④タコ、襲来
今回は特に不快な表現や気持ちの悪い表現が多々ありますので、お気をつけください。
うわぁ、うわぁ、我が家になぜにたこがいるのか。学校からちょうど帰宅したばかりの私に今世紀最大のなぞが降りかかっていますよ。
なぜ我が家にたこが、えらそうに酒を飲んでいるのか、酒を飲んでいるのか。
とりあえず、スルーだ。さりげなく部屋にこもろう。見なかったことにしよう。それが現実社会で生きる術の一つだということはすでに知っているんだ、さすがの私も。
あ、ヤベ、目が合った。
いやいや、目なんか合ってない。あってないぞ、そのままさあ、部屋にいくんだ私。目なんかあってない。あってない。あってない。そうやって思い込むことも現実社会で生き残るための術なんだって私は知っているんだぞ。知っているんだぞ、たこめ。
ありゃりゃ、たこめ、こっちきてるよ、たこがにょろにょろこっちきてるよ。やはりさっきは目が合っていたのか、見つかってしまったのか。
ちょ、臭い臭い、たこめ、酒臭いよ。あとなんかそこはかとなく色々臭いよこのたこ。
やめてやめて、汚い触手を伸ばさないで、絡み付いてこないで、胸触らないで、お尻触らないで、服脱がさないで、いたいいたい、叩かないでよ。
クソ、たこの癖になんて力だ。たこのくせに陸上でも強いなんて詐欺だぞ。臭い息かけんな、やめなって、お前たこなんだぞ、たこがこんなことしていいと思っているんか、たこめ。
私の体舐めてんじゃねぇよ、尿かけてんじゃねぇよ。たこが、なんだこれは、マーキングか。
縄張り争いか。私を縄張りにするつもりか。お前は大人しく海に縄張り張ってればいいんだよ、このたこ、絡み付いてくんな。舐めてくるな。気持悪い気持ち悪い。
あ、母よ、帰ってきたのか、助けてくれ、たこが調子に乗って私の体に絡まりついてきてるんだ、舌で舐めまわすんだ、尿をかけてくるんだ、臭い息がかかるんだ。
母よ、なんて顔しているんだ、まあ、確かにたこが陸上にいると言うことは不可思議だが、今は驚いてないで早く助けるべきだよ、母よ。
え、ちょっと、母よ、何処いくんだよ、何で泣きながら逃げちゃうんだよ、お前それは違うだろ、私を助けなよ、たこに食われちゃうよ。たこに食われちゃうよ。
あ~あ。
「この前また切ったのよ。手首にほら、ね、新しい傷。ねえ、今度、また私の家に来ない?」
はい、行きますとも。あなたの家は大好きです、あなたはそんな好きじゃないけどあなたの家は大好きです。
「今度、私が手首をきっているところを見てもらいたいのよ。なんかね、私この前あなたにアルバム見せたときに思ったんだけど、誰かにみられているほうが興奮できるみたいなのよ」
はあ、そうですか。なら、なんなりと見せて上げてくださいよ。私以外の人間にね。
「じゃあ、今日帰り私の家に寄っていってね」
あ、はい、そうします。あなたの家は大好きだから。今度こそあの家を私の世界に取り込もうと思います。今度こそ取り込んで見せます。そしてまた新しい友達の完成です。名前はジュリーにするつもりなんです。
早くジュリーに会いたいなぁ。と思っていたらいつの間にか学校も終わっていて、人間の家、ジュリーの目の前にいるわけです。久しぶり、ジュリー。
ジュリーの中はいつにもましてあれだね、そそるね、涎出ちゃう涎出ちゃう。
「じゃあ、切るね。今日は少し手首よりも上のほうを切るね」
いやいやいや、ちょっとちょっと、なぁにかみそりなんかもっとるの。やめてやめて、私血が嫌いなの知ってるでしょ?
