表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
烏之雌雄  作者: 妄執
10/11

五日目 -記憶-


 昨日何か寝る前に重大なことに気付いたような気がしたが、目が覚めてみるとすっかり忘れてしまっていた。ただ烏たちのことはしっかりと覚えている。汚れた両手のこともあるが、あの素晴らしい体験を忘れるほどまでに私はまだ耄碌もうろくしていないのだ。


 名残惜しさを感じつつ手を洗い身支度をしている最中、いつものように勝手に人の部屋にあがってきた御手洗医師は、昨日の豹変ひょうへんなぞなかったことのように不気味なほどにこにこしていてた。そういえば昨日、今日が山場だみたいなことを言っていたはずだ。今日思い出せても出せなくても明日202号室に案内すると言っていた気がする。


 これは言い換えてみれば今日も何か記憶を思い出させるような治療を私にしようとしているとも思えるが、にこにこしている御手洗医師の口から出た言葉はとても予想外のものであった。


「あなたが目覚めてから今日で五日目となります。これまで色々と思い出そうとしてさぞお疲れのことでしょう。本日はこの裏野ハイツのシンコウを深めるために、この部屋へと全住人が集まってテレビ番組でも観賞ようと思っております……よろしいですね?」


「は……はぁ……?」


 要領を得ない私をよそに、いつもの如く勝手に人の部屋に上がってくる住人たちによって鑑賞会とやらの支度があれよあれよとされていく。食べ物をもってくる姥捨山、テレビを持ってきてセットする鍛冶場、座布団を持ってくる香宗我部、ちゃぶ台をのけて敷物をもってくる御手洗。みな一応ににこにこして穏やかな雰囲気を浮かべ、私にはそれがまた不気味で不気味で仕方がなかった。


 全ての支度が整ったのは日も沈んできた頃で、私は皆に言われるがままにテレビのまん前に座らせられる。他の住人達は私の後ろのほうに座っているので、私越しにテレビが見える有様で、純粋にテレビを見ようと思えば絶対私が邪魔だろうにと思ったが、それを断ればまた何かされると思うと断ることもできなかった。


 みんなでテレビを見るんじゃなかったのか……?

 これじゃ私の背中しか見えないんじゃないのか……?

 そもそもこれじゃ私一人が輪からはぶられてるじゃないか……これでどうやって親交を深めるんだ……?


「さ、そろそろ時間でございますね。今からきっとあなたが興味を持って頂けるテレビ番組が始まりますので、まぁ難しいことは考えずに観賞なされよ」

「は……はぁ……?」


 そう言って御手洗医師がリモコンを手にテレビの電源を入れる。 

 ブンと言って液晶画面が光り番組が映りだす。まず私の目に入ったのは画面端にでてきた19:00という時刻表示。起きてから初めて目にする時間を示すモノであった。


 それに続いて番組の内容の方に目を移すと、黒を基調とした質素なセットの前に番組の司会者らしき男が神妙な顔付きで立っており、何やら話始めようとしている所だった。


「毎週お送りしております世界凶悪事件報道部。今から一時間の間、今回は皆様もご記憶にも新しい我が国の未解決凶悪連続猟奇的殺人事件、通称裏野事件を特集してお送りさせていただきます」


 男が事件のあらましを説明しだすのと同時に、それを解説するテロップが流れてくる。



 -裏野事件-

 2015年12月から翌年2月までの間に計6人もの被害者が猟奇的に殺された未解決連続殺人事件である。犯行は2月以降ぱったりと止み、未だ犯人は捕まっていない。

裏野事件という名称は、この事件の最初の被害者である葉山はやま夫婦が惨殺されていた裏野公園にちなんで名付けられた。当初は別々の事件だと思われていたが、犯行現場に残った足跡や使用された凶器の跡から同一の犯人であると結論付けられた。


「…………」


 なんだこれは……? こんな番組を見ながらどうやって親交を深めようというんだ……?

 ヒゲ医者は私が興味を持てる内容とか言っていたが…………

 確かに……心惹かれる内容だ……流石は私の主治医と言ったところか……しかし……普通こんな番組をみんなで見るか……? もっと微笑ましいような番組のほうが良かったんじゃないのか……?


 そんな私の考えを他所に番組はどんどんと進行していく。司会者の男が話を振り、偉そうな顔をしたコメンテーターのような男が自分がいかに知的かをひけらかしながら訳知り顔で答え、今度は「どうですか?」と振られた頭の悪そうなアイドルのような女が、いかにも悲痛そうな顔をしてこの事件について「酷いと思います」なんて馬鹿みたいなことを言っている。酷く無い殺人事件なんてあるわけないだろうに。


