商業区(バザール)デート
学園都市の商業区近くで馬車を降り、アレクの案内で私たちが最初に向かったのは、比較的低価格で美しさよりも愛らしさを重視した雑貨屋さんだった。
「・・・ねぇ、アレク?おにんぎょうをさがすのならもっとべつのばしょのほうがいいんじゃないの?」
てっきり最初から大本命である人形専門店に向かうのだろうと思っていた私の思惑とは違うアレクの行動に首を傾げれば、アレクは「どうせ時間はあるんだし、ちょっとくらい寄り道したって大丈夫だろう。」と悪戯っぽく笑った。
「たしかに、パンドラのねがいもかなえるつもりだけど、せっかくバザールにきているんだし、ふつうにかいものをたのしんだっていいとおもうんだ。」
「それは・・・そうかもしれないけれど・・・でも、アレクってこういうかわいいものがすきだったかしら?」
それはそれでどうかとおもうけれど、ともう一度首を傾げると、アレクは慌てた様子で「や、僕じゃなくてっ!シェリルがっ・・・こういうの好きだろうなって・・・思ったから・・・」と徐々に弱々しく言葉を口にした後「・・・ごめん。僕の我侭だ。」と呟いた。
「・・・あのとき、ぼくはきみとはぜったいにでかけたりしなかっただろう?こうむでしかたなくのばあいをのぞいて・・・」
「・・・・・・うん・・・・・・」
アレクの言う『あの時』とは前生での事。王太子とその婚約者として、公務として各地を巡った事は確かに、何度かあった。けれど私用で、二人揃ってどこかに出かけたりしたことは全くなく、そういう場合にアレクが誘う相手は私ではなく心から愛した女性。
あの頃の私は、アレクが、心から私を求めてくれる日が必ず来ると、厳しい教育の意味する所とそれを支える婚約者の存在に・・・気づいてくれるはずと、そう願っていた。あの止まり木は一時の羽休め程度のはずだと・・・そう信じていたかった。
けれど、そんな私の願いと想いは一方通行で、受け入れ場所を無くした恋情は只管我が身を焦がし尽くし、そして・・・内側から私を壊す結果となった。そして今に至るわけなのだけれど・・・・・・
「『アンジェリーヌ』とすごしたじかんは・・・たしかにしあわせだった。『あのとき』まではね。いまではもうそんなふうにはおもえないけれど・・・・・・あのときみたけしきを、かんじたものを、こんどはシェリルといっしょに、みたり、かんじたりできればいいなって・・・そう・・・おもった・・・」
『はいはい、過去は過去、今は今ですよご主人様っ!!』
「「!!?」」
『シェリーフルールさま!ご主人様は単にシェリーフルールさまとデートがしたかっただけなんですよ。その序でにボクのお願いも叶えてくれようとしてるだけで・・・ごめんね、ボクが思い切り邪魔しちゃてて・・・』
でも、安心してくださいな!ボクが魔導人形の身体を手に入れたらお二人の邪魔はしませんから!!そう力強く宣言したパンドラは私に視線を投げると「だから、ボクの事は気にせず、今を楽しんでください。」と笑顔で言い切った。
「・・・パンドラ・・・」
『そもそもご主人様は乙女心を理解なさってませんよぅ?折角のデートに過去の女の事を口に出すなんて、シェリーフルールさまに嫌われたって知りませんよ?』
「!!?」
『まぁ、そうなったら自業自得だと笑って差し上げますけど?』
「えんぎでもないこといわないでよ、パンドラ!!シェリル、ちがうから!!ぼくはシェリルひとすじだから!!」
「・・・えー?べつに、それはどうでもいいんだけど・・・」
「!!?」
パンドラの言うことがどういうことか気づいたアレクが必死に私のご機嫌取りを始めるけれど・・・まぁ、気にしてないといえば嘘になる。でも、私は今のアレクは信じられると、そう決意したのだから、彼の想いを疑う気はない。けれど、パンドラが私に悪戯っぽくウィンクするから、ちょっとだけ意地悪を言ってみると、アレクは一瞬にして顔を青褪めさせた。・・・やりすぎちゃったかな?
