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柚雲  作者: 琴哉
11/16

第11話

『逃亡』

『は!?』

 

 綺麗な回れ右をして、すぐ後ろにある扉を開けて飛び出していく。

 後ろから怒鳴るバルトだが、いきなり飛び出てくるとは思わなかったのだろう護衛が、体をびくつかせ、一足遅く美弦の後ろを追いかけてくる。

 部屋を出ると、見知らぬ人たちが慌ただしくあちらこちらへと早足で駆けていく。邪魔にならないよう、壁沿いを注意深く走る。護衛やバルトも周りを邪魔するわけにもいかないのか、人をうまく避けながらついて来る。

 魔法を使えばすぐに捕まえられるはずなのだが、それをしないのは美弦に怪我をさせないためだろう。

 この逃亡の仕方は、ただ思いついたわけではなく、本当に日記に書かれていた逃亡の仕方だった。

 昔のリベラルは、美弦のように自由に歩き回ることを許されてはいなかった。だからと言って、縛り付けるような拘束は受けていなかったようで、部屋の中だけは自由に生活ができていたようだった。しかし、あまりにも退屈な状況に、大人しくしていた信用もあってか、扉に近づいてもあまり咎められたりはしなかった。それを利用し、自らの本当の世界である儀式を試したいと嘘をつき、人の移動を行ったとのことだった。 

 しかし、日記のリベラルは逃亡に失敗。失敗の理由は、扉には内側からも外側からも、鍵がなければ開かない作りになっていたことに気付かず、扉を開けられずに恥をかいてしまった。というある日の日記だったのだ。

 行き慣れた庭へとつくと、そこはいつもの状況とは変わっていた。

 血まみれになっている兵士が、万遍なく座っていたり、横になっていたりしていた。その周りには、救護の人たちが数人治療を行っている。その中にヴェイの姿がある。中でも一番重症だろう人を、ヴェイの近くにつけていた。

 その姿に身体を固めてしまい、後ろから力強い力で肩を掴まれる。


「戻るぞ」

 

 この場から離れさせるつもりか、グイッと押しては元来た道を戻るように押し出される。しかし近くにあった柱に捕まり、それを阻止する様にすると、バルトが怒鳴るが美弦の耳に、バルトの声は騒音にしか聞こえていなかった。

 視界に入っているのは、ヘルガの使い過ぎか、額や頬に汗を流している救護班。特にヴェイの顔色が悪い。それでも、周りに指示を与え続けている。


「…なぁバルト」

「話なら部屋に戻ってからだ」

「俺のヘルガを使えば、治癒を早めたりはできないのか」


 ようやく顔をバルトのほうへと向け、思ったことをそのまま口にするが、バルトの反応は無表情だが冷たいものだった。


「無理だ」

「出来るんだな」

 

 視線を合わせないようにするバルトを見つめる。言い切る美弦に、バルトは視線を落とす。

 リベラルの力を使えるのは決められている。バルトも最初は使ったものの、それっきりであり、城に入ってからはリヘンサの決まりに従っているようにも見えた。


「許されてる人が決められているのなんて、俺には知ったこっちゃない。ここで治療してる皆に俺の力を使ってほしいと思ってるけど、それがダメならせめて、せめてヴェイだけでも」


 自分には何もできないものだと思った。だから悔しくて部屋から逃げ出してみたが、そこから現れた現実は、とても残酷な状態だった。

 何もできないとわかってはいても、少しだけでも居てくれてよかったと。ただ飯をいやいや食べている一人の子供ではなかったと、どこかで思ってほしいと感じた。

 争いが世界のため、自国のためなのだとしても、どうしてもそこには元凶である美弦の存在が出てきていた。目前の目的は、リベラルの存在。

 運よく最初に見つけたのはリヘンサと言う国。その国はもともと争いに使用するつもりはなかった。と言ってくれるのであれば、争いにではなく、人のために自らの力を使うことは、待遇をよくしてくれるという恩返しには軽すぎる物だった。

 口を閉じたままのバルトに、意見を曲げるつもりが無い旨を視線に交えて見つめ続ける。


「もともとはヘルガを渡す代わりに、ここでの待遇をよくしてもらってるんだ。間違ったことは言ってない」


 もう一度訴えるように口を開くと、様子を窺うかのように、バルトは落としていた視線を美弦へと戻した。その表情は、困りきってしまい、ほぼ諦めが見えている状態にも感じられる。

