発現せし強欲1
郷田のスキルを奪ってから二日後。俺は楓を伴ってコミュニティー湧水の湯船へと向かっていた。今回は魔石を買うのが主な目的となる。他には悪徳なスキル持ちの情報や何度か共に魔物狩りをした仲間の情報なども欲しい。俺自身、コミュニティーを作ろうとは思ってないが仲間が困っているなら少しくらいなら手伝う程度なら問題はない。孤立するだけで強さを得られると思うのは中学生までだ。孤高を気取るならせめてあらゆる事に対応できる事を前提にしておかないと足元を救われる。まぁ要するに仲間の安否が心配なだけだ。俺の情報源でもあるので亡くすには惜しい奴ばかりなのである。
「先輩、右前方に魔物、一です」
「了解」
千剣万化を使用。左右上下にロングソードを召喚し、身体強化により強化した視力で魔物を視認する。
それは中型の魔物であるリノ・ホーンと呼ばれる犀型の魔物であった。普通の犀よりも大きく尖った角が特徴でそれ以外は犀と同じ姿形をしている。しかし、その大きさは通常の犀を軽く二倍は越える。魔物は成長度合いで大きさが変化することが大きいので分かりやすい。中型と呼ばれるのは一定以上のラインよりは大きくならないからだ。
リノ・ホーンは真っ直ぐにこちらに向かって来ており、その大きな角をまるで地面に擦るかの如く地面すれすれまで下げて走っている。言わずとしれたホーンアッパーである。あれをくらったが最後、角に串刺しにされ、一発で内蔵を飛び散らせてお陀仏になってしまう。サウザント・センチピードは大型ではあったが危険度ではリノ・ホーンも引けを取らない魔物である。
「よし、いけ」
しかし、それも問題はない。真っ正面から来るのであれば、真っ正面から消し去ることができる暴喰があるし、千剣万化でたどり着く前に始末をつけるからだ。
宙に浮いた四本のロングソードがリノ・ホーンへ向けて飛んでいく。それを見たリノ・ホーンは弾き返してやると言わんばかりに声を張り上げて角を左右へ振った。
「ウボォォオオオオォ!」
「うるさいな」
中型以上は声がうるさくて敵わん。そんな事を思いつつ、ロングソード四本はリノ・ホーンの周囲に展開され、剣撃が加えられた。四方から来る攻撃には流石のリノ・ホーンでも対抗はできない。一本を角で防いだがもう三本はまともにくらい、肉を切り裂いた。赤い血が飛び散り、リノ・ホーンが悲鳴をあげる。その挙動も止まり、俺達の目の前で転がって止まる。痛みにのたうち回るリノ・ホーンに止めを刺す。
「ウボォォオオオオォォオ!」
「追加でお代わりだ。良い夢見ろよ」
最大数のロングソードを生成、そこからは一方的な串刺しゲームとなってしまった。刺す度に弱っていくリノ・ホーンはやがて声すらあげられなくなる程に弱り、息を引き取った。
「終わりっと」
「お疲れさまです、先輩」
「おう。つか、お前さんよく平気だよな。普通は苦手なもんなんだけど」
「それ程ではありませんよ。人の死ぬ所なんて腐るほど見ましたし、魔物だって同じです」
「俺の所に来るまで何を見てきたんだよ。そりゃ慣れるだろうよ。かく言う、俺もそこそこ慣れてきてるけどさ」
楓のグロ耐性の強さに呆れつつ、俺はリノ・ホーンから魔結晶を取り出すべく動き出した。魔結晶は全体的に刺々しい見た目をしている。針々とした見た目の割には持っても痛くはない。魔力の結晶体たる魔結晶が俺の魔力を増やす元となっている。なので魔物全体を喰らうより魔結晶を溜め込んで喰らった方が効率はいい。
「これが魔結晶だ。見たことは?」
「ないですけど。紫色なんですね」
「まぁな。それでこれをこれから溜め込んでいこうと思うんだが」
「どうしてですか? 魔結晶は魔石の代わりにはなりませんよね?」
「ならないな。俺の魔力を増やすための道具だよ、これは。まぁ向こうで売り払ってもいいけどな」
「はぁ、そうですか。とにかく、先に行きましょうよ」
そう言って楓は歩き出す。楓が歩いていく先には乾いた地面と森の境目がはっきりと見えていた。そしてそれはここから先が緑の自然が溢れている事を示していた。
「待てよ。ったく、反応薄すぎだろ」
期待してた反応とは違うそれに俺は戸惑いながらも楓に追い付くために走り出した。追い付いて顔を見てみれば、笑みを浮かべていたのでわざとなのだと理解して何故か安堵したのは気のせいだ。そんな事を思って緑溢れる大自然へと足を踏み入れる事になった。
