弱肉強食の世界1
20XX年。世界に“魔物”が溢れ出した。どこからともなく現れたそれらは瞬く間に文明を崩壊へと導いていった。破壊の限りを尽くす魔物達に人類は成す術もなく追いつめられていく一方であった。
そんな折り、人類の中から特殊能力に目覚める人達が現れた。スキルや魔法と言ったファンタジー世界の産物に目覚めた彼らはその力をもって魔物達を倒して見せた。人類は歓喜した。魔物を倒せるのだという事を知ったからだ。
しかし、それは魔物達を倒せる者達が上に立つのを認めたのと同義だった。スキルや魔法を持つ覚醒者と呼ばれる者達はコミュニティーという自身のグループを作成し、支配する。その大半が力に溺れ、暴力的な振る舞いをするようになった。弱肉強食の世界に弱者が強者に意見を通せるはずもなく、強き者に抗った者は皆、殺されてしまった。
そんな弱肉強食の文明崩壊した後の世界に一人の少年がいた。その少年は家族を失い、左目を失いながらもどうにか生き残った一般人だった。名は四神玄人。〈暴喰〉のスキルを持つ彼が何を見て、感じ、そして何を成すのか。これはそんな彼の物語である。
▽▽▽
「これは、またデカいな」
目の前にいるのは巨大なムカデだ。サウザント・センチピードと呼ばれる魔物で千に届くと言われるその足が特徴だ。その強靱な顎は獲物を粉々に砕き、その胃袋に納めることだろう。速さもそこそこあり、恐るべきはそれがただ自己の身体能力のみで再現されていることだ。魔力を使えば更に早くなる。
そんな魔物を相手に俺は一人不敵に笑い、立ち尽くす。その魔物は何度も倒した対象であったからだ。その見た目とは違い、足を茹でて食べればうまいのだ。
「きゃぁぁぁぁぁあああぁぁあす!」
「さぁ食事の時間だ。暴喰」
俺は早速自らが持つ力、スキルを使用する。暴喰はかなり強力なユニークスキルと呼ばれるスキルだ。この世で唯一のスキルと言ってもいいスキル。それがこの暴喰だった。
スキルの効果は単純。喰らう事だ。それは魔力であろうとも、どれだけ巨大なものであろうとも、ウイルスであろうと例外ではない。俺が喰らうと決めた全てを喰らう。それが暴喰の力であった。
目の前から迫る巨大な足を俺は喰らう。どこからともなく一瞬で消え去った足に戸惑うサウザント・センチピードはそのままの勢いのまま俺の後方に通り過ぎていく。暴喰の有効範囲はかなり広く、俺の認識できる視野が半径となっている。それは魔力で強化した場合も含まれ、事実上暴喰の及ばない範囲はない。
「さて、そろそろ仕上げといこう」
俺はそう呟き、暴喰を発動した。サウザント・センチピードの心臓を喰らう。何度も解体していればそのくらいは分かるようになる。心臓を失ったサウザント・センチピードはそのまま地面に横たわり二度と起きなくなってしまった。
「魔力、使いすぎたかな」
残念ながら暴喰には魔力消費が高すぎるという欠点がある。それさえなければもっと余裕をもって使えるのだがそれは言っても詮無きこと。その分、他にも良い効果はある。喰らった物を糧に魔力量を増やせることだ。これがあるおかげで俺は暴喰を複数回使えるようになった。消費魔力が多い分、こうして増やしていかないと使える回数は増えない。あるいはスキルすらも自身の物にできるのであろうが流石に人を喰らった事はないので分からない。
魔物を倒し終えた俺はその場で座り込み、休憩を取る。今さっきまで二体の魔物と戦っていたのだ。かなりの数、喰らってきたとはいえまだまだ足らない。満足するには程遠い。俺はまだまだ強くなれる。そう思うと休む暇すらも惜しいが人は休み無くして動けるほど万能ではない。故に休憩を取っている。
「はぁ……倒せたけど。やっぱどうにか他の使い方も考えないとな」
そんな事を思って俺は頭を掻いたのであった。
