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選ばれたのは魔王でした。  作者: 草原
第二章 クラント王国とティア
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2-14 お持ち帰りして

地獄の日々はとうの昔に過ぎ去った。

それを、地獄と感じる心が無くなったのだ。自分でそんなものは捨てて、ただここにあれることを望んだ。

ただ何も感じずに、従順に、怠惰に。


何故だろうか。

未来に希望を抱いている訳でもないのに、生にしがみつくのは。


かひゅ、と喉の奥から嫌な音が漏れた。なれたはずの痛みは相も変わらず僕を襲う。肺に血でも入ったのだろうか。息がしづらい。


僕がここに連れてこられてからの、習慣だった。彼らが僕を買った理由でもある。


奴隷になった僕は、珍しい天翼族ということで高値で売れた。存外、人族も頭が悪い。天翼族が奴隷になる理由何て、一つだけだ。

それとも下界には伝わっていないのだろうか。


言葉も分からないまま連れられて、隷属契約を交わして。僕は彼の、彼らの所有物になった。

ああ、胸糞わるい。わかる、わかるよ。僕は馬鹿じゃない。あんな大金。それはつまり、明確な使い道があったってことだ。


冷たい床に放り出され、碌に意思疎通も交わせないのにアイツは僕を怒鳴りつけた。何も言えない。何もできない。奴隷が主人に逆らうなんてことは死を意味するのだ。でも、僕にはその命令の意味さえも分からなかった。


動かない僕にしびれを切らして、供をしていた数人が僕を引きずって鎖をはめる。

穢れのない天翼族には不釣り合いで、僕みたいなのにはぴったりの漆黒の首輪だった。


足も、腕も、首も――翼も固定されて床に座る。

何処からか持ってきた大きな剣は、妙に切れ味がよさそうだった。


ああ、ほんとうに。

いくらこんな出来損ないでも、いくら神様に愛されていなくても。それを持っていることは僕の誇りだったのに。


僕は今日も、彼らの欲望を満たす道具に成り下がる。








サキとキイを呼んで、さっそく大まかな流れを伝える。といっても、碌に作戦なんて言えるような代物ではない。

キイの魔法で時間を止めて、サキの魔法で転移する。


あの部屋に目的のものがあればそのまま持ち出して、なければ今日は調査だけでもいい。


サキは転移先を知らないが、俺が知っているので問題ない。早速サキに転移を頼む。


「ひぇ、あ。転移ですね!わか、わかってます!…その、行きたい場所とか、考えてもらって」


相変わらずキイの後ろからもぞもぞと動くローブに、苦笑する。これは嫌いとか、単純な話でもないだろう。こう、人と会話すること自体に拒絶を感じる。それでも、こうして契約して対応してくれているのは彼の性格が温厚かつ紳士だからだろう。


「了解。いいよ」


「は、い。キイ様」


「お~。止めた」


横目でキイを見るが特に違いは分からない。当たり前だ。ここには三人しかいないのだから実感の湧きようがないだろう。今は深夜。そもそも静かな時間帯だ。


「いきま、す!」


ぐる、とサキが手を宙に回して握りこむ。

その瞬間、辺りの景色が一変した。


「わあ、すっげ」


「ここだな…あたりだ」


「うっわぁ…」


俺の感想は初めての転移に対してのものだった訳だが。彼らにしてみれば驚くものでもないのだろう。キイはにやりと口角をあげ、笑う。目の前には、鎖につながれた少年――クプルティアがいた。


