閑話:そこに在る理由 ver.【逆回転の時計】
【逆回転の時計】ことパンドラ嬢視点です。
―――――――ボクは、お母様の子供達の、遺作として生み出された存在。けれど、彼女に起動される事もなく、その時代は神によって滅ぼされ、今度は魔導が無い時代へと生まれ変わっていた――――――――
ずっと、待っていたのに。ボクならお母様を、あの時代の人々を救えたのに・・・それでも彼女が下した決断はボクを封印し、永い眠りへと誘うことだった。
だからだろうか?
ボクは、あの時、契約の元、役目を果たした。だけど・・・今も尚、ボクを目覚めさせてくれたご主人様の役に立ちたいと。そう、願ってしまうのは・・・・・・・・・・
「はぁ・・・・・・」
すっかり静かになった部屋にご主人様の重い溜息だけが響く。先程、暫くの間この部屋の住人になっていた小さな眠り姫は、宮廷医師のブリジットさんの検診の後、狂った連中の魔の手を避けるため、早々に王城から去って行った。うんうん。それは正しい判断だとボクも思うよ。
けれど、この小さな主にとっては身を引き裂かれるほどに切ない別れなのだそうだ。・・・ちょっと大袈裟な気がするんだけどねぇ。
『・・・そんなに落ち込まなくてもいいんじゃないですか?今生の別れじゃあるまいし・・・それに、シェリーフルールさまには嫌われてなかったでしょう?いいじゃないですか、オトモダチ。最初は誰だってそこから始めるものなんですから。』
「それは・・・そうなんだけど・・・・・・シェリル、きおくをとりもどしたっていうわりには・・・その・・・・・・ぼくのことそれほどおもってくれてなさそうだったっていうか・・・・・・」
やっぱりあの時の僕に失望したから?僕だけがシェリルのこと想ってるだけなのかなぁ?恋愛対象には見てくれないのかなぁ・・・・・・
なんて、やっぱり大袈裟に嘆く我が主に一言、声を大にして言いたい。
『そんなの、ご自分達の今の年齢をちゃんと考えてくださいよぉ!幾ら記憶持ちだって言ったって、その年齢で恋愛云々って流石に早すぎでしょう!?』
ショタロリの恋愛なんて・・・抑も『好き』の定義だってその年齢だと『甘いお菓子』と同等なもので、本気の恋愛がそこに入ってくるとちょっと気持ち悪いですよ!!と、言い切ると、あからさまにご主人様は項垂れた。
「き・・・きもちわるいって・・・・・・しかたないだろう?からだはともかくなかみはせいじんだんせいなんだから。」
『それはそれでちょっと犯罪臭しますけどね。』
「!!?」
『冗談ですよぉ、ご主人様。何ならその記憶を糧に、もう一度世界をちょっと前まで戻します?』
「ことわるっ!!」
ボクの言葉に青褪めたり顔を真っ赤にして膨れてみたり、中身が成人男性だと言い切る割には歳相応な気がするご主人様の反応を楽しみつつも、不意に「・・・で?パンドラは一体今までどこに行ってたんだい?」と、ボクが話しやすいように、ちゃんと解って話題を振ってくれるご主人様は本当にボクにとって理想のご主人様だ。
『えへへ・・・じつはちょっと探し物を見つける旅に出ておりました。』
「ふぅん?もどってきたってことは、みつかったの?そのさがしものは?」
『勿論ですよ。ある程度はどこにあるのか検討はついてましたし。・・・それにしても、歴代のリヴィエール公爵が収集家で良かったですよ。こんなにも綺麗に保存してくれてましたから。』
ま、これらにもう価値はないんですけどね。と言って、ボクはぱらぱらと、ご主人様の手に数枚の『導の石版』を落とした後、ぺろりと舌を出した。
「・・・かちがない?どうして?」
『そりゃあ、ボクが記録されてたものを食べちゃったからですよ。・・・ボクにはもう世界全てを、ご主人様の望む過去に戻す力はないですけど、『導の石版』の記録を糧に、ボク自身が過去を見てくることは可能なんです。なんたってボクは【逆回転の時計】。『導の石版』の記憶を、ボクを通して戻せばいいだけですから。』
だから、いろいろと面白いこともわかりましたよ。聞きたいですか?と、にっこりと問いかければ、初めの方こそ唖然としていたご主人様は、やがて苦笑しながら首を横に振って「今は必要ないよ。」と言った。
「もしこのさき・・・・・・シェリルやたいせつなものをまもるために、ぼくがもちえないちしきがひつようになるのなら、そのときは、おねがいするよ。」
『・・・・・・了解いたしました、ご主人様。』
恭しくお辞儀をすれば、ご主人様はちょっと複雑そうな表情を浮かべたものの「まぁ、気にならないわけじゃないけどさ。・・・パンドラがどうして僕にそこまで良くしてくれるのかは理解できないけど・・・ありがとう。僕は君に助けられてばかりだね。」と苦笑した。
『そんなこと・・・助けてもらったのはボクの方だから。本来ならばあのまま、薄暗い宝物庫で永遠に目覚めぬ眠りについているはずだったボクを・・・ご主人様は奇跡的にも目覚めさせてくれた。だからボクは今、この目で、この体で、世界全体を感じることができる。それだけで、ボクは・・・・・・』
この世界に、創り出されてよかったと、心からそう思えるんですよ。
ずっと眠りの闇の中で、自分の存在に疑問を抱いていた。何故?どうしてボクを使ってくれなかったの?ボクの力は誰かを助けるためのものであるはずなのに・・・??使われずに眠らされた魔導具なんて廃棄物と同じじゃないの???それなら何でお母様は【逆回転の時計】を創り出したの???答えのない問いばかりがボクの中で膨らんでいて、最終的には考えることすら諦めていたんだ。けれど、そんなボクに役目を、光をくれたのは、後悔と切望を抱いた、傷ついた青年。あぁ・・・もしかしたら、お母様は知っていたのかもしれない。こんな未来が来ることを。だからボクを眠らせたままこの時代まで生かしていたのかもしれないと。・・・多分、偶然だと思うけどね。
『まぁ、好き勝手やってるついで、ですよ、ご主人様。ある意味ボク自身の為なのでそこまで深い意味はないですし、気に止む必要もないですよ。』
ボクの本心なんて、ご主人様に伝えるまでもない。彼はこれから本命のお姫様と幸せな結末を迎えるべく歴史をやり直していくのだから。・・・ボクの重たすぎる実情をこれ以上背負わせるわけにはいかない。わざとらしくもボクらしく明るく振る舞えば、ご主人様もしょうがないなぁといった風で微笑んだ。
だから、ね?ご主人様。貴方がお姫様と末永く幸せになるように。ボクが出来る事なら何でもしてあげます。例えボクが壊れようとも・・・貴方はボクの―――――――――――
最初で最後のご主人様だから。
【補足説明】旧時代の崩壊。
魔導具の発達により、神の領域にも手を伸ばしかけたその技術を創世の神々は危惧した為に、文明そのものを滅ぼし、一からやり直すことを決め、神の裁きが実行され今の時代に至る・・・と言うのが定説である。しかし、神々が恐れたのは魔導技術か、それとも、【神にも等しい魔導士】と謳われた【パルティミア・イデア】の存在そのものなのか?現代に於いてはそれらの疑問を知る術がない。しかし、彼女の生み出した魔導具は現代でも破損することなく存在するものが多数あることの意味を、考えるべきなのだろう。