2-2 今はもう昔の話で
なんか暗くなった。
一応閑話的な感じ。別の。
兄はいい人だった。
母のように怒鳴らないし、父のように殴らない。
兄はいい人だった。
生まれてすぐに、なぜか意識はあった。
そんなはっきりしたものでは無かったが、確かにあった。
父と母は僕を見た瞬間。顔をしかめてこう言った。
「何てこと!…**子が****…!?」
その言葉の続きは分からない。今でも。
でも、それでも大体の意味は読み取れた。
つまりは、生まれてこないで欲しかった。そういうことだと思った。
兄は言った。
そんなことないよ、と。
そして母と父は言った。
そうだ、と。
兄はいい人だった。
しかし僕なんかを庇うべきでは無かったと思うし、僕も兄に甘えるべきでは無かったのだ。
僕は殺される事すら無かったものの、殆ど監禁という状態で数年を過ごした。
もともとそんな場所は家には無かったので使われなくなっていたらしい書庫が、僕の全てだった。
文字も読めない、喋れない僕は手当たり次第に本を読んだ。
しかし、それでも聞いたことのない言語や文字を理解することは不可能だったらしく僕は早々にそんなことは諦めたのだ。
そんなある日、ある男が僕の全てに現れた。
僕の兄と名乗る人物だ。
兄は言葉や文字を教えてくれた。
親切に、丁寧に、根気強く。
今更僕は思うのだ。
兄は何故こんな僕に時間と労力を割いたのだろう、と。
あの頃の僕は未知の世界に触れて、色々な物が見えなくなっていた。
兄の心も、家庭の状況も、父と母の感情も。
文字や言葉を覚えた僕は兄と沢山の話をした。
あの頃は僕の人生の中で一番幸せだったと思う。
今でも夢に見る、あの日々。
そしてそんな幸せは突然、壊れる。
―――突然、では無かったのかもしれない。
それは必然的で、じわじわと迫ってきていたのかもしれない。
兄が、来なくなった。
毎日とは言わなくとも数日に一度は必ず来ていた兄が、来なくなってすでに一か月は過ぎていた。
さすがにおかしいと思って、僕は兄が急に心配になった。
そして、生まれて初めて大声で叫んだ。
兄は、どうしているかと。無事なのか、何故来ないのかと。
そんなことを叫んだ記憶がある。
しかしそんな僕に対して世界は残酷かつ冷淡で、見張りの男がうんざりしたような顔で言ったのだ。
「君のお兄ちゃんなら両親にも黙って旅にでたよ。君は兄にも捨てられたんだ」
目の前が真っ暗になるという状況を初めて味わった。
本当に、何も考えられなくなるくらいに真っ暗だった。
暗くて、黒くて、暗黒で、漆黒だった。
今まで信じていたもの全てが崩れたような気がした。
今まで耐えられていた父や母の暴力に僕は心が折れていった。
それこそ、もう立ちあがれない程に。
そして、もう泣けない程に泣いた後。
僕は世界を知った。
あの、本しかない僕と兄だけの世界ではなく、空があり、土があり、風がある世界を知った。
初めて、鮮やかな色を知った。
本にあるような薄黒い色でもなく、父や母の着る派手な色でもなく、鮮やかな色を。
その時、枯れたはずの涙は僕の頬を濡らした。
しかしその色は再び失われる。
国を追い出され、奴隷へと身を落とした僕は数々の客にも見放されながら、生きていた。
無様にも、生きていた。
そして、僕は買われる。
彼らに、買われる。
―――――僕の本当の地獄はそれからだったのだ。




