苦悩と葛藤の日々
短めです。
シェリーフルールが王城の芝生の広場で原因不明の病で倒れてから既に5日が経とうとしていた。
その間、彼女はずっと意識がない状態で、時折譫言で「ごめんなさい・・・」と誰かに謝ったり、「どうして・・・」と悲痛な声と共に涙を流したりと、傍でずっと看病をしているリヴィエール公爵夫婦にとっても苦しい時間が過ぎていく。
アルジャンテ王国の中でも特に優秀な医師が常駐している王城ではあるのだが、現状、誰一人として彼女を治す術を持たず、途方に暮れていた。しかし、彼らにとっては、シェリーフルールのような、突如として意識を失い、倒れるといった症例を経験するのは実はこれで二度目だったりする。
「・・・・・・丁度一月前のことです。アレクサンドル王子が自室に引き籠ったまま一切外へ出なくなった時期がございましたでしょう?実はあの時、アレクサンドル王子はシェリーフルール嬢と同じような状況に陥っていたのです。」
そう証言したのは、宮廷医師の一人、ブリジット・ルルージュ女史だった。
「!?どういうことだ、ブリジット!そんな報告はっ・・・!!」
「アレクサンドル王子が、周りの混乱を招くだろうからと口止めをなさっていたのです。」
勿論、私は家臣である以上、主上であるアルフォンス王並びにアンリエット王妃に即座にご報告すべき事だと理解しておりましたが、王子の言い分も間違いではないと思いましたので・・・と、申し訳なさそうに釈明したブリジット女史に、国王夫妻も難しい顔をして黙り込んでしまった。
「・・・・・・確かに、まだアレクが何かの原因で引き籠った程度ならば、子供の我が儘として貴族連中も重要視はしないだろうな。だが、原因不明の病に倒れたとなると・・・・・・余計に奴らに餌を放り込むような事になる。・・・アレクの言い分は確かに正しいのだろう。」
「ですが・・・まさか、アレクが、そんな事態に落ちいていたなんて・・・。」
気づけなかった私は母親失格です・・・と気落ちするアンリエットを、アルフォンスは「それは私も同じだ。」と、息子に頼って貰えなかった事に悲痛な面持ちを浮かべながら慰めていた。そんな様子を複雑そうな表情で見守っていたブリジット女史は「・・・あの時も我ら宮廷医師は成す術もなく・・・唯一出来たことといえば、最低限の生命維持くらいでしたわ。」と告げると、ふと、彼女の視界に入ってきた小さな蒼銀の光を見つけると、恭しく膝を折った。
「アレクサンドル様は当時のこと、何か思い出せますか?例えば・・・どこが苦しかったか、とか・・・」
そう切実に問われると、アレクサンドルもつい本当の事を言ってしまいそうになるが、こればかりは、誰にも話すことはできない。そう言う意味を含めて、しょんぼりとした表情を浮かべたアレクサンドルは首を横に振った。
「・・・・・・ごめん、ブリジット・・・・・・ぼくもよく、おぼえてないんだ・・・ただ・・・・・・すごく、あたまがいたかったのだけは・・・なんとなくおぼえてる。」
そう告げたアレクサンドルは、けれどその本心では『まぁ、短いとは言え約20年分の記憶が一気に押し寄せてくれば流石に子供の脳には負担が掛かりすぎるからね。てっきり僕の記憶もパンドラの糧になっているとばかり思っていたからある意味嬉しい誤算ではあるんだけど・・・』と苦笑していたのだが、宮廷医師達はその言葉の意味を、彼らの職に則って考察し始めた。
「頭痛・・・・・・やはり、脳に何か異常が・・・・・・」
「しかし、アレクサンドル様は今はもうすっかり回復しておられる。一時的なものかもしれぬが・・・」
「幼児期の頭痛の原因の大半はウィルス性の―――――――――――――」
「待て!明確な原因も特定できない現状で闇雲に投薬をするのは幼子の体に負担が・・・・・・」
ざわつく宮廷医師たちを横目に、アレクサンドルはゆっくりとした足取りで寝台で眠るシェリーフルールの傍へと近づいていった。
「アレクサンドル王子・・・・・・」
「・・・・・・シェリル、まだおきないの?」
寝台の真横に置かれた椅子に座る公爵夫妻の、その僅かな隙間に入り込み、シェリーフルールの寝顔を覗き込んだアレクサンドルに、公爵夫妻もそろって「そう・・・ですね・・・」と疲れた声を響かせた。
