リヴィエール公爵家の子供達2
「シェリルおじょーさまー!!!!」
「まー!!!!」
無事昼食を終えて、いざ遊ぼうとなった時、大声で私の名を呼びぱたぱたと駆け寄てくる存在に気づき私は目を細めた。
「ロイ!クロエっ!!」
黒髪に空色の瞳を持つクロイゼル兄妹は、私たちが昼食を取っている間に目覚めたらしく、ロワイエは私の姿を見て安堵からかその綺麗な瞳を涙で潤ませ、妹クロエは、恐らく遊び相手である私が戻ってきて嬉しいのだろう、笑顔全開で抱きついてきた。
「よかった・・・・・・・・・・おじょーさまがげんきそうで・・・・・・。」
同い年のはずなのに、既に主に使える者としての立場から言葉を紡ぎ出すロイは、何というか・・・子供らしくないと嘆くべきなのか、クロイゼル家の教育の賜物だと喜ぶべきなのか、ちょっと反応に困ってしまう。『魂の記憶』を受け入れる前の私ならば、純粋に「心配してくれてありがとう!」と笑顔で彼に言えたのだけれど、今の私に、そんな純粋さはない。
「・・・おおげさだよ、ロイ。おしろにはたくさんのおいしゃさまがいらっしゃるのよ?だいじょうぶにきまってるわ。」
宥めるように苦笑すれば、ロイはぽつりと「・・・だいじょうぶじゃなかったら、いまごろおしろなんてあとかたもなくきえさっていたでしょうけど・・・」と何故か澱んだ瞳で呟いたのを私は聞き逃さなかった。(ちょ・・・怖いよ、ロイ!そもそも、本気でやりかねないから、お願いだから早まらないでね!?)
「ねぇねぇ、シェリーねー!おうじさまかっこよかった??おしろはおおきかった??」
殺伐としそうな雰囲気を、クロエの好奇心が一掃していく。あぁ・・・まだこの娘は毒されてないのね。でも、私、知ってるわ。貴女も成長すれば、笑顔で相手の心を抉るような言葉の毒を平然と吐けるようになるのよね・・・・・・頼もしいのだけれど、ちょっと怖いのよね・・・
「そうね・・・おしろはおおきくて・・・アレク・・・アレクサンドルおうじは・・・・・・やさしそうなひとだったわ。」
びょうきでずっとねてたから、あまりおはなしできなかったけど・・・と、苦笑すれば、クロエは目をキラキラさせて「おおきなおしろ・・・やさしいおうじさま・・・・・・ステキ・・・!!」と、既に自分の世界に浸っているようである。そんな妹をロイは呆れた様子で「クロエはえほんのよみすぎだよ。」と酷評していた。・・・うん。3歳児なんだし、そのくらいの夢は見せてあげてもいいと思うのよ、お兄さん厳しすぎじゃない??
「クロエもシェリルも、お城の王子様に憧れるのはいいけれど、僕としては憧れだけに止めておくことをお勧めするよ。」
「フォルトおにーさま?」
「フォルトさま、どうして?」
物凄くいい笑顔でそう告げるお兄様に私もクロエも首を傾げると、フォルトお兄様の隣に居たセレスお姉様が「だって絶対苦労するものね。」と、苦笑した。
「物語では『二人末永く幸せに暮らしました。』で締め括られたとしても、現実にはそうはいかない。国を治める立場にあるだろう王子様は日々勉強と鍛錬の日々を送ることになるだろうし、迎え入れられたお姫様も、彼の隣に立つに相応しい教養と、古株の貴族達の嫌味に耐え切れるだけの精神力を鍛えなければならないからね。」
その『幸せに暮らすため』の努力を怠ることはできないし、彼らには、彼らの国の全ての人間の命が預けられる事になる。間違っても国民を苦しめるようなことはできないし、より豊かになるように行動しなければならない。常に彼らの行いは国民が善し悪しの判断を下す重圧感に、他国との和平交渉だとか外交部分も気にかけなければならない。血税を湯水のように使って好きなことを好きなだけ、と言う夢見がちな事も勿論できないんだよ。それらを全部我慢しなければ『王子様に選ばれたお姫様』にはなれないんだよ。
