2-8 呆気ない禁忌
活動報告にも書きましたがこれから更新スペースが更に遅くなると思われます。
個人的な理由で申し訳ないのですが、宜しくお願いします。
「キイ!」
瞬間頭に過ったのは彼の名前だった。危なくなったら俺を呼べ、そんな言葉が俺の頭の片隅に残っていたのかもしれない。
しかしここで、俺の状況判断は間違っていなかったのだろう。
「っと…よお、お客さん?随分なお出ましだなあ?」
にやり、と笑うキイはともすれば機嫌が良さそうだ。しかし実際はその逆であり、彼の周りに見える黒い影は俺すらも恐怖させる。
ハッと我に返り後ろを振り向けばどこか聖職者じみた格好のおっさん二人が悪そうな笑みを浮かべて止まっていた。
「…時間が」
「まあな、そんなに時間ももたねー。さっさと殺れ」
こくり、と生唾を飲み込んで剣の柄に手を当てる。
自分の魔力がどんどん減っていくのがわかる。…早くしなければ、そう思うが手は一向に剣を引き抜かない。
「…ご主人様の好きにしな」
ハア、と溜息をついて俺の後ろに回るキイ。
人殺しという禁忌を犯そうとしている自分に、嫌悪感を抱き何故か懐かしい感情が生まれる。途端ドクリと胸が押しつぶされるような気がした。―――どこか自分とは違う存在が、叱咤してきたような。
その瞬間、俺は躊躇いなく剣を振りかざし、彼らの首はボトリと音を立てて転がった。
☆
「ヒュー!やるね!」
ニコニコと先ほどの笑顔とは程遠い顔をして笑いながらキイは嬉しそうに俺の周りを飛び回った。
俺はと言えば、感じるだろうと忌避していた感情が全く訪れず逆に混乱している。まるで何の感情も生まれない。
ふむ、と首を傾げて剣を振ってなおす。とりあえず死体はマジカルバッグに入れて置こう、見つかっても困る。
「あ、ランは無事?」
「まあな。別に攻撃受けたわけでもないし、呼べば来るぜ」
どうやら突然消えたのは相手の「精霊退撃波」とかいうものらしく一時的に周囲の精霊を帰らせるものらしい。
そんなもの先ほどの俺のようにもう一度精霊を呼ばれたら終わりじゃなか、と思ったら普通の人間は召喚なんて使えないだとか。
「それは、不便だなあ」
「だろ?ご主人様が持っててよかったよ」
それじゃ、と手を振って帰るキイは最後に今日はもう帰って寝とけ、と言って去った。
ステータスを確認してみるとレベルが大きく上がっており、スキルも幾つか増えていた。
「MPが枯渇気味、ね」
流石に時間を止めるのは魔力の消費が早い。心なしか頭が痛む。
「ん、帰って寝よう」
帰りの道中は特に何もなく平和に帰宅できた。
帰ってすぐに夕食を取ってベッドに倒れこむ。
本当に疲れる一日だった。
夕食はそこそこ、普通の味だったので文句はない。欲を言えばじいさんの飯のほうが良いが、仕方ない。
「ああ、ランをよんで…結界張らなきゃ」
このまま寝ると翌朝は目を覚まさない、なんてこともありえそうだ。
しかし今日の事件で改めて痛感した。俺は奇襲に弱すぎる。
一応「魔力感知」「気配察知」のスキルは持っているが、それでもまだ足りない。事実俺は今日の奇襲に気づけなかった。
可能性としては俺のスキルレベル以上の対抗スキルを所持していることだろう。やはりスキルのレベル上げは率先してした方がいいだろうか。
「…常にウィンを開いておくのも手ではあるんだが」
如何せん邪魔だ。別に触ろうとしなければ触れないし、他人にも見えないのだが邪魔なものは邪魔だ。
しかし、
「背に腹は代えられないってね…」
結局は死ぬよりはマシ、そう言うことだろう。
明日は一日スキル上げでもしようか。一晩頑張れば相当な量のスキルが手に入り、レベルアップしそうだ。なんせこれまでなんの努力もせずにここまでスキルが増えたのだから。
「あ、マント…明日でいいか」