「・・・せめて、原因が解れば・・・・・・宮廷医師の適切な治療も受けられるでしょうし、薬の服用も・・・・・・」
「ねぇ、アレクサンドル。貴方の時は何が原因でその頭痛を引き起こしたのです?倒れる直前の記憶は?」
縋る様なエドゥワールとエリザベートの言葉に、アレクサンドルは先程と同じように首を横に振って「ぼくも・・・それをおぼえてたらよかったんだけど・・・」と呟いた。
実際、アレクサンドルが寝込むことになった直接の原因は、好奇心に負け、忍び込んだ城の宝物庫でパンドラこと【逆回転の時計】との運命的な再会によって強制的に前生の記憶を容赦なく呼び戻された所為なのだが(余談だが、その結果、過去というべき前生の自分の行いを全て受け止めきる事に時間がかかり、この一月は鬱状態になっていたので引き籠もり気味になっていたのである。)それをここで暴露する事はできないので、結局は口を紡ぐことしか彼にはできないのである。
「・・・・・・・・・きゅうじだいのいさん・・・・・・」
「え?」
「そう、きゅうじだいのいさんのこと、しらべてたんだ。おしろにもあるってきいて、それをさがしてて・・・・・・でもきづいたらじぶんのおへやにいたんだ・・・。」
考えるふりをして、ある程度沈黙した時間を取ってから、アレクサンドルはさも今思い出したかのように言葉を紡いだ。パンドラの言葉には嘘偽りがないので、そこから導き出される自分とシェリーフルールの共通点は確実に旧時代の遺産になる。詳しいことは伏せて、断片的に情報を伝えれば、それを聞いたエドゥワールは「まさか・・・・・・」と小さく呟き顔を青褪めさせた。
「・・・エド?」
「・・・少し前に、僕が回収してきた『導の石版』の一つを・・・・・・シェリルが誤って飲み込んでしまったんだ。」
「なんですって!?」
「・・・この時代で旧時代の遺産を起動させるのは不可能だし、それに、もう体外に排出されているはずだから・・・・・・」
それが影響しているわけではないだろう・・・・・・と一瞬過ぎった不安をかき消して、エドゥワールが否定すると、エリザベートも「そう・・・ですわよね。・・・シェリルが誤飲したというのは初耳なのだけれど、その件については全てが落ち着いてからゆっくり話し合いましょうね。」と苦笑を浮かべた。しかし、アレクサンドルは公爵夫妻とは違い内心、絶望的になっていた。
(あぁ・・・・・・シェリルは・・・きっと全てを知ってしまうのだろうな・・・・・・・)
アレクサンドルが実際、記憶を読み取るのにかかった日数(=寝込んだ日数)は3日間である。その期間を越してなお眠り続けるシェリルはパンドラが危惧したようにもしかするとさらに過去の時代の記憶をも読み取っているのかもしれない。
「・・・・・・はやく、おきて・・・シェリル・・・・・・」
君の記憶が戻っているのならば、僕は君にきちんと伝えなければならない言葉がある――――
そんな思いを込めてアレクサンドルは、そっと、涙の跡が残るシェリーフルールの頬を優しく撫でた。
ゆめを・・・みた―――――――――――
おとなになったわたしのゆめ。
つぎつぎにあらわれるとうじょうじんぶつたちはきらきらしていて・・・
しあわせなときもあったけど、それいじょうにつらくてくるしいことがたくさん・・・たくさんあって・・・・・・
あくむだとおもった。
でも、それはげんじつだったのよと、おとなのわたしがわらうの。
「私はね、もう多くは望まないことにしたのです。」
「?」
「王子様を支えて国を、民を守るとか、公爵令嬢としての義務とか・・・そんな大それた理想を掲げた結果が12回の生だったのだもの。もうそういうのナシで行きましょう?」
「え・・・?」
「ですから、ね、シェリーフルール。さっき見せた、きらきらした人物たちには絶っ対!近寄っちゃダメですよ?」
そう、はくりょくのあるえがおでわたしにいう、おとなのわたしもすごくきらきらしているのだけど・・・あれ?わたし、これ、にげたほうがいいの?え、おとなのわたしからはにげちゃだめなの??えっ・・・えぇ???
この後シェリルちゃんはしっかりと『魂の記憶』さんに調教・・・こほん、教育されるのでした・・・