にこにこと、到底幼子に言い聞かすには具体的且つ憧れすらも打ち砕くような言葉を以て(それ以前にお兄様、私は兎も角クロエには理解できないでしょう、その例え方は・・・)説くフォルトお兄様に、私は何とも言えず複雑な心境を表情で表し、クロエはふんふんと、最初こそ目をキラキラさせて聞き入っていたけれど、徐々に顔を青褪めさせ(恐らくお兄様の言葉の内容を理解出来ずとも、何かよくないことを言われてるんだろうなと察したのだと思う。)、最終的には「クロエ、いまのままでいい!!おうじさまいらない!!!」と断言するにまで至った。
「・・・幼気な幼女になんつー夢も欠片もないようなこと教えてんだよ、フォルトは・・・あのな、クロエ。クロエがちゃんと年頃になればクロエだけの王子様がお前を迎え来てくれるから、フォルトの言うことなんて信じなくていいんだぞ?」
いつの間にか学院から戻ってきていたのか、お兄様とお姉様のお目付け役を任されている、クロイゼル家と同じく古くからリヴィエール公爵家に仕えているベルトワーズ家長子のクリストフが、怯えるクロエの目線に合わせるようしゃがみこんでそう言い聞かせた。
「本当のことを言っただけだよ、クリス。」
「本当のことだとしても、この年頃の女の子に言うことはないだろう?・・・シェリルも・・・ほら・・・なんだ・・・公爵令嬢だからいろいろと苦労するだろうけれど、選択肢はひとつじゃないからな?」
僕は何も間違ったことは言ってませんが?とでも言うようなお兄様の態度に辟易しながらクリスは私にも優しい言葉をかけてくれた。私に対してはクロエと違ってお兄様の言葉を否定しないのは、その可能性も大いに有りうる事だと理解しているからだろう。それでも、敢えてのその道を行かずとも良いのだと、逃げ道もあると言ってくれるその気遣いは本当に嬉しい。
前生でも、彼は私にアレクを追うの止めて違う道を探すべきだと、何度も忠告してくれた。けれど、私には到底受け入れられる提案ではなく、その言葉が耳障りになってきた頃、彼はひっそりと私の前から姿を消した。・・・恐らくは見兼ねたフォルトお兄様が彼に公爵家から離れるよう指示したのだろう。彼には悪いことをしたなと今になって思うけれど、きっとフォルトお兄様に裏では扱き使われてたんだろうな・・・(私から物理的な距離をとっても彼が公爵家に仕える従者である事には変わりがない。寧ろ裏の仕事の方が大変というか・・・うん・・・過酷だっただろうなぁ・・・)今生ではそんな不憫な境遇には追い込まないようにしなければならない。
「だいじょうぶよ、クリス。わたし、およめにいくよていないもの。ずっとおうちにいるの!」
相変わらず斜め上の回答だと自覚しているもの、現状、これが一番の良策だと思うのだから仕方がない。そう、誰かを選んで不幸になるのなら、最初から選ばなければいいのだ。
「・・・・・・うん。選択肢はひとつじゃないって言ったけど・・・・・その選択はないわ・・・・・・」
がっくりと額を抑えて項垂れたクリスとは正反対にフォルトお兄様は「そうだよ、シェリル。どこにも行かなければ僕が守ってあげるからね。」と良い笑顔で微笑み、セレスお姉様は「まぁ、シェリルもまだ幼いからねぇ。」と苦笑した。
「・・・ロイも、何か言ってやれよ。」
「?ぼくはシェリルおじょーさまがそうときめたのならそれにしたがうだけですよ?」
「・・・・・・うん。俺、クロイゼル家の暑苦しい忠誠心ちょっと理解できないわ。」
「クリスさんこそ、じゅうしゃとしてかるすぎるのはどうかとおもいますよ?」
お兄様とお姉様に構われている間に交わされていた従者同士の会話は、年齢に見合うものではなかったけれど、それでも彼らが私達にとっては良き友人であり、頼れる存在なのは間違いない。
