17‐6
その後、中腹では花が潰された影響で小さな魔物に襲われることはあったが、これといった脅威に出くわすことはなく、一行は登山を続けた。
そこを越えた先では幾本ものカゼノネユリがまっすぐにピンと咲いていた。どうやら中腹以外の花は無事なようだ。
ちなみに、潰されてしまった花についてはアクティーから協会へ報告することになった。何かしらの対処は行ってくれるだろうとのことだった。
登り始めにあった会話も、山頂へ近づくにつれ少なくなり、最終的にそんな余裕はぱったりとなくなってしまった。
特に体力の少ないローヴとオルディナは息が上がり、終盤、足が棒と化していた。
そんな彼女らを気遣い、間に小休憩を挟みながら登ってきたこともあり、洞窟を抜け、山頂に出る頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。
山頂からの景色を堪能する余裕もない一行を出迎えたのは、たまたま山道付近に立っていた若い男だった。
彼は一行の姿を確認すると、目を丸くしてすっ飛んできた。
「あ、あんたらどうやってここへ!?」
その質問が『山道を通ってきた』という答えを望んでいるわけではないことは一目瞭然だった。
ノーウィンが山道の魔物を倒してここまで来たことを話すと、男はますます目を丸くするが、すぐさまはっと我に返る。
「そういうことならすぐにふもとの宿に知らせないと!」
そう言うなり、男は慌てて村の中へと駆け出していった。
「ふもとに知らせるって……どうやって?」
呼吸を整えたラウダは、彼の言葉に疑問を抱き、首を傾げる。
「この村はある意味外界から切り離されたような場所だ。だから各種伝達等は伝書鳥を使用して行う」
そう答えるネヴィアは息一つ乱れておらず、平然としている。細身ではあるが、体力には自信があるらしい。
「鳥? でももう日が暮れるよ?」
「確かに通常の鳥なら夜目が利かないが、この村には夜行性の伝書鳥もいたはずだ」
「へえ、そうなんだ。詳しいね」
ラウダの感心した声に、ネヴィアは小さく首を傾げた。
「この村に来るのは初めてか? 来たことがあるなら知っていそうなものだが」
「初めてだよ」
ラウダが困ったように微笑み返すと、ネヴィアはまたしても腕を組み何やら考え込んでいた。
* * *
陽が沈んでしまった空を黒い鳥が翼を広げ行く。
金色の瞳を持つそれの足には手紙が結びつけられていた。旅の者たちが山道に巣くう魔物を撃退した旨を記したものだ。
これで宿に留まっていた人々も山を越えることができるだろう。
そんな鳥の仕事っぷりなど露知らず。一行は宿に入ると、食事もそこそこに、疲れを癒すため早々に休むこととなった。
そして翌朝。
早めに寝たからか、しっかりと熟睡できたラウダは、奇跡的に早朝に目が覚めた。
朝5時。見渡すと、他の男性陣はまだベッドで眠りについていた。
もう一度寝直そうかとも思ったが、妙に目が冴えて眠れない。
せっかくの機会だ。村を見て回ろう。少なくとも王都のようにおかしなところに迷い込む心配はないはずだ。
そう思い立ったラウダはこっそりと宿を出た。
* * *
世界一高い場所にある村と聞いていたので、てっきり住人は少ないものだとばかり思っていたが、少なくともリースの村よりも規模は大きい。
立ち並ぶ木製の家々の間を通り抜けると、突如まばゆい光が目に飛び込んできて、ラウダは思わず足を止めた。
昇り出した陽が空を赤く染めつつあった。夜が、星が、奥へ奥へと追いやられている。
眼前に広がる空はラウダを温かく出迎えた。
そんな光の中に人影が1つ。
「……ネヴィアさん?」
声をかけると彼女はこちらを振り返った。
「随分と早起きだな」
「あはは……いつもは寝坊してばかりなんだけど」
そう言いながら、崖付近に立っている彼女のもとへ歩み寄る。
村をぐるりと囲むように、崖には丈夫そうな柵が設置されている。しかし木製なうえに高さはラウダの身長の半分ほど。万全とは言えないかもしれない。
彼女の隣に立ち、ラウダは思わず息をのんだ。
眼下には世界が広がっていた。
