり、リンの部屋の前で立ち止まる。


「リン?ここにいるのか?」

 

声をかけても反応は無い。


おかしいな。


ギシッ


…何か音がする。


「…ぅ…ぁ…」


 声だ。リンの声が聞こえる。


「リン?いるんだろ?リン?」


 ギシッ…


また変な音が聞こえるだけで返事は無い。


俺はとてつもなく嫌な予感がしてドアを開けようとするが鍵がかかっている。


「リン!入るぞ!?」


 ドガッ!!


思い切りドアを蹴り飛ばして鍵を壊す。

開け放たれたドアの向こうは漆黒。


ランプも付けずに一体何をやってるんだ。


「リン?」


 …ギシッ


またあの変な音。


ふっと目の前に何かが揺れていた。

目が慣れてきたのかなんとなくそれが見える。


天井から、何かが吊るされている。

それはゆらゆら揺れて、時折ギシッという音が天井から聞こえる。


おい、何やってるんだ。冗談はやめろよ。


「リン!!」


 リンが、天井に括り付けられた縄で首を吊られていた。


俺は気が動転する。パニックを起こして何をしていいか一瞬混乱して動けない。


「…ぅ…」


「リン!?今助けるからっ!!」


 リンの消え入りそうな声を聞いてやっと我に返った俺は慌てて一度俺の部屋に戻り、俺の剣を持ってくると、出来る限り高くジャンプしてリンを吊るす縄を切り落とす。


ドサッという音と共に床にリンが崩れ落ちて、ゲホッゲェホォッとむせ返る。


「大丈夫かリン!いったい、誰がこんな事を!!」


 あまりの苦しさにむせ返りながら大粒の涙を流したリンが発した言葉に俺はさらに混乱した。


「…な、なんで…?ゲホッ…どう、して…死なせて、くれない…の?」


 な、何を言ってるんだ。


「リン、どうしちゃったんだよ!」


 崩れ落ちたリンがプルプルと身を起こし、ゆっくりと呼吸を整え、俺に向かってこう言った。


「貴方は…ダレンじゃない」


 分かってる。そんな事分かってるさ。


だけど、それでも今までうまくやってきたじゃないか。


「ほんとは分かってたの。ジャンをダレンの代わりにしてるって。それでも…それでも私は…っ」


 リンが晩御飯を作る時に言っていた事を思い出す。


「ダレンの大好きなメゴリーにしようかな」


 メゴリー。煮込み半バークだ。それを好物にしていたのはダレンではなく俺だ。


もうあの時点で俺はダレンでは無かったのだ。


ヨシュアの訪問のせいか?

あいつが余計な事を言ったから、それをリンがどこかで聞いていたとしたら、正気を取り戻すきっかけになったかもしれない。


いや。ヨシュアのせいにばかりできない。俺だって分かってた筈だ。

いつか魔法は解ける。


俺はダレンじゃない。


それがはっきりしたのが今日だったってだけだ。


「私は…お兄様を…ダレンを愛してたの…ダレンも私を…愛してくれた」


 まさか、と俺は思う。

そういう意味なのか?


「私達は愛し合ってたの。…私達は…兄妹だから、決して結ばれない定め。それでもいい、一緒に居られれば…そう思ってた。ジャン、貴方を邪魔に思ってたわけじゃないの。むしろ二人が自制するために貴方の存在はとてもありがたかったわ」


 なんだよそれ。

ずっと、ずっと俺は邪魔者以外の何者でもなかったのだ。

分かってた筈だろ?何を今更ショックを受けてるんだ。


「だけど…騎士団に入って、頑張るダレンから手紙がきたの。騎士団で武功をたてて、沢山お金を稼いでゆとりができたら二人が兄妹なんて事を知らない国へ行って結婚しようって。私嬉しかった。この指輪は…きっとその時の為の物よ。内側に書いてある文字ではっきり分かった。これがダレンからの愛の形なんだって」


 俺は、全てを吐露するリンに対して何も言えずに固まっていた。


「もう少しで、ううん、まだ時間がかかったかもしれない。それでも、私達とうとう人の目を気にせずに愛し合えるんだって。そう思った。そう思うと嬉しくて、待ち遠しかった。なのに…騎士団が全滅したって聞いて…私信じられなかったけれど、だんだんもうダメだって絶望していったの」


 そこに俺が…帰ってきてしまったのか。


「そしたらね、二階の窓から見えたのよ。ドアの前でもぞもぞしている影が。心臓が飛び出るかと思った。ダレンが帰ってきたんだって。私のダレンだけは生き延びて帰ってきてくれたんだって」