 タレントたちの中身の無い会話が一通り終わりアップにされた司会者がポーズを決めると、ナレーションが始まりその裏野事件とやらの全容が再現CG付きで流れ出す――



 ――裏野事件――


 この事件の最初の被害に遭ったのは葉山はやま夫婦。夫である葉山丈はやまじょう(30)さん、妻である葉山葉はやまよう(28)さんの二人。

 2015年12月30日 14時頃

 この日、葉山夫婦は妻である葉山葉はやまよう(28)さんの祖母、姥捨山へろ小さん宅へと帰郷する途中、その実家のすぐ近くにある裏野公園に立ち寄ったさい犯人に襲われたと見られている。

 二人共に公園のトイレ内で殺害されており、丈さんは後ろから刃物のようなモノで心臓を一突きにされ死亡。帰ってこない夫を不審に思った葉さんがトイレを見に行くと、まだトイレ内に潜んでいた犯人によって首を一突きされ死亡しているのが、公園へと遊びにきた子供たちによって発見された。

 


 二件目の被害者は御手洗絵捨みたらいえすてる(43)さん。

 2016年1月4日 13時頃

 絵捨さんは夕食のための買出しを済ませ帰宅し玄関の鍵を開け中に入った瞬間、庭先に潜んでいた犯人によって後ろから襲われたと見られ、玄関で全身を数十箇所刺され死亡しているのを帰宅してきた夫である御手洗馳夫さんによって発見された。


 

 三件目の被害者は香宗我部幾こうそかべいく(15)さん。

 2016年1月14日 10時頃

 友達と遊ぶといって家を出た幾さんが夜を過ぎても帰ってこなかったことを不審に思った両親が警察に通報し、捜索の結果その三日後に近くの山中で死亡している幾さんが発見された。

 幾さんの死因は山中に掘られた穴の中に逆立ちの状態で上半身だけを埋めらたことによる窒息死とみられている。


 最後である四件目の被害者は鍛冶場元次かじばもとつぐ(68)さん鍛冶場舵見かじばかじみ(65)の二人である。

 2016年2月14日 23時頃

 鍛冶場さん宅で火事が発生していると近所の住民から通報があり、消防が急行して駆けつけるも元次さん舵見さんは死亡、息子である元労さんは全身に重度の火傷と胸に刺創を負う重体で発見され生死の境を彷徨いながらも一命を取り留めた。


 ただの火災事故かもとも思われていたが、元次さん舵見さんの遺体からは何十箇所にも及ぶ刺し傷が確認されたことと、生存した息子である元労さんの証言から、自宅で就寝していた鍛冶場夫婦は家屋に侵入した犯人によって滅多刺しにされ殺害されたとみられている。


 さらに両親の部屋の物音が気になった元労さんが寝室前で犯人と鉢合わせになり、犯人に胸をナイフで刺され倒れたあと、犯人は動けなくなった元労さんや家全体に灯油を撒き、火をつけて逃走したとのことである。


 元労さんはこの件での精神的ショックが大きく、犯人の顔は覚えていないとのこと。


 再現映像が終わるとまたカメラがスタジオに写されて司会者の男がタレントたちとしたり顔で何やら話しだす。


「…………」


 驚いた……この事件の被害者たちは……みな……この裏野ハイツに住んでいる住人の家族ではないか……いや……違うか……裏野ハイツに住んでいる住人の家族が被害に遭ったのではなく、被害に遭った家族たちが集まってこの裏野ハイツの住人になったのではないだろうか…………?


 ……ん? では私はなんだ……? 私は一体なんだ……? この裏野事件の被害者であるのか……? それとも私の家族の誰かがこの事件の被害者になったのか……?


 それとも……私がカウンセラー的にこの被害者家族たちの心を慰める役をしていたというのか……?

 もしかしたら……私はまだ警察が隠しているこの事件の、鍛冶場元労に次ぐ二人目の生存者で……私が遭遇した事故というのは……この犯人に襲われたことじゃないのか……? だとしたら……この体中のおかしな傷痕も納得がいく…………


 ベベベッ…………ベゥゥゥゥーーーン…………


 ぼーっと考えながらテレビを見ていると、テレビの画面がぐんにゃりと歪み、新しい再現映像が流れ出した。あらたに流れ出した再現映像は、犯人による被害者殺害の瞬間を犯人の一人称視点で精巧に再現したものであった。


 ざくざくと積もった雪を踏みしめ公園のトイレに入っていく犯人。中では一人の男がこちらに背を向けて手を洗っていた。おそらくこの男が葉山丈であろう。犯人は自然体でトイレの利用客をを装いつつポケットからサバイバルナイフを取り出すと、すれ違い間際に男の背中に向かって静に突きたてる。ザズッという音と共に男の胸からナイフの先端が飛び出す。その瞬間、犯人は両手で握っていたナイフから片手を離すと悲鳴をあげられないように男の口を塞ぐ。男は何度か荒い呼吸をするとぐったりとして動かなくなった。返り血がかからないようナイフを抜き取りながら男の死体と共に個室に入ると身を潜める犯人。