 二回ほど瞬きをして、ため息を吐いて少し俯き加減になる。


「実際、良し悪しを決めるのは俺じゃない。ただ、この中庭から出るな。それを約束しろ」

「うん。わかった! この中庭を出るときはバルトに声をかける」


 笑える状況ではないのはわかっているが、それでも許しをもらえたことが純粋にうれしかった。口元が上がり、中庭のほうへと視線を向ける。

 向けた瞬間に、その緩んだ口元は必然的に引き締めざるを得ない状況だった。

 躊躇いで止まってしまいそうになる足を無理やり動かし、ヴェイを探して小走りに邪魔にならないよう隙間をくぐっていく。

 指示を仰がれ、それに答えながらも手元の患者の治療は怠らない。そんなヴェイの隣に、タイミングを見計らい、しゃがんで声をかける。

 なぜここにいると言いたげな目を向けてきたが、すぐに視線を患者へと戻した。


「お戻りください」

「わかってる。俺に治療の知識はない。でも、ヴェイがそんなに顔色が悪いには、ヘルガ…の使い過ぎなんだろう」

 

 否定も肯定もせずに、ただ口を閉じている。それを頭の中で、肯定されているものだと勝手に変換する。


「俺の力を使うことはできるんだろう」

「ダメだ」

 

 つまり出来るけど、してはいけない。

 冷たく張りつめた空気に耐えられなさそうになるのを我慢し、ゆっくりと手を伸ばしてヴェイの腕に触れる。

 振り払われたらすぐに外れてしまうくらい、緩く優しく。ただ触れるだけのように。


「今の私に触れないでください」

 

 何かを我慢する様に言うヴェイ。何を我慢しているのかはわからないが、それでも手を離してはいけない気がした。

 メガネの奥にひっそりと見える真剣な瞳。その近くにあるこめかみ付近に、一つの汗が垂れるのが見える。


「お願いヴェイ。ただの役立たずで終わりたくないんだ」

「……」


 声を荒げず、ただ淡々と説得するような口調で。

 しかし、ヴェイは何も言わずに治療に専念しつつも、レンズの向こうの真剣な瞳には、少しだけ迷いを見せるように、一点を見つめずに微かに、左右へ目を走らせてるようにも見える。

 一度瞼を落として、ようやくヴェイは視線だけを美弦に向ける。


「すこしでも疲れたり、体調に不調を感じたら、すぐにバルトのところへお戻りください」

「約束する」

 

 疑うような視線を見せるヴェイに、外さずに見つめ続ける瞳で微かに首を縦に振った。

 ため息をついて視線を患者に戻す。手元の患者の状態が、すこしでもよくなれば違う治療班にその患者を渡し、次の重症患者に手を伸ばす。それでもどうしても、治癒に手を伸ばす人の数が足りていない。

 少しでも魔法なり、治療に知識があれば。そう思い、噛み締める顎に力が入ってしまう。目の前に困っている人が居ても、何もできないちっぽけな人間を、いろいろな国が欲しがっている。

 必要とされているのは、この身体に流れているだろうヘルガだけ。子供のように拗ねてしまう心を捨てるように、誰にも気づかれない程度に首を横に振る。

 ヴェイの様子を視界の端で観察すると、先ほどまでのひどい顔色は、少し良くなっているようではあった。手元の患者も、先ほどよりもスピードを上げて捌いているのが、素人目にしても分かるくらい違いがあった。

 使われているはずのヘルガ。本当に使われているのかどうか、その感覚が感じ取れない美弦にとって、本当に価値があるのだろうかと疑問になってくる。

 先ほどまでほぼ無風だったはずが、時間がたつにつれて、徐々に冷たい風が体にあたる。首筋が嫌に冷えて気付いたのが、時間が経つにつれ、じんわりと汗をかいていた。

 ただヴェイの隣に座って、腕に触れているだけだというのにあらわれる汗を、冷たい風が冷やし、身体全体に寒気を呼ぶ。

 空いている方の手で首に触れると、他にも汗を掻いており、手のひらをじっとりと濡らした。

 気づかれないようにそれを太ももの服で拭い、顔を上げて空を見上げる。

 日光は傾き、少しだけ濃い灰色の雲が、空に現れ始めた。

 そんな時、中庭に面した廊下に大勢の人たちが、足早に通り過ぎていく。微かに見覚えのある人たちが数人いる。どこで会ったのかと記憶を蘇らせると、最初のほうに治療した数人の顔ぶれだった。


