衝撃の出会い
それは、途轍もなく大きな機械仕掛けの大時計だった。大小の歯車が複雑に絡み合うそれは、しかし、今は動くこともなく、ただ佇んでいるだけ。それでもその存在感は圧倒的で、私は暫く目を見開いたまま、その大時計に魅入っていた。
「・・・けっきょく、いまのぼくのこうどうも・・・ただのじこまんぞくでしかないんだとおもう。それでも、ぼくは・・・『かのじょ』をつかってでも、ときを、もどしたかったんだ・・・」
「・・・『かのじょ』?」
「・・・そう。『かのじょ』のなまえは『|ぎゃくかいてんのおおとけい《パンドラ》』。パルティミア・イデアがうみだした、じんかくをもつ『きゅうじだいのいさん』なんだ。・・・・・・パンドラ。」
「!!?」
そう言ってアレクは声をかけると、一瞬、その『逆回転の大時計』の中心が光り、そこからすぅっと徐々に人のような形を型どり始め、やがて、それがしっかりとした少女の姿へと変化した。
『お呼びですか、ご主人様?』
幾何学模様のワンピースに動かない幾つかの時計をアクセサリーの様に巻きつけた、アレク曰くパンドラという名の少女は恭しくアレクの前に跪いた。そんな彼女の様子にアレクはほっと安堵の息を吐き「よかった・・・今日はちゃんと居たんだね。」と苦笑した。
「シェリルにきみのことをおしえておこうとおもって・・・ね。」
『・・・・・・うん。それはいいんだけど、でもさぁ、ご主人様?』
「うん?」
『ボクの姿が認識できるのって契約者たるご主人様だけなんだけどねぇ・・・』
「・・・え?」
『まぁ、シェリーフルールさまには『導の石版』があるからボクの事見えてるみたいだけど・・・ね。』
これでシェリーフルールさまが普通の人間だったら、ご主人様相当イタイ人認定されてたよ?と、愉しそうに目を細めた少女にアレクは、「え・・・?そこはパンドラが自在に操ってたんじゃないの??」と、あたふたと慌てていたけれど、そんなご主人様をさらりと無視して、私の方へと向き直ると、簡略式の挨拶をした。
『お初にお目にかかります。ボクは偉大なる魔導士パルティミア・イデアの遺作『逆回転の大時計』と申します。どうぞ、お見知りおきを。』
「ご・・・ごていねに・・・どうも?わたしは―――――――――」
『シェリーフルールさま、でしょ?こうしてお話するのは初めてだけど、ボクはキミの事、よぉ~く知ってるよ。』
ご主人様さえ知らないキミの事も、ね。
いつの間にか私の傍でそう呟いたパンドラに驚くと、彼女はにっこりと『だってボクの本質は『時計』だもん。今までの歴史が紡がれた『時間』が幾度となく過去へと戻ろうとも、その流れ自体は今も同一線上に流れ続けているからね。』と悪戯っぽく笑うと、ふわりと宙に浮かんだ。
「パンドラ?」
訝しげに問いかけるアレクに、パンドラは『やだなぁ~ゴアイサツしてただけだよ、ご主人様。』と苦笑すると再び私に視線を投げかけてきた。
『シェリーフルールさま。今のボクには本来の『逆回転の時計』としての能力は殆ど使えないけれど、それでもほんの僅かな能力でも、ご主人様とシェリーフルールさまが幸せになる為にならば惜しまず使うよ。だから、どうかご主人様の事、見捨てないでやってね?』
『逆回転の時計』と契約してでもキミとの関係をやり直したいと願った、ご主人様の気持ちを・・・どうか否定しないで。
言いたいことだけ言った後、パンドラは現れた時と同様にすぅっとその姿を消していった。残された私たちはただ呆然とその様子を見ていたのだけれど、不意にアレクの重い溜息が聞こえ、私もようやく意識を現実に戻した。
「・・・ごめん、シェリル・・・パンドラはなんというか・・・じゆうきままというか・・・ぼくでもあつかいきれないというか・・・」
「あー・・・うん。まぁ・・・『きゅうじだいのいさん』だし、わたしたちがりかいできるそんざいじゃないものね・・・。でも・・・すごいわね。じんかくをもつ『きゅうじだいのいさん』だなんて・・・」
「あぁ・・・パンドラいわく、『おかあさまのまどうぐのたいはんはじぶんのようなじんかくもち』らしいよ。」
「『かみにもひとしいとうたわれたまどうし』パルティミア・イデアがせいさくしているのよね・・・ありえなくはない・・・のかな・・・?」