なんてね、思ったって現実の私は彼女の行動を止めたりしません。本当は、わかってる、私ったら本当はジュリーのためじゃなくて、この人間の手首を見るために来てるんだって、分かってる。うざったいこの人間なんかと学校で一緒にいるのだって、この人間の手首に姉と同じ傷があるからだってわかってる。
私は知りたがっているのか、それとも新しい姉を求めているのか、それとも私の中の姉が彼女を求めているのか、もうさっぱりポンポンだけど、しょうがない、この人間の手首の傷が見たいと思うのはしょうがない。
なんか、いるんだよね。私の中になんかいるんだよね。なんか黒いような白いようなそれでいて生暖かくてぞっとするほど冷たいあいつがいるんだよな。ああ、それが噂の魔王かな? 不幸を撒き散らすんででしょ? 知ってる知ってる、魔王が不幸を作るんだって知ってる。魔王が不幸なんだって知ってる。
この魔王があれだよ、私に手首見なよ~、血を見なよ~、むしろ血とか舐めちゃいなよ~とかってシャウトしているんだと思う。そりゃあもう、ねっとりとした、生臭くて酒臭い口から、そんなこと言ってる魔王が目の前に浮かぶんですよ。
なんだろ、血とか見るのが怖いのに、でも見たがってるのって、なんだろ。
あ、切った。人間がとうとう手首切りましたよ。
あの人間の血が流れているの。その傷だらけの手に、また血が流れているよ。傷だらけの手首にまた新しい、傷が、居場所が。
姉の白い手首から真っ赤な血が滴り落ちていた。
「ねえ、由紀ちゃん、私はね、居場所が欲しかったの」
そういいながら、私の目の前でどんどん顔の色をなくしていく姉を見ながら、この人はなんて残酷な人なのだろうと思った。何であえて私の目の前でそんなことをするのだろう、本当にひどい姉だ。なんてひどい姉なんだ。なんでそんな気味の悪い笑顔を見せてくるんだ。やめてやめて。
「見つからなくて、自分の体を傷つけることで、どうにか居場所の蜃気楼みたいなものを見つけ出していたけれど」
手首にあるたくさんの昔の傷跡を何でそんな満足そうな顔でなでているのでしょう。なでればなでるほど、ぱっくり切れている傷口から血がドバドバ流れてきていますよ。なんでそんな満足そうな顔をしているのでしょう。
「でも、私ね、見つけたの。ふふ。見つけたのよ。居場所よ。私がいてもいい場所」
そういって姉が血だらけの手を私のほうに伸ばしてきた。そっと、今までにないくらい優しく私の頬に触れて、そしてその手を首に移って、軽く首を絞めてから私の胸に移動させて、それで空ろな目で神様みたいに笑った。
そうだった。姉は居場所を見つけたっていってたんだ。
あは、あはあは。むしろ血とか舐めちゃいなよ~て言う魔王の声が今日ははっきりと聞こえるなぁって思っていたら、私血とか舐めちゃってるよ。あの人間の手首に流れる血とかぺろぺろ舐めちゃってるよ~。
ばっかね、ばっかね。血なんか大嫌いなのに、何で舐めてるんかね、何でまずいのに舐めてるんかね、ぺろぺろしてるんかね、分からないよ、社会って分からないよ、現実って分からないよ、自分の世界だけ浸って生きられればいいのに、死にたくないんだよ、私は。
「なんか、舐めるのってエロイわね。なんか、気持ちいいわ、ねえ、あなた気持ちいいわ」
現実世界があるから、私の世界があるわけだから現実がないと、私の世界が消えちゃうんだ。そんなの嫌なんだ、生きたいんだ幸せに、それはもうしぶとく生きたいんだ気持ちよく。
自分の世界の中でいきたいけど、この現実の世界の中でもそりゃあしぶとく生きたいんだよ。新しい靴とかで思いっきり走ってみたいし、そんで石とか蹴っ飛ばすのもありだし、時にははだしで乙女チックに草原を駆けだしたい衝動だってあるんだよ。
叫びたいんだよ、幸せだって叫びたいんだよ、そんで大好きだーとかって言いたいんだよ、夕日に向かって言うのもありだし、海でもいいし、別に犬の糞とかに向かってでもいいから叫びたいんだよ。好きだー愛だー幸せだーって言いたいんだよ。言いたいんだよ。言わせてくれよ。
「ああ、血が止まったわ。ねえ、また切るから、さっきみたいに舐めてよ」
切らないで、切ったら舐めるから切らないで。
「え、ちょっと! 何でかみそり窓の外に捨てちゃったのよ! これじゃあ、手首切れないじゃない!」
切らなくていいんだよ。私はこの傷が愛しくてたまらないけれど、かみそりは嫌いなんだよ。だから、いいんだよ。投げちゃえばいいんだよ。