「シェ・・・シェリル・・・」
「・・・でも、あれだけあそびまわっていたんですもの。それをふまえてきょうはちゃあんと、さいごまでわたしをエスコートしてくださいね?・・・わたしのおうじさま?」
「!!?も・・・もちろん!!あ・・・きにいたものがあったらなんでもいってね!」
僕がプレゼントする!と、先ほどの落ち込み具合が嘘のように笑ったアレクに、私も笑顔で頷いた。
愛らしい雑貨屋さんから服屋さん、気になる露天で美味しいクレープを食べて、本屋さんを覗いた後、やってきたのは大本命である人形専門店。
商業区でも高位貴族層が利用する区画に店を構えていて、入口の両サイドにあるガラス張りのディスプレイにはこの店自慢の人形が、愛らしい服装と高級感溢れる小物に囲まれポーズを決めている。
「わぁ・・・すてき・・・・・・」
「パンドラ。これらとはちがうんだよね?」
ディスプレイの中にある人形たちも、今にも動き出しそうなほど精巧に創られているように感じたアレクがそう問いかけると、パンドラはこくんと頷くと『うん。これはただのお人形。技術的には近いものがあるかもしれないけれど、根本的なものが違うから・・・ね。』と言い切った。。
『でも、この店から微かに魔導の気配を感じるから・・・もしかしたら、ここにあるかもしれない。』
勿論別の『旧時代の遺産』かもしれないけれど・・・と、不安そうな声で言ったパンドラだけど、その瞳は確信に満ちていた。そんな彼女を見て、アレクは「じゃあ、入ってみようか。」と微笑んで、店の扉を開いた。
からんからんと、呼び鈴替わりの、扉と連動した来客を知らせる鈴が鳴り響くと、店の奥から「いらっしゃいませ。」と低くて甘い声が響いてきた。
「おや、愛らしいお客人たちだ。・・・ようこそ、『アルカンジュの箱庭』へ。小さなお客人たちはどのような人形をお求めに?」
恭しくも演技がかった仕草で私たちを出迎えたのは20代後半くらいだろうか、年若い青年だった。
「こんにちは、にんぎょうしのクリム・ネージュさん。じつは・・・・・」
『あー!!!!!あった!!あったよ、ご主人様あぁぁぁぁぁ!!!!』
「!!?」
そんな青年の対応にアレクも穏やかに応じていたのだけれど、不意にパンドラの叫び声に遮られて、アレクはがっくりと肩を落とした。
「・・・君、大丈夫?」
「はい・・・すみません・・・だいじょうぶです。えっと・・・・・・」
青年に気遣われながら、ちらりと、パンドラが『これ、これだよ、ご主人様!!』とはしゃいでいる場所に視線を投げると、確かに、今にも動き出しそうな、年頃の少女のような人形が、綺麗なドレスを着せられ佇んでいた。
「あの、おにんぎょうって、うりものですか?」
そう言ってパンドラが触れている人形を指したアレクに、青年は困った表情を浮かべた。
「あー・・・あれは売り物じゃないっていうか・・・あれは普通の人形じゃないんだ。君たちのような幼い子達には到底扱えるものじゃないよ。」
「・・・どういうことですか?」
「・・・この人形はね、見た目に反してすっごぉぉぉく、重いんだ。」
肌触りは人間と変わらないけれど、この柔らかい肌の下には複雑な機械組織がぎゅっと詰まっている。恐らく旧時代に稼働していた自律式人形なんだと思うんだけれど、現代では動かすことはできないから、こうしてオブジェとして展示しているんだ。と、人形師の青年、クリム・ネージュさんは言った。
「人形師を生業にしている僕としては・・・いつか、この子を動かしてみたいとも思うんだけれど、構造が僕たちの知るものと全然違うから弄る事も出来なくてね・・・かと言ってそういう趣味の貴族さま方には渡したくないから店の奥に持って行きたくても、重すぎて動かせないんだよ。」
ゆっくりと移動してそっと、魔導人形に触れたクリムさんは「・・・・・・僕も困っているんだ。」と呟いた。
「・・・どうする、アレク?」
「・・・そうだねぇ・・・・・・ねぇ、クリムさん。」
「なんだい?」
「そのにんぎょう、ぼくがうごかせたら・・・いいねでうってくれませんか?」
「・・・は?や・・・僕の話聞いてたかい?君のような幼い子には・・・・・・」
「まぁまぁ、みててくださいよ。」
どうやって説得するの?と小声で訪ねた私に、アレクとパンドラは密かにアイコンタクトで連携を取っていたようで、にっこりと微笑んだアレクが魔導人形に近づくと、そっと、魔導人形の右手の甲に唇を寄せた。そしてちゅと、わざとらしく音を立てたと同時に、パンドラがすうっと、魔導人形の中へと入り込むのを、私は見ていた。
「!!?」
アレクの唇が魔導人形の手から離れると同時に、ぴくりと、その人形は震えた。そしてゆっくりと、その閉じられた瞳を開けていき・・・最初に、その綺麗なスカイブルーの瞳に姿を写したのは・・・・・・
『ご・・・ご主人様・・・・・・』
「・・・おはよう、『パンドラ』。気分はどうだい?」
『・・・・・・悪くはないです・・・けど・・・慣れないので体が重く感じます。』
いきなり動き出した人形と平然と、さも当然といった風で会話をするアレクを見て、クリムさんは「・・・嘘だろう?」と驚き、絶句していた。
「そう・・・きっと君のことだからすぐに慣れるよ。・・・・・・さて・・・・・・クリム・ネージュ。とりひきをしよう。」
「!!?」
混乱しているクリムさんの前に立ったアレクはぐいっとウィッグに手を伸ばし、本来の色を堂々と彼に見せつけた。
「あ・・・あなたは・・・・・・」
「『かのじょ』はぼくがもらいうける。・・・もちろん、きみのいいねでかいとらせてもらうよ。・・・そのかわり・・・パンドラ。きみなら魔導人形のレシピしってるんじゃないの?さいげんはできなくとも、そのぎじゅつをおうようしてあらたににんぎょうをうみだすこともかのうなんじゃないのかい?」
『それは・・・そこの人形師さんの腕次第、でしょうね。』
「だ、そうだよ。・・・どうする?」
にっこりと笑い問いかけるアレクだけど、そこには選択肢はない。(・・・あれ、アレクってこういう駆け引き、得意だったかしら?)
「・・・・・・・・・そ・・・そんなの、決まってるじゃないですか・・・・・・」
唖然とした表情のまま、呟くように、けれど彼の瞳は強く、貪欲に新しい技術を求めていて・・・・・・
「そう、じゃあこうしょうせいりつだ。」
アレクは満足そうに笑い、懐から、王族御用達を示すメダルを、クリムさんの手の中に落とした。
恋愛方面はヘタレでもやるときはきっちりやる子なんです。アレク王子は。けど、こんな五歳児は怖いですよね・・・