突然の訪問者
―――――その人物達は何の前触れもなく、やってきた。
「よぉう、チビ共!!元気してたかー!?」
私が王城から学園都市の屋敷に戻って7日目の晴れ渡った昼下がり。暖かな日差しに誘われて、ロイやクロエと一緒に庭でささやかなティーパーティを楽しんでいた時に、突如として響いてきた、そんな不遜な声。その正体は・・・
「!!?え・・・アンドレアスおじさま??」
「・・・・・・チビ姫、正解だけど、何時も言ってるだろ?俺のことは『アンディ』って呼べって。それから、『叔父様』言うな。お兄様と・・・」
「ロイ、パパとママ、いそいでよんできて。クロエはロレーヌママに『おきゃくさまきたよ』ってつたえてくれる?」
「はい、おじょーさま。」
「うん。クロエ、ママにつたえてくる!!」
「あー・・・うん、チビ共、少しはおにーさんの話聞こうな?」
がっくりと項垂れるアンドレアス叔父様を無視して、私はクロイゼル兄妹に指示を出す。そして二人が去った後もぶつぶつと「あれ、チビ姫ってこんなにしっかりしてたっけか?もっと俺に抱きついてきたり喜びを全身で表現してくれてた気がするんだけど・・・」と首を傾げているが、それもまるっと無視する。・・・そもそも、私には『シェリーフルール』って言う素敵な名前があるのに、彼は私を何時も『チビ姫』と呼ぶのが気に食わない。・・・まぁ、『魂の記憶』を受け入れる前の無邪気な私なら確かにそうしたのだろうけれど、今の私ではそんなこと到底できやしない。
とは言え、アンドレアス叔父様の来訪は彼の気分次第であったり、彼がお父様から統治を任されている港町・リヴァージュで厄介事が舞い込んできた時など、常に予測出来ないのだけれど、この時期の来訪は、『魂の記憶』の情報を以てしても初めての事である。
・・・話を進める前にまずはアンドレアス叔父様の事を紹介しましょう。
彼の本名はアンドレアス・ドゥ・リヴィエール。お父様の実弟で、リヴィエール公爵家に連なる者ではあるのだが、彼自身、貴族社会には全く興味がなく(ある意味リヴィエールの血を色濃く受け継いでいると言えるだろう、私の目から見てもかなりの自由人なのだ。)、お父様の公爵位継承と同時に子爵位を賜ったものの、まるでそれをないものとして自由奔放に過ごしていた。けれど、アルジャンテ王国内の公爵家の領地が飛び地であり、お父様一人で管理するのが難しいと言う理由で無理やり貴族としての仕事を与え、彼も渋々リヴァージュを治めているのだが・・・叔父様曰く『名ばかりの領主』なのだそうだ。
では、普段彼が何をして過ごしているかというと、リヴァージュの港から領海内までを縄張りとする『海賊』行為である。海賊、と言っても『普通の』貿易船を襲うことはなく、彼の直感で『怪しい』と感じた船だけを獲物と定め、襲うので、『ちょっと荒々しい海軍』と言う認識の方が強いかもしれない。(まぁ、本家の海軍は爵位を継げない貴族の次男以下の男子が主体なので、当然真面目に訓練し不測の事態に対応できるよう己を鍛え上げるような人物は極稀で、大半は『一応仕事をしてまーす』と言わんばかりに町の巡回をしたり、酒場に入り浸っていたりと、碌でもない組織なのだけれど。)
「・・・・・・それで?アンドレアスおじさまがうちにくるなんて・・・よほどのことがおこったんでしょう?」
ちょっと冷めてしまった紅茶を飲み干して問えば、叔父さまは苦笑しながら「や・・・うん・・・チビ姫、俺、まだ叔父様ってほどの年齢じゃないし、地味に傷つくからやめような?」とボヤきながらも、お父様と同じ緋色の瞳は何処か愉しそうに輝いていた。
「いや、つい先日、海で珍しいモノを拾ってな?・・・折角だから兄上にも見せてやろうと思ってさ。」
「うみで・・・・・・ほかのたいりくのものとかですか?」
「さぁて、どうだったかなぁ?」
私の問いかけをさらりと躱す叔父様の様子から、その答えははずれなんだろうと察する。・・・何だろう・・・凄く嫌な予感がするんだけれど・・・・・・・。
「おじさまがうかれるほどのもの、なのでしょう?・・・うーん・・・めずらしいうみのいきもの?」
「おう、深海魚とかはすっげぇ、興奮するな!でも今回のは全然違うな。」
「えー?じゃあ・・・・・・ながれついたどこかのくにのひほう、とか??」
「それもロマンがあっていいなぁ・・・。ま、そういうのには俺も未だにお目にかかったことはねぇな。」
「むぅ・・・・・・さっぱりわかりませんわ。」
全く見当が付かなくて、思わずむっとした表情を浮かべると、アンドレアス叔父様は「チビ姫は可愛いなぁ。」と目を細めながら私の頭をがしがしと撫でた。
「そんな考え込むなって、チビ姫。・・・皆が揃ったらちゃんとお披露目したやっからさ?」
「だってきになるんですもの。」
「そうだなぁ・・・・・・まぁ、海での拾い物なんだが、俺にとってはその『船』が珍しくて、それに付属する『乗船者』に関しては兄上の管轄って所だな。」
「・・・・・・・・・?さっぱりわかりませんわ。」
「まぁ、チビ姫にはまだ理解できねぇだろうさ。」
同じ発音でも、そこにある意味は全然違ってたりするしなぁ。ま、チビ姫もリヴィエールの血を引いてるんだ。遅かれ早かれそこを見抜く感覚を開花させるさ。と、笑う叔父様に、私は首を傾げ、解らないふりをしながらも考える。
(叔父様が珍しがるものとお父様に見せたいものは一緒ではない・・・と、言うことなのよね?海で拾い物・・・お父様の管轄・・・・・・・・・他国からの難民?でも、叔父様が興味を引くようなものがそこにあるのかしら?)