「ん、んん!?」


時が止まっているので、俺たちの侵入には気づいていない。そのまま暗闇の中をすたすたと近づき、俺は絶句した。


クプルティアの背には巨大な漆黒の翼。鎖にあちこちを固定されて、自分で動かすことは不可能であろうそれは、片翼を失っていた。

今にももう片方の翼に振り下ろされようとしている剣を取り上げて、マジカルバッグに放り込む。


まるで拷問の最中のような惨状だった。ぐる、と見まわして、切り落とされたであろう翼が袋に詰められているのをみつける。

自分でも機嫌が急降下していくのがわかる。いや、機嫌が悪くなるだけですむことをおかしいとは理解しつつも。


「それで、その嫌な魔力の原因はわかる?」


「…あー、どうやら、その翼だな」


すす、とキイとサキが俺から――いや、クプルティアから距離を取りながら答える。そういえば精霊には毒だったか。


「この翼?……持ち帰ったらまずいか」


「いや、そうだがなぁ…。流石に切り落とすのは正気じゃない」


「…まあ。でも害になるならますます処理に困るな」


キイたちは近づけないので仕方なく鎖を外そうとするが、ご丁寧に鍵がかけられている。誰かその辺のヤツが持っていないかと見まわたす。


「お」


丁度腰に、鍵の束を付けている奴がいる。失礼、と声をかけて束のまま貰い受ける。どれだ。


「……面倒だな。デル」


「、…なにかあった?」


一瞬身構えて、何もない事を理解したのだろう。眉を寄せてデルは振り返る。


「いや、この鎖全部切ってほしいんだ」


「……はいはい」


「ありがと~」


人生無駄な時間は無いのだ。こんなことに時間を使っている余裕はない。


暗闇の中、激しい光を伴って稲妻が踊り狂う。

突然の光に目が持っていかれそうだと慌てて目を閉じる。そのままキイのいるであろう方向を向く。


「キイ、天翼族の翼ってそういうものじゃないよね?」


そもそも、キイたちは天翼族とも会った事があるらしかった。珍しいとはいいつつも、知っている風のそれに特に突っ込みはしなかったが。

それなら、この嫌な魔力を出しているという天翼族は異常なのだ。


「ああ。こんなこと、初めて見た。嫌な魔力は総じて、落ちた奴が放出するから今回もそうだとばかり…」


「…ふうん?それ、つまり原因は精霊ってこと?」


「……悪かったよ。殆どはそうってだけだ。確実じゃなかった」


原因を言い渋っていたな。


「まあ、いい。今日はとりあえず、宿に戻ろう。そろそろまずい」


「ああ」


項垂れた姿勢のまま時間の止まっている彼を担ぎ上げて、サキを振り返る。特に証拠もないだろう。この世界に指紋を鑑定する技術があるとも思えない。

…デルの魔法の跡は見つかるかもしれないが。やはり鍵で根気よくした方がよかったか?


「…サキ」


「は、はい!ぁ、いえ、あ」


「宿屋に転移しよう。他は戻って」


サキに目配せをして、景色が切り替わる。なんとも使い勝手のいい魔法だ。魔力の消費は全く使い勝手が良くないが。


「っと」


自分のベッドに放り投げて、ぼんやりと翼が邪魔そうだと思った。片方しかないし、バランスとりずらそう。


「ラン」


「あ、はい!大丈夫、そうですね!その少年が…?」


「うん。傷、治せる?」


「…はい。大丈夫そうです。随分侵されていますが、まだ間に合うかと」


「……?まあ、お願いね」


こくりとランが頷くのを見て、ほっと息を吐く。

瞬間時間停止の魔法が切れたのだろう。少年は唐突に叫び声をあげた。


「ぐ、ぅああああああああああ!!!!」


「え、あ、ラン!音を!」


「はい」


突然のそれに戸惑いつつも、なるほどと納得もする。そりゃあそうだ。意識を飛ばしていたわけでもあるまいし、彼にとってこれはあの惨状の続きなのだ。

止まらない絶叫を止めるのも面倒だと放り投げて、その場に座り込む。落ち着けば、勝手に収まるだろう。


「っはあ。…疲れた。本当に。魔力っていくらあっても足りない」


ランが治療する光と、彼の叫び声を聞きながらウィンを見る。あの場所でしたことと言えば鎖を断ち切ったぐらいだが、存外時間は経っていたのだろう。


ふと、彼の声が途切れた。しかし気にしている余裕は無い。めきめきと減っていく数字を見て、焦りを感じる。もともと心もとなかった魔力が、そろそろやばい。


「――すみません。えっと、その」


ランが言いずらそうに近寄る。少年はまだ、血が止まった程度の段階だ。


「なに?」


「その、レオン様の魔力が回復するまではここで終わりにしましょう?」


「……ああ、うん。そっちは大丈夫?」


「はい。穢れと、翼の傷のみなので数日命に別状は」


「そうだね…。うん。明日、俺が寝てからまた回復すればいい」


「はい。その間は私が見張りますから」


「うん、お願い」


情けないとは思いつつも、あの魔力の減りで止血と現状維持のみとは。回復魔法も存外コスパは悪いらしい。しかし俺は、恵まれているのだろう。それもかなり。あの穢れと傷を回復する手段をすでに持っているのだから。


「夕方前には、おこして」


「はい。おやすみなさい」


思った以上に疲れていたのだろう。床でも、問題なく眠れそうだった。




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