発現せし強欲4
「流石に数が多いな。共鳴の魔眼は脅威だな」
目の前に広がる光景に俺は思わず苦笑してしまう。普段は群れることのないレッドアイが複数群れて俺を目の敵にしており、濃厚な殺意を振りまいているからだ。殺気を振りまきたいのはこっちだというのに笑うしかない。
共鳴の魔眼は同種族に自身が経験した情報を渡すという効果を持つ。それは俺と戦った経験を持つレッドアイが複数いるのに等しい。けれども問題はない。新たに得た魔力により最初期よりも遥かに暴喰の力を使えるようになったし、更には千剣万化も手に入った。戦法は増えているのだから負けるはずもない。
「しかし、油断はできない。特に奴は」
俺の見る先にいるのは一際巨大なレッドアイだ。この群れを統率するに相応しい威厳を放ち、濃密な魔力が漏れ出ている。明らかに他のレッドアイよりも一線を画する力量を持つのは明らかだ。
「さて、始めようか。暴喰に死角はないんだ。適当に戦おう」
いざ、レッドアイと戦おうと行動しようとした時、後ろから暴喰空間が無くなるのを感じ取った。それを感じ取ったレッドアイが咆哮を上げて更に戦意を高める。俺は明らかに状況が不利になったのを感じ取って内心で冷や汗を掻く。後ろには楓がいるのだ。暴喰を使いながらでは流石に楓を守りながら戦うには難しい。進退窮まるとはこの事か。
俺の内心を見抜いてか、一際デカいレッドアイ━━仮にキングと名付ける━━が声を上げる。一斉にこちらへと向かってくるレッドアイ。それをキングはあざ笑うかのように見ていた。俺は覚悟を決めて暴喰を発動すると同時に千剣万化を使用する。
暴喰が先頭の一体を喰らうのと同時に三十の剣が生成されていく。それらを地面に突き刺した後、数本を操り、牽制の為に攻撃を開始した。
「俺もまだトラウマを解決できた訳じゃないんだがな」
どれだけ強くなろうとも俺は所詮、一人の人間だ。未だに心に刻まれた恐怖には打ち勝てていないし、独りになる事を恐れているような人間だ。本当は分かっていた。楓を拠点に連れてきたのは俺のエゴだ。俺が孤独にならない為の防波堤に使ってしまったのだ。家族が死んで独りになった俺はそうすることでしか心を守ることはできなかった。幸い、楓は共にいてくれる事を選んでくれた。
浅ましく、どうしようもない程に愚かな自身を思うと情けなくなってくる。人間とはかくも、自分勝手にしか生きられないのか、と。しかし、それでも両親との約束が、自分で作り出した目標があった。それすらも守れないようでは人間ですらいられない。だから俺は必死に強くなることにした。現実から目を剃らすように。
次々にレッドアイは死んでいく。暴喰は強力なユニークスキルだ。例え神であろうとも喰らってしまえる事だろう。だからこそ、消耗は激しい。既に十体は上半身を残して喰らったが魔力は半分になってしまっている。
「くっ、やっぱり手加減はするべきじゃなかったな」
「グォォォオオォオオオオオォォォォォオオラ!!」
レッドアイがまた一匹、二匹と倒れる中、遂にキングが動き出した。その目を光らせるのを見て俺は顔をひきつる。目の前のレッドアイが欠損した部位を復活させて立ち上がったからだ。素早い動きに暴喰も全力を尽くさなければ全体を飲み込むのは叶わない。故に部位欠損したレッドアイは千剣万化でトドメを刺すようにしていたのだが無事なレッドアイに邪魔をされてトドメをさせなかった。そのレッドアイが起き上がり、再び俺に襲い掛かってくる。
キングは俺が傷付ける度にその瞳を光らせてはレッドアイを回復させる。万癒とはよく言ったものだ。無限に立ち上がってくるかのような錯覚に陥り、俺の精神を圧迫していく。ようやく半分は倒せたとはいえ、魔力はもう四分の一しか残ってはいない。このままでは俺が先にあの世行きだ。暴喰空間が無くなってしまった以上、安全なスペースはもう無い。絶体絶命かと思われたその瞬間、声が聞こえてきた。
「ファイアーストーム!」
それは聞き慣れた声であり、本来ここに来ることすら危険なはずの少女の声であった。唖然として目の前の光景に見入る。炎の竜巻がレッドアイを焼いていく。それだけで五匹は死に、残りの全てが火傷を負った。キング以外は致命傷だろう。俺は咄嗟に千剣万化で生成した剣をそれらに向けて放ち、トドメを差した。
後ろを振り返れば息を切らした楓の姿があった。肩辺りで揃えられた黒い髪がよく栄える。日本人にしては珍しいタイプだろう。漆黒とかそういう言葉が似合うほどの黒がその髪にはあった。制服を少しだけ乱していた楓はこちらまで来て横に並ぶと言う。
「先輩、私も戦いますよ」
「……いいのか? お前まで血に塗れる事はないと思うんだが」
「先ほど、先輩のご両親に挨拶してきました。お二人とも優しい人でしたよ」
そう言って笑う楓に俺は驚くことしかできなかった。あれが見えていたのだろう。俺にもはっきりと見えていた。父さんと母さんが俺を見て笑っているのが。言葉は聞こえなかったので一方的に言葉を吐き捨ててここまできたのだが楓は会話すらもできたらしい。つくづく面白い奴だと思う。
「お二人に、託されたものがあります。この力もそれの一つです」
「そうか。父さんと母さんは分かってたんだな。俺が、寂しがり屋だってこと」
