発現せし強欲2
ディザスター・フォレストを抜けてすぐの所に湧水の湯船のコミュニティーはあった。ちょうど川の支流の近くにあり、そこから普段の生活用水は使用されている。洗濯や洗い物はこちらで済ませているのだ。お風呂場の湯はスキルや魔法で作っていると聞いているが詳細は知らない。というより、それが湧水の湯船の飯の種なのだ。教えてくれるはずもなかった。
「やっと着きましたね。魔石を買う予定ですけど、何か対価は用意してるんですか?」
「無いな。だから今回も向こうの依頼に応じて魔物を狩りに行くことになるだろうな」
「そうなんですか。何だか嫌な予感がするのですが気のせいですかね?」
「さぁ? 虫の知らせって奴かもな。注意しとくよ」
楓との軽い雑談を終えて俺達は柵で囲まれた湧水の湯船の中へと入っていく。そこには多くの人で賑わっていた。ここは半ば街のように機能している。人が多いのも各方面から人が集まってここで定期的に商売をしていくからだ。確か今日がちょうど最終日だったはずだ。
楓はあれもこれも指を差しながら露天を見て回っている。それを後ろから見ていた俺はどこか懐かしい気持ちになる。この世界が魔物に脅かされる前の現代日本のような空間に当てられたのかもしれない。
「先輩、見てください! これ、ルビーなんですよ」
「へぇそんなのもあるのか」
「兄ちゃん、彼女さんに一つ買ってやりなよ」
「いや、悪いけど渡せるもんは魔結晶しかないぞ?」
「いいよ。うちは魔結晶を集めてるからね。二つで良いよ」
そう言われて魔結晶を二つを渡すと露天の男からルビーの指輪を手渡される。このご時世に宝石の類は容易には手に入らないと思われたが逆に多くの宝石類が出土するようになった。魔力の影響で精製が早まったせいだと言われている。宝石類には魔力を溜め込む効果もあるらしく、注目されている。最もそれなりの大きさが必要なので小さい物は今まで通り、装飾品として扱われる。
露天の男から受け取ったそれを俺は楓の指に嵌めてやる。流石に薬指にはではない。人差し指だ。それを見て楓は嬉しそうに笑ってお礼を言ってくれた。
「ありがとうございます、先輩」
「あいよ。ほら、行くぞ」
「ふふ、はい!」
現金な奴だなと思いつつも悪い気持ちはしない。女の子に送るプレゼントとしてはそこそこ良い物だったらしい。俺には女心が秋の空の如く分からないので喜んでもらえた幸運を引き当てたことにガッツポーズだ。
冗談はともかく、そうやって露天の通りを抜けていくとそこからは人が少なくなってくる。ここから先は湧水の湯船の長がいる区画だ。どこのコミュニティーでもそうだがコミュニティーの長のいる場所は滅多には人が入らない。理由としては戦闘に出ることが多いため、心安らぐ時間を過ごさせるためだと言われている。
実際はそんな物は建て前でコミュニティーによっては違うこともあるし、人を寄せ付けたがらない長もいる。ここのコミュニティーは後者の方である。秘密を知るのは少人数の方がいいという方針なのだろう。
人がすっかりといなくなった区画を歩く俺達は先程までの賑わいが嘘だったかのように静まり返るその場所を歩いていく。ある程度進んだ所で歩みを止めた。楓は俺が歩みを止めたことに疑問を持ったようで問うてくる。
「先輩? どうしたんですか?」
「出て来いよ。スキルが無くてもそれだけ魔力を向けられたら分かるんだぞ」
「ふふ、凄いわね。ここに来る人は皆、気付いた時には死んじゃうのに」
そう言って現れたのは二人の女性の姿だ。
一人はチャイナドレスを着て背中に槍を背負った女性だ。はちきれんばかりの胸がチャイナドレスを押し上げており、スリットの入った場所からは太腿まで見えていてエロい。名前は草薙千代。隠形というスキルを持ち、更に魔槍と呼ばれる特殊な槍を持つ槍の名手だ。まぁそれもまたスキルでいわゆるデュアルスキルという奴だ。
もう一人はどこにでもいそうな地味な出で立ちをしており、着ている服も普通だ。眼鏡を掛けているようで視力は悪いようだ。しかし、この女性が先程の魔力の正体なのだろう。スキルか魔法かは知らないがとてもえげつない類のスキルであるのは確実だ。
「久し振りね、玄人くん」
「ええ、久し振りですね、千代さん。所でその女性のスキルを聞いても宜しいですか?」
「もちろん、いいわよ。この子のスキルは蛇の目よ。睨まれたが最後、痺れて動けなくなっちゃう、はずなんだけど」
「そういうのは俺には効きませんって前に言いませんでしたか? 魔力量が多いんで常に纏うようにしているんですよ。その方が魔力を使う感覚がより繊細化されていくんでね」
「そうだったかしら? ともかく、ここから先に行かれるのは困るのよ。私、今はここの守りをしてるから」
「そうなんですか。じゃあ雇い主に伝えてください。魔石を売ってくれってね」