『旧時代の遺産』ってやっぱり不思議だなぁと感心していると、不意に私の手にアレクの手が重なった。
「まぁ・・・あんなじゆうなせいかくしてるけど、もし、かこのきおくとかがげんいんでこまったことがおこったのなら・・・パンドラをよべばいいから。かのじょにどれほどのことができるのかは・・・わからないけれど、きっとちからになってくれるよ。」
僕からもお願いしておくから。穏やかな笑顔でそう呟いたアレクにドクンと鼓動が跳ねる。
前生では終ぞ見ることがなかった、それまでの生でも一番好ましく思っていた彼の笑顔に、自然と私の頬も緩む。
「・・・・・・うん。」
絆されちゃ駄目よ!?という『魂の記憶』の叫びを心の奥で聴きながらも、私は、今のアレクなら大丈夫なような気がする。だって、アレクは前生を悔いて、繰り返さないために、此処にいるのだもの。だったら私も・・・・・・そんな彼の意志を汲むべきだ。
「っ!!・・・と、とりあえず、もどろっか。ベルもまってるだろうし・・・・・・」
来た道を戻るよう誘導してくれるアレクの顔は何故か真っ赤で・・・それでもやっぱり一番好きな笑顔を向けてくれるから、私も、素直になれる。
「アレク。」
「ん?」
「パンドラにあわせてくれてありがとう。わたし・・・いまのアレクなら・・・しんじられるわ。」
「!!?」
「だから・・・パンドラもそうだけど・・・アレクも・・・わたしがもしこまってたら・・・たすけてね?」
「もちろん!やくそくするよ!!」
ぎゅっと、繋いだ手に力が加わって、アレクの温かい体温と一緒にその気持ちも流れ込んでくるようで気恥ずかしくなるけれど、それが嫌じゃなくて・・・・・・
隠し通路から出てアレクの部屋へと向かう私たちの様子を大人達が微笑ましそうに見ていた事にも気づかなかった。
ご主人様たちが宝物庫から出て行く光景を『逆回転の大時計』の中から見ていたボクは再び精神体を表に発現させた。そして宙を睨みながら、現状を分析する。
『導の石版』の記憶のどれとも一致しない歴史を歩み始めているのは、ボクが関わったことでご主人様の運命が変わったからなのか、それとも別の要因があるのか・・・・・・現時点では予測がつかない。けれど・・・・・・
『・・・『繰心の大風琴』・・・・・・お兄様が大いに関わってるのは間違いない。』
お母様が生み出した、最狂の人心兵器、『繰心の大風琴』は『逆回転の大時計』と同じく、物理的な意味でも簡単に動かすことはできない。その名の通り『大風琴』・・・つまりはパイプオルガンを本体とするお兄様の、正確な居場所はまだ掴めていないけれど、大体の検討はつく。
『【エスポワール聖教国】・・・・・大聖堂・・・・・・現代人にお兄様を扱えるとは思わないけれど・・・』
ご主人様の様に『奇跡』を引き起こすことができたのならば、あるいは・・・・・・
『・・・・・・そうなると、今のボクじゃあダメだ・・・・・・。何とかして『魔導人形』を手に入れないと・・・』
出来れば名のある魔導士の『魔導人形』で、何処も破損していない状態が好ましいのだけれど・・・と、宝物庫の中を見渡してみても、それらしきものは見当たらない。『逆回転の大時計』ですら宝物庫にぶち込まれてるのに、それ以外の魔導具がないってどういうことだとも思わなくもないけれど、まぁ、魔導具に対する現代人の価値観はそれぞれだから文句は言えない。(でもせめて一体ぐらいは王家が所有しててもいいと思うよ、ボクは!)
『・・・アルジャンテ王国内にあればいいけど・・・』
精神体として動けるボクだけど、行動範囲は実は思ったほど広くない。ご主人様に負担をかけない範囲で言えば王都から学園都市全域までで、ご主人様に(精神力的な意味で)頑張ってもらって、漸く王国内全域いけるかどうか怪しいレベルなのだ。・・・今はまだ幼いご主人様に無理をさせるわけにはいかないから、王都もしくは学園都市に『魔導人形』がある事を願いたい・・・。
『・・・・・・例えお兄様と敵対することになったとしても、ボクは・・・ボクの願いを叶えるよ。』
誰に宣言するでもなく呟いた言葉は、珍しく『逆回転の大時計』の時鐘を震わせ、重低音を響かせた。