「ええ。私はあの時からずっと先輩に着いていく事を決めていました。ですから今更方針を変えるつもりもありません。先輩が嫌と言っても一緒にいきますよ」
「そうかい。なら、ちゃんと着いて来いよ。俺の歩くスピードは結構早いからな」
「分かってますよ。さぁ最後の仕上げです。エレメンタル・フォース!」
楓は四つの玉を宙に浮かべるとそれらをキングへと向かって飛ばしていく。火と水と風と土。どうやら四属性の魔法を全て使えるらしい。察するに魔法を融合して使える、あるいは複数同時に使えるスキルであるのだろう。
四色の玉はキングへと向かっていくがそれら全ては当たらない。キングはそれだけの素早さを楓の魔法をくらってなお、持っていた。俺は援護をすべく、千剣万化を発動させた。俺も成長しない人間ではないのだ。生成できる数を十ほど増やしている。それらを全てキングへ向けて射出した。
「楓、追加で叩き込めるか?」
「可能です、先輩。エレメンタル・バレット」
四色の弾は発射されていく。俺と楓の怒涛の攻撃に最初は避けられていたキングも次第に被弾していき、全て命中していく。苦しげな声を上げながらこちらを睨み付けて来て、こちらへと走ってきた。キング程の巨大で突進されてしまえば肉片となってしまう事だろう。俺は最後の魔力を振り絞り、全力の暴喰を全面に向けて発動させる。そのままキングを喰らうかに思われたがキングが咆哮をあげたかと思えば、暴喰が掻き消されてしまった。
「なっ! くそ、魔力で打ち消しやがったな」
魔力を全面に打ち出す事で暴喰の効果を使い切らせたのだ。これでもう奴には魔力は残って無いのだろうがそれでもピンチなのには変わりはない。どんどん近くなっていく中、楓の声が聞こえてきた。
「先輩、私の魔力を使ってください」
「そんな事ができるのか? いや、できるんだな。どうやればいい?」
「はい。手握ってください。先輩が私のことを信じてくださるのであれば、きっとできますよ」
そう言って微笑む楓は美しく思えた。俺にはもったいない程の女の子だ。今は無理でも、いつかは……そう考えてしまうほどには俺は楓の事を好きになっていた。今、そう自覚した。
高鳴る心臓の音を無視して楓の左手を握る。キングの距離が近付く度に緊張の度合いが高まる。失敗すればここで二人ともお陀仏だ。そう思うと何故か笑ってしまった。
「どうしたんですか、急に」
「いや。お前と死ぬのなら割と悪くないと思ってな」
「やめてくださいよ。私はまだ生きたいんですから」
「ああ、そうだな。生き残るさ。俺とお前が一緒なら」
「そうですね。それじゃあ、一か八かの賭け、いきますよ」
親愛之真心。
楓の声と共にそれは発動したのだろう。魔力が俺の中に湧き上がってくる。それは俺のものではなく、楓のものなのだと直感で理解した。そしてそれは次の瞬間には倍以上に膨れ上がって俺の中に充填されていく。
「凄いな。これなら……」
「やっちゃってください」
キングが後十メートルに入ろうかという所で俺は暴喰を発動させた。四肢を奪う。キングが倒れた。心臓を喰らうがそれでもキングは倒れない。続いて脳味噌を喰らうとようやくキングは倒れた。命の鼓動を奪い取ったのを見て俺は安堵の息を吐いた。
「やりましたね、先輩。土壇場で成功させるのは流石です」
「楓がいなかったら死んでたさ。ありがとな」
「いえ、それほどでもありません」
顔を真っ赤にして俯いた楓はその後もしばらくそんな感じだった。レッドアイから目玉をくり抜いた後、適当な瓶に詰め込んでおく。準備がいいようで楓が買っていたらしい。そうやって全てのレッドアイの目玉を集めた後、キングの前へとやってきた。
その巨体は死してなお威厳があり、俺達に如何に強大な敵であったかを教えてくれるものであった。これを倒せたのだから俺達も成長したものである。最初期の暴喰ではきっと魔力が底を尽きて死んでいた事だろう。
楓がキングの体をペタペタと触るのを見て俺も触ってみる。物凄く堅い筋肉だ。これほどの巨体を支えるのに相応しい挙動をするのだろう。食べるには適してなさそうなのが残念でならない。
「どうしましょうか。魔結晶があれば私のユニークスキルが使えるんですけど、いいですか?」
「いいよ。お前がいなかったら死んでただろうし」
そう言って俺は魔結晶を取り出そうと歩き始めた。しかし、一歩踏み出した後、それ以降は叶うことはなかった。前触れもなく倒れた事に唖然としながらも俺はどこかで納得していた。暴喰を得た時に非常によく似ていたからだ。あの時は異様な脱力感に襲われた。今回もそれと同じなのであろう、と。
「先輩! 大丈夫ですか!」
「大丈夫だ。新しいユニークスキルが手に入るらしい」
「ユニークスキルがですか? 私の時にはそんな事はありませんでしたけど」
「そりゃあ人からもらったからだろ? 俺のは自前で作り出してるからな。エネルギーの消耗が激しいんだよ」
「そう、ですか。どれくらいで元に戻りますか?」
「そんなに掛からないよ。時間が掛かってたら俺は暴喰の時に死んでたからな」
何故か自然と膝枕されている事に気付いたが役得なので何も言わなかった。それから俺が回復するまでに数十分の時を要した。その間俺は楓に身を委ねるように目を瞑り、眠りについた。