18‐1
次なる目的地は、茜の街カルカラと呼ばれていた。
明るく、温かく、柔らかで穏やかな雰囲気から、いつしかそう呼ばれるようになったそうだが、これまで度々耳にした通り、演劇で有名な町であるため、最近ではそのように呼ぶ人はあまりいないそうだ。
――と、またしてもノーウィンに教えてもらった。
朝食を終えた一行は、現状をネヴィアに伝えると同時に今後のことを相談するため、村外れにある広場に来ていた。
ここは過去に村人たちが整地した場所で、木製の長机といくつもの丸椅子が設置されたちょっとした憩いの場だ。
変わりやすい山の天気への必要最低限の対策として、簡素な屋根もある。
とはいえグラッテオス山は山の中でも比較的穏やかな天気が長きにわたり続いており、脅威的な天候になることは極めて稀だそうだ。
「相変わらず詳しいねえ」
ガレシアが甚く感心すると、オルディナもうんうんと力強くうなずく。
「とってもたくさん本を読まれたんじゃないですか?」
当のノーウィンはというと少し考えこむが、すぐに首を横に振った。
「確かに本もいくらかは読んだが、どうやら俺は読書が苦手みたいでさ。実際にその場所を訪れて得た知識の方が多いかな」
そう言うと笑顔を見せた。
そんな彼のことをネヴィアは何かを考えるようにして見つめていた。
それに気づいたノーウィンが不思議そうに見つめ返すと、彼女は小さく首を振った。
「いや、すまない。私も長らく旅をしているが、記憶喪失の人間には初めて出会ったものでな。どう接するべきなのかを考えていただけだ」
ノーウィンが思わずぽかんとなる。
が、すぐにぷっと吹き出した。
「何か可笑しなことを言っただろうか?」
怪訝な顔を浮かべるネヴィアに、ノーウィンは首をぶんぶんと左右に振った。
「いや悪い。真面目なんだな、ネヴィアは」
「そう、だろうか?」
お互いどこか馬鹿にしたような言い方をしてはいるが、実際に2人の顔とやり取りを見れば、純粋な気持ちで相手のことを思って言っていると判別できる。
「正直、特別視はされたくないんだ。だからその辺の奴らと変わらず接してくれればいい」
腕を組み、何かを考えてはいたが、すぐに顔を上げると、ネヴィアはこくりとうなずいた。
そんな2人のやり取りを見ていた仲間たちは、それぞれ思うことがあったらしく、ひそひそと話をしていた。
「いやあ、ネヴィアちゃんのあのミステリアスな雰囲気……いいねえ」
「安心しな。アンタとは絶対釣り合わないから」
ほれぼれした表情を浮かべるアクティーのことを白い目で見るガレシアの横では、ローヴもまたほれぼれしていた。
「ネヴィアさんって本当に綺麗な人だよね。肌が白くて、スタイルも良くて、憧れちゃうなあ……」
(いや、ローヴとはタイプが違うでしょ……)
とラウダが内心で呆れていたが、当然表情にも口にも出さなかった。
「ところで」
そんなこちら側のやり取りに気づいているのかいないのか。ネヴィアが話を振ってきた。
「は、はい!?」
びくっと肩を震わせながらとっさにローヴが返事をするも、相手は気にも留めず、話を続ける。
「次はカルカラへ行くとのことだが、まさか芝居を観に?」
「え? そ、そうです。みんなで観に行こうって話してて」
いつの間にか全員で観劇することになっており、一部関係なかったはずの人間が思わずローヴの方を見つめた。
ネヴィアの方はといえば、再び腕を組み何事かを考えている様子だった。
「あ、もしかしてネヴィアさんは嫌、でした……?」
皆が皆、芝居等のエンターテイメントが好みだというわけではない。
それを案じたローヴだったが、ネヴィアはそういうわけではないと首を横に振った。
「共に行くといったのは私だ。だから皆が行くところにはよほどのことがなければついていくつもりにしている」
ローヴが首を傾げる。では何が問題なのか、彼女は分かっていないらしい。
「ただ、勇者の一行たる者たちが先を急がずのんきに観劇などしていていいものだろうか、ということが気になったのでな」
その時、一行の間に衝撃が走った。
あまりにも正論過ぎて、“観劇したい派”の人間は動揺し、“仕方なく連れていかれる派”はそのまっすぐすぎる指摘に度肝を抜かれ、“さっさと先に進みたい派”に至っては感激のあまりまるで女神を見るような目で彼女を見つめた。
実は“正直何でもいい派”だったガレシアは1人、あまりにも多種多様な反応を示す一行を見て、やれやれと大きな大きなため息をついた。
「ええと、その、なんだ……」
あまりにも大きな衝撃にがくりと肩を落としているローヴと、しょんぼりしているオルディナを見かねて、アクティーが口を開くも、当の本人もあまり乗り気ではなかったがためにうまくフォローができない。
「別に観劇しても問題ないと思うけどな、俺は」
そんな一行を見渡し、困ったように笑いながらそう言ったのはノーウィンだった。
がばっと顔を上げたローヴをはじめ、またしても多種多様な反応を見せた一行に思わず笑ってしまった彼だったが、ネヴィアの方に向き直る。
「さっき言ったけどさ、実際にその場所を訪れて得られるものって多いと思うんだ。観劇だって経験の一種になると思わないか?」
刹那、セルファが顔をしかめたのをラウダは見逃さなかった。
しかし、せっかくのフォローを台無しにはしたくないので、見なかったことにした。
「ふむ、なるほど。そういうことであれば私も異存はない」
ネヴィアが大きくうなずいた直後、セルファが眉間にしわを寄せたのをラウダは見逃さなかった。
しかし、せっかく決まったことを台無しにはしたくないので、見なかったことにした。
それに生気を取り戻し、満面の笑みを浮かべているローヴの邪魔をするのもはばかられた。
それじゃあ目的は当初の予定通り――と決定しかけていたその時、突然イブネスが空を見上げてぼそりと言葉を発した。
「……雨だ」
一行が疑問に思う間もなく、ぱらぱらと雨が降ってきた。
見れば先ほどまで広がっていた青空を覆い隠すように、黒い雨雲が広がってきていた。
「……強くなりそうだ」
水の流れを読み取っているのか、目を閉じるとそう告げた。
直近の目的は決まった。これ以上ここにいる理由もない。
一行はそれぞれ立ち上がると、小雨の中を駆け足で宿へと戻っていく。




