平和なお茶会
短めです・・・。
テーブルを挟んで、上座には私とお母様が、下座にはお父様とアンドレアス叔父様に挟まれる形で、アルベール義理兄様とジルベールが不安な面持ちで椅子に腰掛けている。その周りではこの屋敷の侍女たちが給仕に勤しんでいて、私も、彼女たちから新しいお茶を淹れて貰いながら、目の前のお菓子に手を伸ばした。
「・・・・・・?」
受け皿に焼きたてのスコーンとフルーツジャムをたっぷりと乗せた所で、じぃっと、私の所作を見つめている少年たちに気づき、視線を彼らに向けると、二人は困ったような表情を浮かべながらお互いの顔を見合わせていた。・・・どうしたのかしら?お菓子、食べないのかしら??
「・・・どうぞ、えんりょなくめしあがってくださいな?」
「や・・・うん・・・主催者としての振る舞い方はそれであってるんだけどな、チビ姫?その前にやっとくことがあんだろ??」
「えっ!?わ・・・わたし、なにかまちがってた?」
意外な言葉に驚き、思わず手にしていたスコーンを受け皿に落としてしまった私に、呆れたような表情を浮かべながら苦笑したアンドレアス叔父様は「ほら、こいつ等に『お茶会』とかの作法も無ければ、そもそも何で此処に居るのかとか、名前とか・・・そういうのまず先に聞くべきだろう?大事だぜ?自己紹介。」と言葉を繋げた。
「まぁ、僕らがそういう話題の振り方をすべきだったんだけどね。・・・シェリル、ちょっとだけスコーン、我慢できるかな?」
「う・・・・・・うん・・・・・・がんばる・・・・。」
言われてみれば、確かに、こういう席ではまずお互い名乗り合うのが作法ではあるのだが、それは貴族社会に於ける独特な作法であって、国外の、しかも爵位を持たない彼らには普通に目の前にあるものを楽しんでもらえればと思っていた・・・なんて言っても、言い訳にしかならないわね。ここは素直にお父様たちの言うことを聞いておく。・・・・・・それでも視線がどうしてもスコーンに向かってしまうのは許して欲しい。(だって、焼きたてのスコーンが一番美味しいのだもの。)
「では・・・改めて、紹介しよう。彼らは僕の友人のお子さんで、アルベールくんと、ジルベールくんだ。・・・二人共、ご挨拶、出来るかな?」
「はい・・・・・・はじめまして、アルベール・ドラグランジュと申します。そしてこちらが弟のジルベールです。・・・ジル、自分の名前、言えるよね?」
「・・・うん・・・・・・ジルベール・ドラグランジュ・・・です。」
「諸事情があってね、我が家で彼らを預かることになったんだ。」
お父様に促され、アルベール義理兄様は戸惑いながらもしっかりと、そしてジルベールは幼いからだろう、人見知りと警戒心を滲ませながら、拙くも、そこが微笑ましいと言えるような挨拶をした。そんな彼らにお父様は良くできましたというような笑顔を浮かべながら私とお母様に視線を投げてきた。
「そう・・・・・・。貴方がそうと決めたのならば私に異論はありませんわね。・・・では、ようこそ、小さな友人たち。私はエリザベート・ロアナ・ドゥ・リヴィエールと申します。・・・我が家に居る間は心安らかにお過ごしくださいね。」
にっこりと、微笑んだお母様のその迫力は耐性がなければ恐ろしく思えるものなのだけれど、意外にアルベール義理兄様には好ましく映っているようである。逆にジルベールには未知のモノとして映っているようで、必死にお母様の笑顔から逃れようとアルベール義理兄様の背に隠れようとしている。成長して物怖じせず真っ直ぐ突き進む強さを持つ彼を知っている私としては、どこをどうしたら此処から其処まで成長できたのだと、疑問を抱かずにはいられないけれど、まぁ、幼い頃は大体こういう反応が普通なのでしょうね。・・・私やアレクが特殊すぎるというだけで・・・。
「シェリーフルール・ドゥ・リヴィエールですわ。シェリル、と、よんでくださいね。それから・・・やきたてのスコーン、すごくおいしいの!フルーツジャムをたっぷりぬってたべるのがおすすめですわ!」