それから休憩もそこそこに拠点へと帰ることにした。魔物が現れたのと同時に地殻変動が起こったせいで地図が全く役に立たなくなった。巨大な大陸になったという噂があるがそれも本当かどうか分からない。そんな中で俺は砂漠の近くに拠点を構えている。出てくる魔物が限られており、地下に拠点を置けば問題なく住めるからだ。
迷ってしまえば一環の終わりだが迷わなければ最高の拠点となる。人に見つかりにくいというのは最高の条件だろう。魔物を解体して持ちきれない分は暴喰で喰らい、拠点へと帰ってきた俺はふと人がこちらを見ているのを確認した。
「お帰りなさい、先輩」
「ああ、ただいま。中に入ってなくて大丈夫なのか?」
「はい。慣れてきましたから」
「そうか。ともかく、今日も何とかなりそうだぞ」
「またあれですか」
「文句を言うなよ。俺も食べるんだから」
地面の下に掘られた空間はなかなかに広い。砂漠の手前にある固い地面の所を掘り返して作り出し、そこにいろんな物を持ち込んで環境を整えた。空気穴も作ってあるので換気も問題はない。まさに理想の拠点と言える。
そんな拠点にいるのは俺と真風楓の二人だ。楓は魔力察知のスキルを持っており、制御しきれなくて魔力酔いになって困っていた所を助けてあげたのがきっかけで一緒に住むようになった。偶然だが高校の後輩だった事を知って以降、楓は俺のことを先輩と呼ぶようになった。
拠点の中へと入った俺は背中にあった鞄からサウザント・センチピードの足を取り出して机の上に置いた。それを見た楓がうんざりした顔をしているのを見て苦笑する。
「悪いな。俺がもう少し強ければ良かったんだが」
「いえ。そこまで贅沢を言うつもりはありませんよ。人に襲われないだけまだマシですから」
「女の子だからそういうこともあるのか。まぁともかく、俺は俺の目的があるから好きにしてくれ。ここにいる限りは俺が守ってやるから」
「強くなること、ですか。家族が目の前で亡くなったからですか?」
「まぁ、な。それもあるけど、俺がただ強くなりたいだけだよ」
楓に聞かれてそう返した俺は強さを求める理由について考える。深く考えた事はない。生き残るのに必要だから強さを求めた。ただそれだけだ。それがいつの間にか強くなりたいと思う切っ掛けになったというだけだ。
俺のユニークスキルはまだまだ増えると算段している。七つの大罪関係のユニークスキルが発言する可能性を考えているのだ。他のユニークスキル持ちやスキル持ちに会ったことはあるがどいつもこいつも中途半端な強さしか持っていなかった。それを考えると俺の持つ暴喰はかなり強力な部類に入る。
この魔物が出る状況になって一週間。俺はただひたすらに魔物と戦い続けていた。他の人には会ったことはあるが接触もほとんど最低限にしか持たなかった。弱肉強食の世界は人の世にも適用され始めている。強き者が弱き者を支配する。そんな世の中になってしまっていた。
コミュニティーと呼ばれる集団にはスキル持ちの支配者がおり、トップに君臨している。俺はそれらに打ち勝ちたいとかそういった事は考えていないが強くなり、逆境を跳ね返す程度の強さは欲しいとは思っていた。
そのためだけに一人で過ごしていたのだが偶然楓を拾ったことにより今の状況へとなったというだけなのだ。まぁそれはともかく、強くなる理由はよく分からない、が一番しっくりくる。
「先輩ってあんまり自分の命に執着しないですよね」
「そうか? これでも割と自己中に生きてるんだがな。死にそうになったら人を囮にして逃げてるし」
「それはそれが合理的だからでしょう? 先輩は自分の命を投げ出すことを恐れていません。悪いとは言いませんが少しは自重した方がいいですよ」
「ご忠告どうも。さぁ食べようぜ、楓」
「本当に分かってるのでしょうか。まぁいいですけど」
呆れたような溜め息を吐いた楓は俺が机の上においたサウザント・センチピードの足を大きな鍋に突っ込んで茹で始めた。