18‐2
窓の外では大粒の雨が斜めに降り注いでいた。
薄暗い広間に灯されているのは、白いテーブルクロスがかけられた長机の上に置かれた枝付き燭台の灯りだけ。
そんな中、彼女は一人長机の真中辺りでティータイムを楽しんでいた。
今日のティータイムは、お気に入りの桃のフレーバーティーに桃のタルト。
やっぱりお菓子に使用されているフルーツと同じフレーバーティーにすると幸せになれる。
だがその幸せは一番ではない。最も幸福を感じる時、それは――
そこへ、扉を開けて何者かが広間へと入ってきた。
青いフルフェイスと騎士装束をまとったその人物は、扉を閉めると、近くにある椅子を引き、どさっと座り込んだ。
「合図が出たそうだな」
フルフェイスであるため、声がくぐもっている。
しかし彼女の方はそんなことお構いなし。変わらず優雅にお茶をすする。
誰も何も言わない中で、彼女は一人桃のタルトを堪能する。ゆっくり、よおく噛みしめ、味わい、ごくりと飲み込む。
――そして唐突に机上にあった食器類を片手でなぎ払った。
派手な音を立てて、全てが壊れる。もう使い物にはならない。
しかし彼女はおろか、他の誰もが気に留める様子はない。
「あーあ。早く遊びたい」
退屈そうに伸びをすると、机に身を乗り出した。
「ねえ、いつになったらリスタートなの?」
彼女が見つめる先を、フルフェイスの人物も同じように見やる。
「それでは、如何様に駒を進めようか――黒騎士よ」
それまで背を向けていた人物がゆっくりとこちらに向き直る。
黒き鎧を全身にまとったその人物は顔面を仮面で、頭を固定されたフードで覆い隠しており、その表情はうかがい知れない。
薄暗い部屋の中、いくつもの影がうごめいた。
* * *
窓の外では大粒の雨が斜めに降り注いでいた。
それを眺める男が一人。深紅のローブを羽織り、黒の羽根つき帽をかぶったいで立ちの彼は、年齢で言えば50前後だろうか。
不意に、ひげが整えられた口元がにやりと歪む。
「自分から名乗り出るとはな。とんだ間抜けがいたものだ」
そう独り言ちると、さも可笑しそうにくくっと笑いを漏らす。
「だがこれならば過剰に心配する必要はないな。いくら勇者といえど所詮は人の子か」
自分の今後の安泰を感じ取った男はとても楽しそうだった。
――突然部屋の扉がノックされた。
それまでの表情は一変。焦りの色を浮かべると、ばっと扉の方へと振り返り、にらみつける。
しかしその不安はすぐに取り払われた。
「あの、ボクだけど……入ってもいい?」
男は胸をなで下ろすと、さらに表情と、そして声色を変えた。
「ええ、少々お待ちください」
扉を開けると、そこには5歳か6歳くらいの男の子が立っていた。
この歳だからというのもあるかもしれないが、くりっとした金髪に澄んだ青い瞳、丸く柔らかそうな顔など、非常に愛らしく、さながら天使のような子供だった。
ただし金糸が豪奢に使われた服装、身に着ける金品の数々。それはどこからどう見ても普通の男の子が着るようなものではないが。
男は小さな訪問者を部屋に招き入れると、ソファーに腰掛けさせた。
「それで、いかがいたしましたかな?」
男の子はどこか恥ずかしそうにもじもじする。
「あ、あのね……なんだか雨風が強くて、窓がガタガタッていうのが怖くて……」
「そうでしたか……不安なお気持ちを察せず申し訳ございませんでした」
男は大きく礼をすると、自らの至らなさを謝罪した。
その様子に男の子は慌てて首を左右に振った。
「ち、違うの! 怒ってるわけじゃなくて!」
男が顔を上げたところを確認すると、男の子はまっすぐな目で相手を見つめた。
「また何かおはなしをしてほしくて……ダメかな……?」
突然のお願いではあったが、男は優しく微笑んだ。
「お望みとあらばいくらでもお話いたしましょう。それでは、お隣に腰掛けさせていただいても?」
「うん!」
満面の笑みを浮かべる男の子の隣に腰掛けると、2人は今日はどんな話をするか、相談を始めるのだった。