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第一章:芽生え

物語は、唐で展開しますが、設定・登場人物共に空海以外は、全て空想のものです。西方の人々の名前も分かりやすく現代っぽい名前にしてしまいました。詳しい方は、気になるかと思いますが、ファンタジーとして書いているので、ご勘弁ください。唐代に使われていた表現などは、徐々に勉強しながら使用します。不勉強で申し訳ありません。時々、手直しを加えると思いますが、気にせず読んでください。

昨日までの嵐が嘘のような穏やかな凪の海と雲ひとつない空は一つに溶け合い、見渡す限りの澄み切った青の世界が広がっていた。


優しい追い風が吹き、紺碧の中ポツリと浮かぶ船をユルユルと押し進めた。


船の船頭には、十二、三程の少年が身を乗り出していた。


少年は好奇心いっぱいな瞳を大きく見開き、視界に入るもの全てを見逃さないかのように息を詰めていた。


利休色(りきゅういろ:黒ずんだ緑色)の僧衣を身にまとっており、長い船旅で伸び放題になっている髪の毛を細い紅の糸で頭の後ろで結っている。


少年の細い体は船が揺れるたびに、上へ下へ右へ左へと揺れる。


この船に乗る殆どの者が苦しんでいる船酔いを引き起こす船の揺れも少年にとっては、新しい世界へと少年を誘う《いざなう》心躍る振動にしか過ぎなかった。



千太せんた、朝餉の時間だよ。』


朝の静寂の中、凛と響く柔らかな声に千太と呼ばれた少年は、振り返った。


千太の後ろには、一人の僧が立っていた。


青年といってもいい程年若く、涼やかな目元と整った顔立ちはどことなく千太に似ており、彼が千太の兄であることを示していた。


彼の名前は、空海といえば分かるだろうか。


弘法大師空海。まだ、命一つで大陸にたどり着けるさえ知れなかった時代に唐に渡ったばかりではなく、密教という新しい仏教を日本に持ち帰った偉人である。


しかしそれはもう少し先の話であって、今の彼は大海原に浮かぶ小さな船に乗ったまだ明日をも知れないただ一介の唐への留学僧に過ぎない。


『はい、今行きます。それにしても空海兄さん、昨日の嵐といい今日の穏やかな凪といい、世界はなんとも広いものですね。わたくしなんか、ほんの豆粒のような存在でしかないじゃありませんか。』


船頭に取り付けられた台から自分より頭二つ分背の高い兄に抱きつくように飛び降りた少年は、兄の腕に手を絡ませると呟いた。


『ああ、そうだな。千太。しかし、それゆえ面白いのではないか。わたしという豆粒がどれだけの旨味を含んでいるのか、知りたくはないか?』


空海はまだ、幼さが抜けきらない弟の頭を撫でながら、優しく言った。


『旨味ですか?わたくしには、よく分かりません。空海兄さんは、時々難しいことおっしゃいますね。』


狭い眉間にわずかな皺を寄せ、千太は兄を見上げた。千太は兄の空海を心から尊敬していた。


五つの時に山林修行で実家に寄った兄に初めて会った時、千太はなぜだか空海が家の裏にある寺の仏様よりずっと輝いて見えた。


それはもちろん、頭がツルリと剃られていたからではなく、生命力といったらよいのだろうか、そんな光が兄の体中にユラユラと溢れ出ていたからであった。


千太は幼い時から、山を駈けずり回っており、一人で何日も山に篭って、兎やら熊やらと共に月の下に寝そべったこともあって、そういった不思議な力が見えるようになっていた。


そんな千太を両親は気味悪がったが、初めて会ったばかりの年の離れた兄は、カラカラと笑って、熱心に千太の話を聞いてくれた。


三ヶ月前に倭国を出ると挨拶に来た空海と顔を合わせた時にはもう千太には迷いはなかった。


後生だから自分も連れて行ってくれと泣きついて、今に至るわけである。


『はは、難しいか。しかし、千太。お前は昨日の嵐が怖くないのか?今日は、皆恐れおののいて、伏せかえっているぞ。』


『なんのこれきし。お天道様のご機嫌が少々悪かっただけの話じゃありませんか。母さんの怒りを買う方がよっぽど怖いですよ。』


少年は徐々に上がる気温と照りつける日差しのせいで、頬を紅く染めながら空を仰いだ。


『機嫌か。では、今日はご機嫌かな?』


空海は少々風変わりの弟を見下ろしながら、上衣を脱いだ。


『今はご機嫌ですよ。じきに愚図り始めると思いますが。』


千太は兄によく似た端正な顔を崩さず、あっさりと恐ろしいことを言い放った。


『空海兄さん、朝餉の前に祈祷の準備をした方がいいじゃないですか?』


幼い頃から山に親しんでいるためか自然の理に対する勘が異常に鋭い千太の発言に空海は眉をひそめると、仲間の僧たちを呼びにいった。



一応、恋愛ものでもあるのですが、ヒーローがなかなか出てきません。ヒロインも初めは、男装をしています。そのうち、ちゃんと展開していきますので、気長によろしくお願いします。

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