落ちてくる瞼の力にあらがう気力もなく、俺の意識は夢の中へと沈んでいった。
☆
「おきゃくさまー!!あさですよー!」
部屋の外から子供の声が聞こえる。元気にドタドタと廊下を走っているらしく、この部屋まで振動が伝わってくる。
この階すべての客に向けて喋っているらしい。
「ん…」
うるさい、と目を擦りながら布団から出ると既に朝日が昇って時間がたっていた。
別に予定はきっちり詰まっている訳ではないし、慌てることではないんだが。
「ああ、また寝坊か…」
魔法を限界近くまで使った次の日は寝坊する確率が跳ね上がるらしい。これじゃあ魔力が少ないやつは大変だなあ、とぼんやり思た。
魔力が100以下の奴は毎日寝不足なんじゃないだろうか。
「ちょっと、おきゃくさま!あさですよ!ごはんのじかんです!」
「…ああ、すぐ行くよ」
バタンッと扉を開けて飛び出してきたのは小さな女の子だった。おそらくこの宿屋夫婦の娘だろう。確かそんな話をシェンクが言っていた気がする。
バイバイ、と手を振って消えていくその姿にフッと笑みがこぼれた。
「…おはようございます」
「うわ!?…あ、そっか…おはよう」
背後からいきなり声が聞こえて思わず肩が跳ね上がる。
バッと後ろを振り返るとそこにはランの姿があり、昨日の夜を即座に思い出した。
そう言えば昨日の夜、最後にランを呼んだんだった。
「あー、ごめん」
「…もういいですわ。さ、レオン様も起きた事ですし…準備してご飯を頂きに行きましょう」
「ああ」
ぷくっと頬を膨らませて怒ってます、という風を装うランに苦笑するとランもふふっと笑う。
気を利かせてくれたらしいランはいつの間にかいなくなっていて、なんとなく、凄く―――
☆
ガヤガヤと朝の大通りは人でごった返している。
そこまで栄えている町には見えなかったがこの国は結構人口が多いらしい。
ぼんやりと道を眺めていると目の前に回ってきたランが首を傾げながら訪ねてきた。
「まずはどこへ?」
「ん、昨日すっぽかした予約のマントを取りに行かなきゃな…」
昨日はアクシデントがあって取りに行く気力が無かったが、元々は2時間後に取りに行く予定だったのだ。流石に迷惑だろう。
「その後は…ギルドでも行くか」
まだ、一度も依頼というものを受けていないので少し興味がある。それに…
「手持ちが心もとないから…」
なんとも悲しい理由で稼ぎに出なきゃいけないのだ。いや、大体の人は金のためだろうけど。
図書館はしばらくお預けだ。無料らしいが、流石にある程度は余裕を持って生活を回していきたい。
ランを伴って昨日来た服屋に向かう。
店員と顔を合わせに行くという現実に足踏みしてしまうが、行かなきゃ何も始まらない。別に話すぐらいなら…と自分を自分で元気づけてカラン、と店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
昨日と同じ店員が昨日と同じ言葉で俺を迎い入れる。
俺の姿を見た店員があ、と呟いてパタパタとこちらに走ってくる。
出来ればカウンター越しに離れて喋ってほしいので俺からカウンターまで歩く。
「…どうも」
「ああ、先日オーダーして頂いた方ですね。完成しておりますよ」
「金貨2枚だったな」
カウンターに金貨を2枚置くとありがとうございました!と笑顔で受け取ってマントを手渡した。
受け取ってすぐに踵を返して店を出て行く。
路地裏で大きく広げてみると真っ黒なシンプルな生地に合わせてか留め具もシンプルに纏まっていて綺麗に仕上がっている。
意外といい店なのかもしれないと満足げに羽織ってみる。
「どうだ?」
「ええ!よくお似合いですわ!」
礼を言って行こうか、と促す。
次はギルドだったな。
ギルドに入ると人はすっかりいなくなっていた。
おそらく皆朝のうちに依頼の受注を済ませて仕事に向かったのだろう。