王城で王様達にしてみせた正式な自己紹介ではなく、簡略式のものを口にしたあと、お預け中のスコーンを手に取りぱくりと、頬張ってみせた。・・・公爵令嬢としては失格な行為ではあるけれど、食べ盛りで成長中な子供達には必要な栄養源で、彼らも、私がおすすめするのだし、平気で食べているのだからと、種類豊富なお菓子達に手を伸ばした。
「・・・!!おいし・・・・・・」
「でしょう?たくさんたべてね。」
おずおずと、私のおすすめしたスコーンを頬張り、先程までの警戒心はどうしたと言わんばかりの、きらきらと、空気を軽くしていくジルベールに微笑めば、彼も嬉しそうにこくんと頷くと、次々とお菓子を消化していく。アルベール義理兄様は遠慮がちではあるものの、きちんと、お茶に合わせて食べれる分だけを受け皿に取り、ゆっくりと味わって食べているようだ。
「・・・アンドレアスおじさまはすこし、えんりょなさったほうがいいんじゃないかしら?」
そんな私たちに我関せずと、お菓子を摘んでいた叔父様に嫌味を言えば「いーじゃん。どうせ追加で用意させてんだろ?」と遠慮の『え』の字もなさそうだ。
「ま、正直な話、俺の役目はガキ共連れてきた時点で終わってるからな。・・・や、チビ姫?『用事が終わったんならさっさと帰れ』って目、やめてくんない?俺、一応客人・・・・・・あーはいはい、俺が悪かったって。」
早くも最後の一個となっていたスコーンを死守すると、不意に叔父様が「チビ姫、ちょっと変わったな。」と呟いた。
「え?」
「や、前会った時から大分時間経ってるし、元々女ってのはおしゃべりっつーか、成長が早いっつーか・・・もっと無邪気に振舞う印象だったっていうか・・・・・・まぁ、兄上と義理姉上が育ててるんだから、いつまでも無邪気なままっつーのはないんだろうけど・・・・・・」
何処か腑に落ちなさそうな表情で私を見つめてくる叔父様はやはり、侮れない。
「・・・・・・ママ、おじさまにおいしゃさましょうかいしてあげたら?なんか、へんだよ?」
「・・・そうねぇ・・・アンドレアスも、そろそろ海賊の真似事をやめてちゃんと領主としての仕事して欲しいものねぇ・・・」
「ちょ・・・チビ姫!!義理姉上も!俺、そういうの向いてないの知ってるだろ!?」
これ以上叔父様に詮索されないよう、敢えて違う方向の話題を振れば、面白いように慌て出す叔父様とそれを面白がるお母様がいた。・・・まぁ、なんだかんだと叔父様の好きにさせてるお父様もお母様も、彼のその性質を良く理解しているのだろう。実力行使だけはしていないのだから。
「・・・それはそうと、アンドレアス。今日は停まっていくでしょう?いつもの部屋でいいわね?」
「んー、できればチビ共と一緒の部屋がいいかな。まだこいつ等だけってのはいろいろ・・・な。」
叔父様にも思う所はあるのだろう、そう提案すると、お母様は少し考えた様子を見せ、シュヴァリエ達に「いつもの部屋に客間の寝台を移動させて・・・」と指示を出した。その言葉に、アルベール義理兄様もジルベールも、何処かほっとしたような表情を浮かべた。・・・・・・あれ?
「いつのまに、おふたりとなかよくなったのです?」
「ん?仲良くっつーか・・・まぁ、ここに来るまでいろいろあってな。・・・保護したからにはちゃんと面倒は見てやんなきゃだろ?・・・とは言え、俺もそう長く滞在できねぇんだけど。」
せめてここでの生活に慣れるまではなぁ・・・と目を細め、わしわしと、ジルベールの頭を撫でた叔父様に、お母様の呆れと様な溜息が響き渡る。
「・・・アンドレアス・・・・・貴方いい加減、いい女性、見つけなさいな。」
「それが、なかなか難しいんだって。」
「・・・・・・私は貴方が人攫いにならないか心配です。」
「なるかよ!!」
海の漢を自負する叔父様は見た目とは裏腹に子供好きなのである。
どうなることやらと思ったお茶会も、始まってみれば何かが起こるわけでもなく、この晴れ渡った空と同じくらい平穏で・・・
「ふわぁ・・・ロイ、ブランケットもってきて。みんなでおひるねしましょう。」
お腹が満たされれば眠くなる。既に船を漕ぎ始めているジルベールはアルベール義理兄様にお任せして、私は二人を誘い、庭で一番大きな樹の下のお昼寝に最適な場所へと案内した。