 次に殺されるのはこの男の妻、葉山葉であるはずだと思っていると、その映像がフォンっと切り替わり他の被害者たちの殺害シーンが流れ出した。


 玄関の中に入った瞬間後ろから近付いていた犯人に襲われる御手洗夫人、出会い系サイトで知り合った犯人の車に乗り山中まで連れられる香宗我部の娘、鉢合わせた犯人にぼこぼこにされ胸を刺されるもみっともなく命乞いをする鍛冶場元労――


「うゎぁ…………」


 なんて精巧な再現シーンなのだろう……思わず感嘆が漏れる。飛び散る血に絶命の瞬間の表情、被害者たちの息遣い、溢れ出す絶望の思い、どれをとっても本物の映像であるかと思ってしまうくらいに美しい……

 

 けれど、こんな映像を地上波の、しかもゴールデンタイムに流してしまっても大丈夫なものなんだろうか? 普通の映画でもこんなシーンがあったらR18なんじゃないだろうか?


「すごい再現映像ですね……こんな映像を地上波で流してしまっても大丈夫なものなんでしょうか?」


 私はその映像に見惚れながら、後ろに向かって疑問を投げかける。

 その私の疑問に答えたのは御手洗医師だった。


「その再現映像とやらの、一体どんな所が地上波で流しては駄目なんじゃないかと思われたのですか?」

「何を言っているんです、この被害者たちの殺害シーンですよ。これは凄いですよ……ナイフの刺さり方も、血の飛び散り方も、死ぬ間際の息遣いも、どれをとってもまるで本物みたいだ…………」


「ああ…………なるほど……それは……大丈夫ですよ……」


 その答えに何か満足したのか、そう言う医師の声はほうけたようなとろけたような、まるで、待ち望んでいたものが来たかのような声だった。


 だが私はそんな医師のおかしな様子などは意識の外にて、未だ流れ続ける犯行の瞬間の再現映像を追っていた。

 

 映像はまた、最初の事件である裏野公園の事件を写している。葉山丈を殺した犯人は、夫が戻ってこないことを不審に思ってトイレの中に入ってきた葉山葉を個室の中で待ち構えている。


「あなたー? どうしたの? 大丈夫ー?」


 心配したような声で犯人と葉山丈の死体が入っている個室の中をノックする葉山葉。犯人は何も答えずに、ゆっくりと鍵を開け、ノックをコン……コン……と内側から返す。


「え? どうしたのあなた?」


 鍵が開いても出てこない主人に不審な声を上げる葉山葉。犯人はまた、内側からノックをコン……コン……と鳴らす。


「あなた……? 入るわよ……?」


 ゆっくりと扉を開ける葉山葉

 中に入っていた犯人と目が遭う――

 

「え……? すいませ……」


 ドスッ……


「か…………っ」


 正面から喉を突き刺され、音も無く倒れ伏す葉山葉

 犯人は手に付いた血を洗い流そうと、入り口についている手洗い用の蛇口を捻る

 

 血を流し終わると ゆっくりと顔を上げようとする犯人 顔を上げた先 目の前には鏡がある


「殺害の瞬間の再現映像なんて、流れていませんから」

「え……?」


 この医師は何を言っているんだ……? テレビが見えていないのか……?

 今だってずっと流れているじゃないか……ほら……もう犯人が顔を上げるぞ……顔が映るぞ……まだ犯人は掴まっていないのに顔を移す気なのかな……?


 

 ゆっくりと顔をあげる犯人


 その顔が鏡に映る


 鏡に写ったのは


 え……? 


 私………………?


 ベベベッ…………ベゥゥゥゥーーーン…………


 その瞬間再現映像がパット終わり、テレビの画面がぐんにゃり歪んだかと思うと、テレビに写されていたのは20:20という時間と、なんでもないバラエティ番組だった。先程の世界凶悪報道なんたらという番組はとっくに終わっていたのだ。


「あ…………」


 思い出した。


 完全に思い出してしまった。


 完全に記憶を取り戻してしまった。


 あれは再現映像なんかではなく…………


 つまり…………裏野事件の犯人は…………



 ゆっくりと振り返ってみると


 御手洗

 姥捨山

 香宗我部 夫 妻 息子

 鍛冶場

 計六人が とてもよい笑顔を浮かべ とても澄んだ一片の曇りの無い瞳で 私を見ていた


「っ…………」


 そのあまりの不気味さ異様さに私は動けない

 ゆっくりと立ち上がった御手洗が不気味な笑顔を浮かべて私に近付いてくる

 その顔は心底嬉しそうだ


「おめでとうございます……全て思い出せたようですね……待ちかねていましたよ……」

「っ……! 違うっ……ちがうっ!」


 御手洗は目の前に立つと、暴れる私の腕を抑えて首に注射器のようなものを打ち込む


「あ……あぁ…………」


 目の前が暗くなる 意識が落ちていく


「約束どおり……ご案内しますよ……202号室に……ね」

「い……イヤ……だ……」


 その言葉を最後に 私の意識は闇に飲まれた

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