「それくらいなら大丈夫よ。真理奈、言ってきてちょうだい」
コクリと頷いた女性はそのまま奥へと進んでいった。後には槍を構えた千代さんと俺達のみ。何か起こるわけでもないが俺はこの人が苦手なのであまり関わりたくも無かったのだがそうも言ってられないだろう。なにせ、目の前にいるのだから。
「それで千代さん。どうしてこんな事をしたんですか?」
「君がどれだけ強くなったかと思ってね」
「前から千代さんを殺せるくらいには強いと思うんですが?」
「それはユニークスキルがあるからでしょ?」
「まぁそうですけど」
「それじゃあ意味がないのよ。私は自力で私に勝てる人を探してるの。魔力が使えなくても勝てる人じゃなきゃ意味がないのよ」
千代さんはそう言って暗い表情を見せる。名前は聞いたことがないが噂位は知っている。魔力を打ち消す魔物がいる、と。それはスキルや魔法を無効化するのに等しい行いだ。俺のユニークスキルである暴喰も例外ではない。
千代さんの妹の仇がその魔物であるらしいというのは薄々感じていたが本当にそんなものがいるならば、俺達スキル持ちはヤバい事になる。対策は考えておかなければならないだろう。
「千代さん、俺は別に協力はしないとは言ってませんよ。ただこういう強引な真似はやめて欲しいというだけです。前にも言いましたが焦りすぎですよ」
「……そうね。前回よりも頭は冷えたはずだと思ってたんだけど、そうでもなかったみたいね。ごめんなさい、玄人くん」
「分かって頂ければいいんですよ。ああ、そうだ。一応紹介しておきましょう。こちらは真風楓。学校の後輩です」
「はじめまして。真風楓です」
楓はぶっきらぼうにそう言って頭を下げた。どこか不満気な楓に苦笑していると千代さんも同じように思ったのか苦笑した。
「あら、機嫌を損ねちゃったみたいね」
「ええ。まぁそのうち直るでしょう。さて、千代さん。何をするにせよ、今すぐという訳にはいきません。しばらく時間はもらいますよ?」
「それで良いわ。奴を、イビル・アブソーブを殺せるならいくらだって待つわよ」
鬼気迫る顔をする千代さんに俺達は掛ける声を見つけることができなかった。
それからしばらくしないうちに真理奈と呼ばれる女性と共に一人の男性がやってきた。彼こそがコミュニティー湧水の湯船の長である斎藤雅史だ。
「やぁ久し振り、というべきかな。玄人くんは相変わらずそうだけど」
「まぁな。あんたにだけは頭を下げる気にはならん」
「そんなこと言ってると魔石、分けてあげないよ?」
「じゃあいらないよ。元々期待してる訳じゃないからな。火なら自力で起こせるし、それ以外も何とかなるものさ」
「冗談だよ、冗談。冗談が通じないのは困るねぇ、全く。それで、何を対価にくれるって言うんだい?」
「今は魔結晶しか持ってないぞ」
「それじゃあ薄いね。そうだね……そこにいる子はどうだい?」
「殺されたいのか?」
「おっと、冗談だよ。それじゃあ、こいつを殺して来てくれ。名前はレッドアイ。ファンタジー系で言うベヒーモスだよ」
「なんじゃそりゃ。俺がやったら皮すらもなくなるけどいいのか?」
「少しは残ってた方が有り難いね。けど、目的は眼そのものなんだ。なんでもレッドアイの眼は万病に効くなんて噂があるのさ。それを確かめたいんだよ。実際、レッドアイは魔眼を持ってるからね」
「なるほどな。分かった。狩ってくる」
「君のコンビニ買いに行くような軽さで請け負ってくれる所は好きだよ。冗談が通じないのは嫌いだがね」
「なら、言うのはやめとけ。行くぞ、楓」
「え、は、はい」
斎藤の言葉はいつも俺をイライラさせる。本人に悪気はないのがなお質が悪い。そしてそこまで悪質じゃないのが未だに関係を持っている要因でもある。そのまま露天のある区画へと戻り、俺は外へと出るべく歩き出す。
「先輩。あの二人は?」
「ここのコミュニティーの長である斎藤雅史と一度だけ襲われたことある草薙千代さんだ」
「何ですかそれは」
「そうとしか言いようがないんだよ。斎藤はこのコミュニティーの理念を作った阿呆だ。あいつの考えること一つ一つが理解できん。合理的ではあるがな。俺とは合わない奴だ。対して千代さんは俺の苦手なタイプだ。ああいう余裕があるお姉さんタイプは苦手だ。まぁ実際には本人に余裕はないんだけどな」
「そう、ですか」
「何が不満だったんだ?」
露天区画まで戻ってきた俺が楓に問う。不機嫌になる要素はあんまり無かったように思えるのだが俺にはさっぱり分からない。なので、直接聞いてみる事にしたのだが。
「先輩には教えません。自分で理解してください」
そんな事を言って教えてくれ無かったのであった。こうなると女の子は手を着けられないのをなんとなく悟った俺はレッドアイのいる場所まで行くことにした。あの、因縁の場所へ。