▽▽▽
ディザスター・フォレスト。それはこの緑溢れる森林の名称だ。単に魔物が出てくるだけの森がどうしてそう呼ばれるのか。それはこの森に住まう魔物達が地形すらも利用する“知恵”を付けているからだ。
通常の魔物は分かりやすく言えば脳筋だ。何も考えずに本能で戦いを挑んでくる。それは動物も同じであるし、当然な所だ。しかし、ディザスター・フォレストにいる魔物は知力が高く、木々を盾にして攻撃を防ぐし、地面に落ちている石を投げてくる。果てには人の死体までも利用するほどに道具を使う知恵を持っている。
それがこの森が危険視される理由である。そんな森の中を俺と楓は並んで歩いていく。ここの木々は比較的根が太くないのでそこまでの高さを持っていない。軽く注意していたら足が引っ掛かる事もない。魔物は楓が警戒しているので問題はない。問題があるとすれば……
「なぁ、どうしてこいつらは俺に寄ってくるんだ?」
「知りませんよ。魔力が多いからとかじゃないですか? 魔力察知でも先輩の魔力は異常の一言ですからね。少なくとも百人分以上はありますよ」
「そりゃあ仕方ない。暴喰の燃費が悪すぎるんだ」
溜め息を吐いて俺は俺自身の周りに浮かぶ淡い光に注目する。それらは様々な色で光り、自身をアピールするかのように点滅する。緑色もあれば、茶色もある。赤は少ないが水は割と多い。俺の周りにいるこれは所謂精霊という奴だ。彼らは俺の魔力に引き寄せられるのかたくさん集まってくる。そして森を出るまで付いて来るのだ。彼らのおかげで魔物に遭遇することはほとんどない。魔法を使えるのは彼らがいるからだと理解しているからだ。
俺達が使う魔法も魔物が使う魔法もどちらも精霊がいるからこそ成り立つものだ。それはこの崩壊後の世界での法則であり、どれだけ抗おうとも変わらぬ真実だ。属性変換ができるのも精霊が手伝ってくれるからだ。俺達は純粋な魔力、つまりは無属性魔力を宿すことはできるが属性魔力そのものを蓄える力はない。精霊のように魔力体であれば蓄える事も可能なのだが人にはそれができない。もしもそれができていれば精霊がいなくとも魔法が使えた事だろう。まるでファンタジー世界の住人の如く。
ともかく、ここの精霊達に俺は気に入られている。故に俺を襲うような魔物にはいない。そんな事をすれば二度と魔法は使えないし、魔法が使えなければこの森の中で生きていくなどできるはずもないのだから。
そんな理由もあり、俺達は安全に森を進むことができている。
「便利でいいじゃないですか。何故か私にも懐いてくれるようになりましたし、別にいいんじゃないですか」
「それは俺の魔力にお前が染まってるからじゃないか?」
「失礼ですね。先輩の魔力なんて無くても懐いてくれていますよ。……緑色の子だけですけど」
「そ、そうか。まぁでもこいつら、何が目的何だろうな。俺の魔力なのか?」
心なしか精霊達の点滅が早まった気がしたので俺は魔力を辺りへばらまいてみた。すると精霊達は一斉に輝きだし、少しだけ大きくなった。隣では楓が呆れたように俺を見ていた。
「先輩って本当に常識知らずですよね。魔力を失うというのは自殺行為なんですよ? それを先輩は平然とばらまくなんて」
「い、いや別に俺は困らないしな。それに精霊達が実体化するかなぁなんて思ってさ」
「先輩はこれ以上のチートを得て世界でも統一するつもりですか? 精霊を味方にするということは魔法を使う権利を握ったに等しいんですけどね」
「言ったろ。強くなるって。ただそれだけよ。せめて身近にいる奴くらいは守りたいんだよ。もう失うのはごめんだからな」
外道に堕ちるつもりはないが強さを欲するのはこの世界では必須だからでもある。両親を失い、左目を失った時に俺は心底強さを欲した。失わない為の力を、守るための強さを。強さはどれだけあっても足りない。どれだけ強くとも対応できなければ意味がないのだから。
「かっこいいですね、先輩は」
小さく呟かれたそれを聞き流して俺は精霊達に更に魔力をあげるために放出を始めたのであった。
それからしばらくして歩いた後、俺達はコミュニティー湧水の湯船に辿り着いた。