「クリスにーもかえってきたし、なにしてあそぶ!?」
再び目をキラキラさせて叫んだクロエに私達も笑顔を浮かべ、それぞれが思う遊びを、時間も忘れて楽しむ事となった。
リヴィエール公爵家の子供達が楽しい時間を過ごしている頃、アルジャンテ王国よりの南東部に位置するアルシエール公国・・・後のエテルネル共和国では今も尚内戦の戦火に晒されていた。
響き渡る公国騎士団と解放軍の怒声と悲鳴。焦げ臭い火薬の匂いに時折交じる鉄臭さ。日に日に悪化していく生活環境の中、ジェラール・ドラグランジュは決断の時を迫られていた。
「・・・・・・父さん・・・・・・」
「アルベール・・・ジルベール・・・・・・お前たち二人だけで他国へ向かわせるのは父親として失格だと解っている。・・・けれど、此処に留まるよりは・・・お前たちの助かる確率は高くなる。・・・・・・泣くな、ジル。男の子だろう?」
「ふえぇ・・・とうさん・・・・・・・」
辛うじて公国騎士団の力が及んでいない港町の片隅で、ジェラールは二人の息子に言い聞かせていた。
公国主導の時代を終わらせるべく立ち上がった民達による革命戦争。初めこそ連戦連勝で革命は簡単になされるものと信じて疑わなかった現状が、今ではどちらに転がるかは神のみぞ知る結末となっている。・・・最悪公国側が勝利すれば、革命を指揮した一人であるジェラールの命は間違いなく見せしめのために散らされる。それと同時に罪のない彼の家族、親友をも巻き込んでのそれを、ジェラールは回避したかったのだ。・・・幸いにして彼の妻は二人目の息子、ジルベールを産んで間もなく他界してしまっているし、彼の両親も既に鬼籍に入っている。現状、彼の唯一の弱点となりうるのがこの二人の息子達なのだ。
「・・・アル・・・ジルの事、頼んだぞ。」
「うん。父さんも・・・・・・絶対僕たちのこと、迎えに来てね?」
「やくそく・・・やくそくだよ、とうさん・・・」
「あぁ・・・・・・約束だ。」
小さく指切りをし、ジェラールは息子達にお守りだと言って一粒の真珠が付いた首飾りを二人の首にかけた。
「母さんの形見の品だ。きっと、お前たちを守ってくれる。・・・・・・いいか、二人共。この船は自動でアルジャンテ王国の港町・・・リヴィエール公爵の治めるリヴァージュの町に辿り着くよう設定してある。街についたら誰でもいい、大人の人にリヴィエール公爵と連絡を取って貰うんだ。」
アル。お前に渡してある手紙を見せればいい。それだけでお前たちの身の安全は保障される。
そう言い切ったジェラールにアルベールもこくんと頷いた。ジルベールは母の形見と言われた首飾りを不思議そうに眺めていた。そこに先程までの涙はなく、ジェラールもほっと安堵の息を吐いた。
「ジル。保護して貰う公爵家では父さんが迎えに行くまで良い子で大人しくしているんだよ?」
「うん。がんばる・・・」
何処か上の空のような返事をするジルベールに苦笑しながら、再度兄であるアルベールに「ジルを頼んだぞ。」と念を押したジェラールは二人を船に乗せ、遠隔鍵のボタンを押した。
「父さん!!」
「さぁ、お前たちは海に落ちないよう、しっかりベルトに掴まっておくんだ!!なぁに、此処からリヴァージュの町はそれほど遠くない!夜になる前には辿り着く!!」
勢いよく海面を走り出した船に向かってジェラールは叫び、祈る。
「海の神よ!勇ましき海の幼子にご加護を!!」
補足説明:ドラグランジュ家の家宝
一見、大粒の真珠のようにも見える宝珠は、旧時代の魔導技術を凝縮したもので『人魚の涙』の異名を持つ。本来は持ち主の魔力を増幅させる効果なのだが、この時代に魔力は存在しないため、アクセサリーとして主に扱われている。しかし、極稀に、持ち主の想いを汲み取り、思いがけない奇跡を引き起こすこともあるらしい。