犬な幼馴染が私に従順でヤンデレじみている
「わぁ!可愛い!」
目の前には、小さな可愛い子犬がいた。小さくて可愛くて…私はとにかくその子を撫でたいと思った。思い切って手を伸ばそうとすると…「ダメだよ。」
よーじ君が止めた。
「なにするの?よーじ君。」
後ちょっとで触れたのに…そう思った私は少し不満気によーじ君を見た。
「ばいきん、…あかりちゃんに付いたらヤダ。」
「ばいきんなんて言わないでよ、…私、犬が好きなの。」
「……、でも、ママ言ってた。野良犬にはばいきんが付いてるから触っちゃダメって。」
……子犬には触りたかったけど、おばさんがダメって言ってるのに触ったらいけないと思って触るのを止めることにした。
でも、当時幼稚園児の私は子犬を触れなかったのを友達のよーじ君のせいにして八つ当たりをした。
「よーじ君のバカ。よーじ君なんて嫌い。」
今まで坦々としていたよーじ君は、「嫌い」という言葉に反応して悲しそうな顔をした。
「嫌いにならないで、、…なら、そうだ。」
私は別によーじ君を悲しませたいわけじゃなかった。だから、「ごめんね、嘘だよ」と言うつもりだった。だが、よーじ君の一言の方が早かった。
「僕、犬になる。」
あかりちゃん、犬が好きなんでしょ?
そしたら、僕の事嫌いじゃなくなるよね?
「よーじ君が犬になるの?」
幼稚園児だった私は、「わん」と犬の鳴き真似をして頭を突き出すよーじ君の頭を撫でた。わんちゃんごっこだ、と思った。そして、それはずっと続いた。
ずっと、
ずっと、
ずっと、
「…あのさぁ、私達もう高校生なんだから…わんちゃんごっこはもう止めようよ、、、」
「あかりちゃんの“わんちゃん”って言う響きが好き。もう一度言って?」
…っ……
耳元で洋司君が囁きかける。
その声は少し低くて、洋司君も大人に近づいてるんだなぁ、としみじみと思う。
このように、容姿と声…それだけを見れば洋司君は完璧だった。カッコよかった。…いや、とてつもなくカッコいい。
それでいて、成績優秀・運動神経抜群だから学校でもモテモテである。
しかし、家に帰ればなんでこう…
「あかりちゃん、良い子に待ってたよ。撫でて?」
私に頭を突き出すその仕草はまるでご主人様に懐くペットのようだ。
「…、…そもそも、何で私の部屋にいるの?」
基本的に洋司君と一緒に帰るのが習慣ではあるが、(どうせ家も隣だし)今日は友達と遊びに行ってから帰ることにした。…で、帰って部屋に入ろうとしたら洋司君が尻尾をパタパタと振って私に抱き付いてきた。
「帰ってきたあかりちゃんに“おかえりなさい”って言うため。」
…それは、私の部屋にいた理由だろうか。
「そんな理由の為に女の子の部屋に入ったの?」
眉根を寄せながらきき返す。「おばさんがあかりちゃんの部屋で待っててって勧めたのもある。」……、お母さんや、娘は女の子なんですよ?
「それに、“そんな”じゃないよ。ご主人様を待つのも立派な犬の役目だよ。」
真剣に私を見つめながら言うもんだから、呆れを通り越す。なんと言おうかと考えてる私に、再度洋司君は頭を突き出す。
「それより、早く撫でて。…撫でてくれないなら、噛むよ?」
ー犬はご主人様に構って貰うために噛みつくことだってあるんだよ?ー
そう言って、私の首筋を甘噛みする。
「ちょ、…やめ…この馬鹿犬!」
執拗に首筋にくっつく洋司君を無理矢理ひきはがす。「私の犬っていうなら、もっと従順になったら?」仕返しに少し嫌味っぽく言ってみる。…が、
「いいね、あかりちゃんになら調教されたい。」
自称犬の割にはあまり表情の出さない洋司が微笑んだ。
………。…!
いかん。見惚れてた。
「…調教、してくれないの?」
照れた様子の私に調子に乗ったのか、勝ち誇ったように上目遣いで私に囁きかける。
「…〜っ…待て。よ!」
今度は私が勝ち誇る番だ。
「前に教えたよね。…私の犬はお利口だから一度教えたことはきちんとマスターしてるよね?」
「あかりちゃんは卑怯だ。」
「どこが卑怯なの」
…僕を男として認識してくれたと思ったのに犬にする。…ボソリという洋司君に私は…
「洋司君は犬扱いされたいんじゃないの?」
と素直に思った。いや、ときめく場面なのはわかるけど…犬、嫌なの?
「あかりちゃんの犬になりたいよ。…でも、やっぱり1番はあかりちゃんの男になりたいんだよ。」
ー…なれないなら、せめて、あかりちゃんに嫌われない…あかりちゃんの好きな犬になりたい。
ー考えたくないけど、おぞましいけど、それならあかりちゃんに彼氏が出来ても隣にいれるでしょ?ペットとして。
洋司君の台詞はカッコいい?けど…
「……いや。そもそも洋司君さ、私に彼氏つくらせる気ないよね?」
私は知ってる。
……洋司君は、私と仲良くしてる男の子をさり気なく私から遠ざけてることを。
「特に、3組の渡辺君に対して態度悪いよ?」
その刹那、私にギュっとギュっと抱きついた。
「なんで?あかりちゃん、あいつのこと好きなの?僕、賢い犬だからあいつがあかりちゃんの側にあいつがいても吠えないよ。だから、…ペットなら良いよね?あかりちゃんを好きでいて。だって、大切なご主人様だもん。好き、好き、大好き。ギュってしたい。」
「痛い痛い痛い、」
ギュっとしたいというか既にしているじゃないか!
「渡辺君のこと好きって訳じゃないよ。先生に頼まれた荷物持ってたら重そうだから、って持つの手伝ってくれてたの。」
「…僕を呼んでくれれば、すぐに飛んで行ったのに。」
気持ちギュっの力が弱まった。ので、自由になった腕を動かし洋司君の鼻をつまむ。
「洋司君は犬でしょう?犬にも犬のお友達がいるように飼い主には飼い主でお友達が必要なの。」
むーとする洋司君。
「犬にはご主人様だけだ。」
…だからご主人様が他の人間といると不安になる、と洋司君は言葉を続けた。
「じゃあ、私の犬やめて。」
ピシャリと言う。
洋司君は涙目になっている。
そんな駄犬の姿でさえも可愛いと思いつつ、やれやれと私は言葉を続ける。
「犬、じゃなくて私の1番の男(彼氏)としてこれからは側にいて下さい。」
わん!と彼は私にじゃれついた。…だから、人間として一緒にいろって言ってるんだってば!
…それからの生活は特に変わらなかった。むしろ、以前より少し束縛が激しくなった。「あかりちゃん、あかりちゃん!」…はいはい。今行くよ。
これじゃ、どっちが飼い主かわからない。