小さすぎて、どこがどこなのかは分からない。ただ、緑があって、海があって、雲が流れていて。さすがに町並みまでは見えないが。
まるで精密に作られたフィギュア。人によっては世界を掌握した気になれるかもしれない。
しばらく2人は何も言わずその景色を眺めていた。
「……ネヴィアさんはこの後どうするんですか?」
景色から目を離し、相手の横顔を見やる。
しかしネヴィアはすぐには返事をせずしばらく黙っていた。
「ラウダ」
しばしの沈黙の後、ネヴィアはラウダの方に向き直る。
「お前はどうやって世界を――私を救ってくれるんだ?」
ざあっと小さな風が頬をなでた。
「……え」
あまりに唐突すぎて、ラウダは硬直した。
一瞬思考が働かなかったが、すぐに理解する。
彼女は自分が勇者だと分かっている、と。
そんな素振りを見せた覚えはないのだが、どうやらカマをかけられているわけでもなさそうだった。
彼女になら言ってしまっても良い気がした。だが。
『分かってんのか!?一歩間違えれば俺たち全員の首が飛んでたんだぞ!』
メルスにてアクティーに怒鳴られた言葉が脳内を反響する。
その“気”が仲間たちを危険にさらすことになるかもしれない。
「え、と……言ってる意味がよく分からない、です」
ラウダはふいと顔をそらすと、そう答えた。
「仲間に口止めされているから公言できない、と。困るな。勇者がそんな調子では」
「えっ」
何故そんなことまで分かっているのか。思わずぎょっとした顔で再度彼女の方を見やった。
「山道で私が勇者について口にした際、お前は何かを言いかけた。だが仲間に止められていただろう」
「……よく覚えてましたね」
「記憶力にも洞察力にも自信があるからな」
腕を組み、淡々と答えるネヴィアを見、ラウダは小さくため息をつくと、白状した。
「……この世界で僕は勇者、らしいです」
「随分自信がないんだな。もっと誇らし気にすれば良いものを」
「そんな柄じゃないから」
朝焼けの中、ラウダはぽつりぽつりと別の世界から自分が来たことと、この世界に来てからのことを話し始めた。
ネヴィアは何も言わずに、静かに耳を傾けていた。
「さっきも言ったけど、僕は勇者なんて柄じゃないんです。知らないこの世界を救えるほど、僕はお人好しじゃない」
一通り話し終えた後、ラウダはそう告げた。
「無責任だな」
しかしネヴィアの視線も意見も厳しいものだった。
それに対するように、ラウダは相手をにらみつけた。
「勝手に勇者なんかに仕立て上げられて、みんな一方的に救ってほしいと願う。でもきっと不要になったら邪魔だと言うんだ。それこそ無責任じゃないですか」
そう言い放つと、ラウダはうつむいた。
「僕なんかよりもっと適任がいるはずだ。なのに、どうして僕なんだろう……」
最後には自問自答となったラウダの言葉に、ネヴィアは首を横に振った。
「人には誰しも運命というものがある。神が定めたそれは決して覆せない。お前も、私も、な」
きっぱりと言い放つネヴィアだが、その表情にはどこか哀しみのようなものが感じられた。
「運命……」
要はどうしようもないから諦めろということだ。
そのことにラウダは軽い絶望を覚えた。
「だがな、その道がどんな運命に続いていようと、その道中に広がるいくつもの分かれ道は自分で選択できるものだ」
そんなネヴィアの言葉にラウダは顔を上げ、首を傾げた。
「私も、お前の仲間として共に行こう」
突然のことに何を言われたのかよく分からず、ラウダは目をしばたかせた。
対するネヴィアは全く表情を変えることはない。
「昨日言っただろう。私は勇者に興味があり、同行してみたいと」
「そ、そうだけど……ずいぶん急と言うか、思い切りが良いと言うか……」
「元々大して宛てのない旅をしていた身だからな」
ネヴィアは別段大したことはないとでも言いたげにそう言ってのけた。
「そういうもの?」
「そういうものだ」
無表情のまま淡々と返事をするネヴィアから視線をそらし、再び景色に目をやったラウダは、内心で本当に変わった人だなあとつぶやいた。