「あ、レオンさんこんにちは」
わざわざ挨拶をしてきたのはリリアナさん。悪印象は避けたいのでにこっと笑って返した。
「今日は依頼の受注ですか?」
「はい、お願いできますか?」
「勿論です!最初の依頼ですので…薬草の収集なんてどうですか?」
ふむ、と一端考えるふりをして横に首をふる。
正直先日の奇襲といい試験といいこの世界のレベル事情は破錠していると感じる。
じいさんの所にいた時は自然とレベル上限は100という固定概念に捕らわれていたが、こうも高レベル者が続出してくると流石に疑わざるを得ない。
恐らく最高は100以上か、存在しないかだろう。
その中で俺のレベルは17。心許なさすぎる。
今回は一気にレベル上げをしたい。そのためにギルドに来たのだ。
「…魔物の討伐をご希望ですか?」
やめた方がいい、と目線で訴えてくるがやめる気はない。
いくらEランクの冒険者に及ばないと言ってもそれは俺の力だけで見たときの話。
「…ハア、かしこまりました。ではクヌール森林の近くのイエローカクタスの討伐依頼なんてどうでしょうか」
「…それでいいです」
「討伐部位は花、若しくは蕾になります」
証明書を、と言うのでバッグから取り出して渡すと水晶のようなものにかざして何かを確認すると返された。
「これは?」
「依頼内容のコピーです。何を何体討伐すればいいか討伐部位は何処か、そんな情報を記載しています。見たいと思うだけで確認でいるので活用してくださいね」
なんて便利な証明書だろうか。
「ああ、すみません。ここら辺で一番強い魔物が大量にいる場所ってどこですか?」
質問した瞬間キッと睨むリリアナさんに、睨まなくても怯えてるから一緒だと内心笑って手をヒラヒラと振った。
「ほら、近づかない為に」
「…本当ですか?…ハア、レオンさんの来た方向を東に見て、西の出入り口の方向ですね。そこは広い草原になっていますが、スライムやニ―バルショイスローンが多く生息しているので危険です。…まあ正反対の方向なので関係はないでしょうが」
「…まあ、そうですね。それじゃあ」
「御武運を」
にこっと笑うリリアナさんに俺も笑って受付を離れた。あのひと絶対嫁に行くと夫を尻に敷くか結婚できない人だ。
「あ、レオンさん」
「!?え、なんですか…?」
「いえ、最近魔物がピリピリしてるので気を付けてくださいね」
「…ああ、はい。ありがとうございます」
考えを読まれたのかと一瞬不自然な程に驚いたが全く関係のない事でほっと肩を下した。
しかし魔物の活発化か。発情期か何かだろうか。
流れるように受付から離れ、ギルドを出ようとするとランがリリアナさんと俺を見ていることに気づいた。
「(どうした?)」
「えっ、あ、いえ…随分と態度が違うな、と」
ああ、と合点がいく。
ラン達に接するときの俺、店員に接するときの俺、リリアナさんに接するときの俺は少し態度が違う。
「(まあ、リリアナさんはこれから色々と世話になるだろうし…関係が悪くなるのは良くないだろ?それに比べてあの店員に優しくする理由は無い。ラン達に接するときの俺が素だよ)」
「いちいち変えているんですか?」
「(いや、癖だから…)」
まあ、女嫌いなんてあの日本社会で生活するにはかなりキツイ特徴だ。
周りの女全員に嫌な顔をして避けていたら俺自身の居場所がなくなるに決まっている。我慢をして、自分の心を表に出さずに過ぎ去るのがベストだった。
わかったような、と曖昧に返事をするラン。まあ女嫌いって話してないし、仕方ないだろう。
「(まあいいだろ?さっさと東の門から出て西に走ろう)」
「あ、やっぱり行くんですね」
くすくすと笑って頷くランに当たり前だと返して、俺たちがこの国に入った東の門へ向かった。
受験やだなあ…。




