魂の記憶
見覚えのない光景が、私の視点で次々と、波のように押し寄せてくる。その所為で、まだ幼い、【13回目】のシェリーフルールは、それらを全て受け止めきれずに意識を闇に沈めた・・・・・・・・・
御機嫌よう、皆様。膨大な記憶の渦の中、こうして皆様に語りかけている私は過去12回、シェリーフルールを演じた魂であり、この幼き13回目のシェリーフルールに融合していくであろう記憶、とでも名乗っておきましょうか。・・・実際には意識を持たぬ『導の石版』に宿った、12回の生を繰り返したシェリーフルールの残骸の寄せ集めみたいなものなのだけれど、どうせ今生のシェリーフルールに全て受け継がれるのだから『魂の記憶』と纏めてしまっても問題はないのですけれど・・・ね。
まぁ、私の事は今はその程度のものだと認識して頂ければ充分です。どうせすぐに13回目のシェリーフルールに溶けてしまうのですから。まぁ、その後の彼女の人格がどうなるかは保証しかねますけれど。
さて・・・皆様もこの時点で疑問にお思いでしょう?シェリーフルール、今生で13回目、なのです。
どうして同じ人生をこうまで繰り返しているかといえば・・・それはやはり【神にも等しい魔導士】と謳われた【パルティミア・イデア】が残した【旧時代の遺産】と、その力に縋った愚かな男達の所為。そして、その力に縋る原因となる人物は決まってあの偽善で塗り固められたあの女性と、その飛ばちりを喰らい続ける哀れな公爵令嬢。
はっきり言いまして、あまりにも理不尽!!その一言に限りますわね。
別に私が何か悪さをしたというわけではないのです。・・・そうですね、一番馴染みの深い【12回目の生】を例に挙げてみましょうか。
どの生においても、私の立ち位置は【アルジャンテ王国第一王子・アレクサンドル・フラム・ドゥ・アルジャンテの婚約者】でしたの。11回目の人生まではアレクとは良好な関係を築き、国を良くしていこうと意気投合し合う仲(それでも何故かその意志は志半ばで絶たれてしまってしまうのですが、それはまた機会がある時にお話ししますわね。)でしたのに、前生、12回目はそれまでとは全く異なっていたのです。
向上心と正義感の強い少年だったアレクは劣等感の塊で卑屈な少年に変貌し、そんな彼を健気にも支える役目を与えられたのが私でした。ですが私が頑張れば頑張るほど、アレクは私を疎ましく思うようになり、ついには王立学院に入学すると、私以外の女性(件の偽善の塊と呼べる人物ですわ。)と想い合うようになり、最終的には私の手を離してしまったのです。
・・・まぁ、その結果、民に幸福が訪れたのならば、私が身を引いたことも正しかったと証明できたのでしょうけれど、その後の歴史は・・・・・・直接この目で見ていないので、『導の石版』同士の記憶共有で引き出す限りは最悪だったようですわね。・・・え?何で私が後日談を知らないのか、ですか?それは・・・まぁ、私も恋の病にどっぷり嵌っていたということですわね。アレクの最後の掌返しに相当のショックを受けた私は心を壊してしまいましてね。気づけば廃人同様の呼吸するだけの人形に成り下がってしまったのです。まぁ、『王子に捨てられた元婚約者』なんて不名誉な二つ名を背負わされて、幾ら家族という強い味方がいたとしても、平然と生活することは出来なかったのです。・・・それほど繊細な性格ではなかったはずなのですが、やはり恋をしてしまったのが一番の原因でしょう。立ち直るきっかけすら見つけられないまま、私は心の闇に全てを委ねてしまったのですから。
だからこそ、思うのです。
今生ですべてを終わりにしたい、と。
もう、悲惨な人生は繰り返したくないのです。・・・漸く『導の石版』と同化し、全ての記憶を手に入れたのです。私を破滅に導く全てのものから、シェリーフルールを守り抜く術を得たのです。どんな状況になろうとも全力で回避し、シェリーフルールと言う女性の、短くて永かった人生を、ごく普通の、けれど最高の人生にして終わらせなければならないのです。・・・えぇ、革命に巻き込まれ志半ばで暴徒の手によって殺められたり、神託の生贄にされたり、恋に狂った幼馴染(私には王子様以外にも国外に幼馴染と呼べる存在がいますのよ。)に略奪強姦されたり(この人生が一番過酷だった・・・いろんな意味で)だとか・・・あぁ、やはり、どの人生も末路に至るまでが悲惨すぎます・・・一体、私が何をしたというのですか!!
・・・間違った選択は、していなかったはずなのです。ですが、残念な事に結果が伴っていないのも事実です。それもこれも、あの偽善の塊の所為ですね。
アンジェリーヌ・フォルティア・・・『聖女』と崇められた事のある彼女の口から発せられるのはいつも綺麗事であり、机上の空論。それを解っていながら、人々は、そこに希望を見出し自滅していくのです。・・・当然でしょう?アンジェリーヌが無知で綺麗事しか言わない『白色』で渦巻く世界に各々色があるのだとすれば。それに染まらぬ心の強さがアンジェリーヌに無かったからこそ気高い『白色』の精神はそれらの色に染められ混じり合って頓ては『黒色』になるのだから。
ちょっと解りにくいかしら?では、こう、言い換えてみましょうか。
想像してみてくださいな。グラスの中には何も混じっていない綺麗な飲み水が入っています。そこに、少しずつ、何とも言えない色をした毒薬を一滴ずつ入れていく。はじめはそんなに色は付きませんわね?水の方が多いわけですから。ですが、一滴でも毒薬が入ったそれはもう『綺麗な飲み水』ではなく、紛れもない『毒薬』なのです。そして、毒薬を入れれば入れるほど、その色もまた何とも言えない色へと変わっていくでしょう?それと同じ事です。
アンジェリーヌの言っている綺麗事も、確かに正しい部分もあるのです。ですが、それが全て通用するほど周囲は・・・・・・世界は、甘くはないのです。・・・それでも、染まらず、貫き通すだけの心の強さが彼女にあったならば、世界は、もう少しだけマシになっていたでしょうけれど、そうならなかったのですから、そういうことなのです。
状況に応じて、綺麗事を言う時とそれを控える時、素直であるべき時と悟らせず、虎視眈々と策を進める時・・・柔軟にその場切り抜けながら道を正していかなければ、特にアルジャンテ王国の貴族連中に呑まれてしまうだけ・・・・・・・・
あぁ、そういうことですのね。愚かではありますが、アレクもまた自分の選択した道の途中で気づいたのですわね?アンジェリーヌの本質に。それで時を戻してやり直しにかかったのだというのならば、少しは、あの頃の私が報われるかもしれませんわね・・・・・・って、あらあら、話が逸れてしまいましたわね。ごめんなさい。
まぁ、そういう状況なので、酷ではあるのですが、早々に【13回目】のシェリーフルールと同化する必要があるのですが・・・・・・何分、『導の石版』に記された記憶量は膨大ですからね。暫くはその負荷の影響で良くて数日、悪ければ数週間程寝込んでしまうでしょう。ですが、シェリーフルールは見た目ほどか弱くはないということをちゃんと知っていますからね?
さぁ、最後の人生となるよう、その一歩目を踏み出してみましょうか。