(もう、あんなに歩けるのか)


 そう感じるとともに、なんだか嫌な予感がした。

 治癒しているときよりも、装備が重く感じられた。新たに争いに行く人のように、重装をして消えていく。


「まさか、すぐに争いに…?」

「そのための治癒です」

 

 塀が消えて行った方向に視線を向けたままつい口にしてしまうと、隣にいたヴェイが冷たくそう言い放つ。

 治療されている患者も、汗をたくさん流し辛そうにしているというのに、口元を少し上げ、それが仕事だと口にした。その言葉に呆然としてしまう。

 終わりがあるのだろうか。


「敵も…同じ?」

「戦力は多い方が良い。だから、死ぬな。治療に手を貸してるリベラルのためにも」

 

 美弦に言っているのかと思えば、今治療している患者相手に言葉を出した。

 ヴェイの性格を熟知しているのか、患者は先ほどのように口元を上げて、わかってますと口にした。

 今の言葉は優しさなのか、厳しさなのか。どの感情にあたる言葉なのか見当たらなく、驚いた表情のままヴェイを見つめる。それに気づいていながらも、ヴェイは決してその答えは口にしてくれなかった。



 治癒は、どれだけ時間をかけても、次から次へと負傷者が運ばれてきていた。しかし、それに手を休むことが許されないのは、治療班皆変わらない事だった。

 気づけば辺りは暗くなり、厚い雲が空を完全に覆ってしまったため、冷えた風が人の肌を駆け巡る。

 疲れることはないだろうと思っていた身体も、隠しきれないほどの汗が流れ出ており、そのことにはヴェイも、遠くで見守っているバルトも気づいている様子ではあった。

 気にするように、何度もヴェイはもうやめるように口を開きかけたこともあったが、その都度大丈夫と言うように、強いまなざしで首を横に振っていた。

 今も、気を使ってヴェイが視線を送ってきた。同じように首を横に振ろうとしたが、それすらもうまくいかずに視線を落としてしまう。


「リベラル。約束だ」

「……。少し休んだら、また」

 

 最初に交わした約束を守るため、掴んでいた手を躊躇いながらも緩めていく。

 ゆっくり立ち上がり、歩こうとする美弦に、見守っていたはずのバルトが手を貸すように、腕と肩を掴んで補助してくる。

 どうやらあまり足に力が入ってい無いようで、その補助なしではまともに歩くことすらもできないくらい、疲れ切っていた。

 中庭から出ると、バルトに担がれ自室へと戻される。

 寝台に座らされ、靴を丁寧に脱がされ横にされる。介護してくれるように、バルトは優しい手つきで布団をかける。


「なぁ、ちゃんとヘルガ…渡せてたのかな」

「こんなに疲れ切って、何もしていないと思っているなら、ただのバカだろう」


 汗でべとついた額に触れ、前髪をそっと目から避ける。


「ただ、渡してるだけだったのに、使ってるヴェイよりも先にダウンしちゃうなんて…俺、本当に馬鹿だよな」

「あぁ、バカだな。リベラルがヘルガを与えるおかげで、ヴェイのヘルガが徐々にだが回復しているんだ。そうやって、リベラルが離脱した後の調整をヴェイでしてるってことにも気づかないなんて、ほんとバカだ」


 ただバカにするような口調と言うよりも、何だかうれしそうな口調と表情に、どういうことなのかと首をかしげてしまう。

 感情に気付いたのか、バルトは楽しそうに口元を上げる。


「魔法を使えないからわからないのはわかってる。ヴェイも。ここまで大量に使用されるのが、初めてだっていうのも分かってる。ただ、俺らはヘルガが尽きるときの疲労を知っているから、今のお前の辛さはわかっているつもりなんだ」

 

 だから休めと、乱暴に頭を撫でて寝台から離れ、天蓋の布を整えていく。

 部屋から出るつもりは無いようで、明かりを消しつつも、微かにバルトの気配を近くに感じているのは、心地悪いものではなかった。



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