海を渡った大陸の造船技術はそれほど高度なものなのかしらと、私なりに考えていると、不意に周囲が騒がしくなってきた。
「アンドレアス!」
「よぅ、兄上!久しぶりっ!!」
叔父様を見つけ直ぐに駆け寄ってきたお父様に、叔父様は軽く挨拶をするが、お父様のあの表情は・・・うん・・・叔父様、しっかり叱られるといいと思うよ。
「お前はまた急にやってきてっ!少しはこちらの予定も考えて・・・」
「あーはいはい、そりゃ悪ぅーございました。てか、一々兄上達の予定聞いて云々とか時間ばかりかかって効率悪いだろ?んな面倒な事やってられねぇって。」
なぁ、チビ姫?と、私に話を振ってくる叔父様だけれど、私はあえて知らん顔をする。・・・言い分は解る気はするけれど、誰しもが叔父様のような自由人ではないということをもっとよく理解するべきだと思う。・・・とは言え、その辺りの事はアンドレアス叔父様だって重々承知していると思うので、恐らく、お父様の反応を見て楽しんでいるだけなのだろう。・・・年上だろうと平気で揶揄える叔父様のその度胸というか好奇心は、見習いたくはないけれど、ちょっとだけ尊敬に値する。
未だに軽口を言い合う(お父様に関しては割と本気で怒っているようだけれど)二人に、いつの間にか傍に来ていたお母様が、ロレーヌ達に新しいお茶とお菓子の用意の手配するよう指示を出し、「相変わらず仲が良いわねぇ。」と微笑んでいた。
「ママ、とめなくていいの?」
「えぇ。・・・止めに行ってこちらに飛び火するのは避けたいですからね。それに、『喧嘩するほど仲が良い』と言うでしょう?だから、放っておいても大丈夫よ。」
あれであの子なりにエドに甘えてるつもりなのよ。と目を細めたお母様は、そっと私の頭を撫でた。
「・・・で?今日はどういう用件で来たんだ?」
程なくして、先に折れたお父様がそう切り出すと、アンドレアス叔父様も「あぁ、そうだった。」と軽口を止めると、ニヤリと笑った。
「さっきチビ姫にも言ったんだけどさ?先日、海で拾い物をしたんだよ。」
「・・・拾い物?」
「・・・・・・そう。現代では失われたはずの、自動操縦の小型船。」
「!!?」
「しかも乗っていたのは小姫やチビ姫位の男児二人。・・・幾ら王国の領海内とは言え俺以外にも海賊を生業にしてる奴なんて腐る程いるからな。・・・慌てて保護したってわけさ。」
そう言ってアンドレアス叔父様はずっと後ろで控えていた彼の部下に合図を出すと、再びお父様に向き直り、胸元から封筒を取り出した。
「まぁ、詳しい事情はガキ共と手紙を。」
「・・・・・・。」
手渡された封筒を直ぐに開封し、読み始めたお父様は程なくして「・・・・・・・・・なるほど。」と呟いた。
「・・・・・・・・・確かに、お前の判断は正解だな、アンドレアス。」
「だろ!?」
「あぁ・・・全く褒められたものではないけどな。・・・・・・さて・・・・・・」
丁寧に手紙を封筒に戻したお父様は、庭に戻ってきた叔父様の部下の方へと視線を投げた。
「ようこそ、リヴィエール家へ。長旅、ご苦労だったね。こっちのガラの悪いおじさんに酷いことはされなかったかい?」
そう問いかけたお父様に叔父様が「するかよ!!」と噛み付くが、私がいる方からでは、その様子を見ることはできない。(体格のいい叔父様と比べるとお父様は小柄な方だと言えるのだが、それでも立派な成人男性だ。二人並べば充分分厚い壁になる。)
お母様と顔を見合わせながら様子を見守っていると、不意に壁が開けた。
「さぁ、こっちにおいで。・・・・・・エリザ、シェリル。彼らもお茶会に招待してもいいかな?」
「・・・・・・勿論ですわ。ロレーヌ。小さなお客様が二人、いらっしゃったわ。カップの追加を。」
「畏まりました。」
大人たちが対応する中、私の視線はその『小さなお客様』に釘付けになった。
・・・・・・本来出会う年齢よりも遥かに幼いけれど、面影は確かにあって・・・・・・
『シェリル!どうして出来損ない王子を庇うんだよ!?』
『なんでっ!!アイツの婚約者なんだよ・・・・・・・』
『まだ間に合う!!俺は・・・・・・お前を殺したくないんだっ!!』
『・・・・・・リヴィエール公爵家も腐敗したアルジャンテ王国の貴族だから・・・・・・最後の娘であるシェリーフルールも・・・・・・・・・・・・愚かな王と共に逝けっ!!!!』
「・・・っ!!」
「シェリル?」
「・・・・・・へい・・・き、だいじょうぶよ、ママ・・・」
蘇ってくる、『彼』が関わる記憶に再びずきりと頭が痛んだけれど、アレクの時ほど酷くはない。・・・でも、アレクの時は直前の生の記憶だから衝撃が強かっただけで、記憶の『残酷さ』は『彼』の方が勝っているのよね・・・
急に顔色を悪くした私を心配そうに覗き込むお母様に、「大丈夫」と微笑むと、私は再び彼らの方へと視線を投げた。
「・・・・・・ようこそ、シェリーフルールのティーパーティへ。おきゃくさまがた、どうぞ、おかけになってくださいませ。」
過去12回の記憶が全く意味をなさない、予測不能のお茶会の始まりである。