 俺は耳を塞ぎたくなった。

何も聞きたくない。

その続きを言うのをやめてくれ。


「なのに…どうして?どうしてなの?」


 やめろ。


「なんでよりによってダレンじゃなくて貴方が帰ってくるの!?」


 …。

分かってた。

分かってた…つもりだった。

それでも本人の口からそれを突きつけられるとこんなにも胸が苦しくなるのか。


でもリンは、リンの苦しみはきっとこんなもんじゃない。


「貴方が無事なのに、どうしてダレンは死んでしまったの…?ねぇ教えてよ!…あの人が居ないこんな世界なんて」


 リンが立ち上がり、部屋の隅にある机に向かう。

そっと引き出しを開けると、


「生きていたって仕方ないじゃない」


 俺は慌ててリンを止めようと駆け寄る。


リンは机の引き出しから小ぶりなナイフを取り出し、首に突き立てようとしたのだ。


間一髪のところでリンからナイフを奪い取る。


「邪魔しないでよ…。もう、こんな世界…ダレンがいない世界なんて…」


 そんな、だからといってリンが居なくなったら俺は…。


そこでハッとする。

俺はこんな時まで自分の事ばかりなのか?


「リン、聞いてくれ。どんなに時間がかかってもいい。悲しみが癒えないのは仕方が無い…俺が邪魔ならここから去る。だから死ぬなんてやめてくれ。君が望むなら今までみたいに俺がダレンの代わりに支えるから!」


 その言葉を聞いてリンは一瞬うっすらと微笑んだ。


「貴方と一緒に過ごした日々は…楽しかったわ。だけど…私の悲しさを埋めようとしてくれてありがとう。そしてごめんなさい。俺がダレンの代わりに?ふざけないで。やっぱり貴方はジャン。貴方がダレンの代わりになんてなれるわけなかったのよ」


 やめてくれ…。


もう、わかった。


「私、勝手だよね。自分から貴方を必要として…あれだけ頼っておきながら…やっぱりジャン。貴方じゃダメだったみたい。私にはやっぱりダレンじゃなきゃダメなの。だから彼がいない世界にまったく未練がなくなっちゃった」


 俺は彼女の絶望を加速させただけだった。


「それにね」


 俺がリンに対して出来る事なんて初めから…。


「貴方が帰って来た時も驚くほど、嬉しいって気持ちが湧かなかった」


 …何も無かったんだ。


「ねぇ、どうしてダレンの代わりに死んでくれなかったの?」


 

身体に電気が走ったように、頭の中までも、痺れて動けなくなった。


俺が身動き取れないでいる間に、それは起きる。


いつの間にか俺が縄を切った剣を拾い上げている。


「や、やめ…」


 リンはもう何も言わない。

何も言えない。


満面の笑みで床に倒れたまま、何度話しかけても応えてくれる事はなかった。


リンだった物の首から床に広がる血だまりの中で一人考える。


今俺が生きている理由は、本当にリンだけだった。

そのリンは、俺の事を一切必要としていなかった。


俺の全てを否定して笑顔で死んでいった。


俺の大事に思う物は全て消えてしまう。

わたあめもルーイもダレンもリンもみんな死んでしまった。


守る事ができなかった。


なんで俺だけ生きてるんだ?

なんの為に生きてるんだろう。


リンは言った。

ダレンのいない世界には生きる意味がないと。


俺はこれ以上生きて何かを成せるのか?

また不幸な人を生み出すだけじゃないのか?


こんな死神のような人生なんて…もうそろそろ終りにしてもいいんじゃないかな。


わたあめ、君は俺の命を繋ぐためにその身を犠牲にしてくれたけれど…

その気持ちに応えて生きていきたいとも思うけれど。


それでも


もう疲れちゃったよ。


俺はリンから取り上げたナイフを自分に向けて、最後に考えておく事は無いだろうかと頭を巡らす。


いや、これから死ぬ人間が何を考えても意味が無い。


俺ももう、驚くほどこの世に未練が無かった。


無くなってしまった。


もう終りにしよう。


わたあめ、今そっちにいくよ。



ナイフを思い切り首に突き立てた。



ガギィィィン…


「…は?」


 何が起きたのかわからない。

思考が追いつかない。


確かにナイフを思い切り首に刺した。

刺そうとした。


なのに俺は傷一つついていない。


「…冗談だろ…?」


 俺は腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。


そんな、そんな馬鹿な事があってたまるか。


血だまりの中を這うように、リンが握り締めたままの俺の剣を奪い返す。


剣の持ち手を壁の隅にあてがい、切っ先にむかって身体をぶつける。


ガギャギャーン


「…は、はははははは」


 なんだよそれ。


「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」


 俺は…俺はとうとう


「死ぬ事すら許されないのか」


 

このまま全てを失い続けて生きていくくらいなら…消えてしまった方がいいと思った。

しかし、それも叶わないらしい。


俺の願いはとことん叶わない。


 


…俺を壊す事ができないのなら




こんなふざけた世界の方をぶっ壊してやる。


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