16‐6
「ごめん」
協会本部を後にするため出入り口に向かっている最中、ラウダが謝罪の言葉を述べた。
「お前が謝ることねえよ。できないものはできないんだから」
意外にもアクティーは怒ったり呆れたりすることなく、慰めの言葉をかけてくれた。だが、ラウダとしては迷惑をかけたことに違いはない。
「それよりも俺は――」
そこでちらりとセルファの方を見やる。当の本人は気づいていないのか、まっすぐ前を向いたままずかずかと歩いていく。
「プライドや相性ってものがある。最悪に反りあわなかったんだろうな」
彼女に聞こえないように、ノーウィンがこっそりとつぶやいた。
「アンタも苦労するねえ」
終始黙って事の行く先を見守っていたガレシアが珍しくアクティーに同情の言葉を漏らした。
「全くだ――」
アクティーは途中で言葉を詰まらせ、黙り込んだ。
「アクティーさん?」
ローヴが不思議そうに名前を呼ぶが、彼は返事をせず、まっすぐ前を見つめている。
視線の先には、アクティーと同じく新緑のローブを身にまとった青髪の男性と、バインダーを手にし、何事か話しかけている女性が並んで歩いてくるのが見えた。
相手はこちらに気づくと、メガネをかけ直して目を細め、何やら驚いたような素振りをした。
「こーれはこれは! ジェスト殿ではありませんか!」
それに対してその場に立ち止まると、アクティーもまた仰々しく礼をする。
「お久しぶりですねえ、バンネス殿」
メガネをかけ直すと、にこにこと作り笑顔を見せた。
「フォルガナでの活躍ぶり耳にしていますよ。実に素晴らしい手腕だとか」
そう言う相手もその場に立ち止まると、にこにこと笑顔を見せる。
なんだか変な雰囲気に一行は顔を見合わせる。
「それにしても本部に戻っているという話は耳にしましたが……随分と賑やかですねえ? まさかフォルガナ支部の新しい会員ですかな?」
一行は明らかに、どう見ても協会の人間には見えない。皮肉のつもりだろうか。
それに対してアクティーは相変わらずにこやかに、いいえと答える。
「実は伝説の勇者が現れましてね……私はその供をすることになったのですよ」
相手の眉がピクリと動く。
「ほ、ほう……それはそれは……」
明らかに動揺している。
しかし、わざとらしい咳払いを一つすると、再びにこやかな笑顔に戻った。
「ということは、フォルガナ支部はさぞ大変でしょうなあ」
「ええ。もし困りごとがあればぜひともバンネス殿の見事な手腕でお力添えいただけると幸いです」
見事な手腕という言葉を聞いて、相手はフハハと大きな笑い声を上げた。
「そうでしょうそうでしょう! 何か困りごとがあればこのブルーク・エル・バンネスにお任せくだされば万事解決というものですぞ! フッ、フハハハハー!」
そこで隣に立っている金縁の眼鏡をかけた女性が小さく咳払いをした。
「大佐。業務中です。大声は控えますよう」
ブルークと名乗った男は、ぐぬと慌てて口を閉じる。
続けて話をするが、今度はそれまでと異なり声が小さい。
「と、とにかく。本部はこの通り私の見事な手腕で安泰ですから、ジェスト殿が心配することは何もありませんよ」
「ほほう、それはそれは行く先が楽しみでございますね」
「そうでしょうそうでしょう!!」
「大佐」
女性の忠告に再度口を閉じると、わざとらしい咳払いを一つした。
「それでは、私はこの後会議がありますので。これにて失礼」
相手はふふんと鼻を鳴らすと、一行の横を歩いて行った。
一行はただただぽかんとするのであった。
「なんだい、アレ……」
相手がいなくなるのを確認すると、それまでの作り笑顔はどこへやら。いつもの表情でアクティーは肩をすくめた。
「さっきも名乗ってた通り、ブルーク・エル・バンネス殿だ。なーんか俺をライバル視しててな。事あるごとに突っかかってくんの」
「なんでまたアクティーなんかを」
ガレシアがそう言うと、アクティーが呆れた顔を浮かべる。
なんかとはなんだと言いたそうだが、小さくため息をついて濁す。
「ほら、俺って最年少で入会しちゃったじゃない? だから――」
「最年少?」
聞き覚えのない話に、ローヴが首を傾げる。
「あれ、言ってなかったっけ? 俺、シルジオに13の時に入会したの」
「「13!?」」
思わずラウダとローヴが口をそろえて大声を上げる。が、先ほどの女性の言葉を思い出し、すぐに口をつぐむ。
13歳と言えば2人はもちろんセルファよりも年下である。
そんな年少の頃から魔法使として認められているだけでなく、シルジオに入団するだけの知識を持っていたのかと思うと、気が遠くなる。
普段のちゃらちゃらした性格からは微塵も感じられない、とは言わないことにした。
「話を戻すと、元々最年少入会だったバンネス殿を抜いて俺が最年少で入会したもんで、ライバル視されてるってわけ」
「な、なるほど……」
ちなみにその最年少入会の記録は未だに破られていないらしく、ちょっとした自慢だそうだ。
* * *
協会の外に出ると、一行はそろって大きく深呼吸をした。
ラウダの一件、そしてセルファと大元帥の一件でひやひやしっぱなしだったため、とにかく生きた心地がしなかった。
「アーくーん!」
そんな一行の後ろからアクティーを呼ぶ声が聞こえた。
アクティーをそのように呼ぶのは言わずもがな、エリだ。
金髪のポニーテールを大きく揺らしながら、アクティーのもとへと駆け寄る。
「あん? なんだエリ」
「もう行っちゃうんでしょ? お別れの言葉くらいくれてもいいと思うけどなー」
頬をふくらませる彼女の手には、何やら一枚の紙きれが握られていた。
「なんですか、それ?」
ローヴが問いかけると、頬をふくらませるのを止め、ぱあっと明るい表情を見せた。
「お、気になる? 気になっちゃう?」
「き、気になっちゃいます!」
それにオルディナがキラキラとした目で乗っかる。
アクティーとイブネスが小さくため息をついたことに彼女は気づかない。
「なんと! カルカラの街で新しいお芝居が公開されることになったんだって!」
そう言って彼女が見せたのは『カルカラで新公演!貴族と貧民の男女の涙なみだの恋物語!』と書かれたビラだった。
キラキラと輝く星の下でバルコニーから手を伸ばす男と、その下で泣いている女の絵が描かれている。
カルカラの街と言えば、劇団があり、芝居を行っていると以前ガレシアが言っていた。
地図で確認したが王都から山を越え、先へ進んだ所にあったはずだ。
「新しいお芝居!?」
エリの言葉にローヴが目を輝かせる。
しかも恋物語と言えば彼女が特に大好きな分野である。
芝居が気になるローヴと芝居を見たことがないというオルディナ、そしてエリが意気投合して盛り上がっているのを見て、ラウダとアクティーは少し嫌な予感がした。
そんなことは露知らず、突然エリがしゅんとなる。
「でも、私仕事があるから行けなくて……」
「ええー!」
「そう! すっごく残念なの! だから……」
エリがばっとビラをアクティーに突きつける。
「アーくん! 代わりに見てきて!!」
「はあ!?」
嫌な予感が的中し、反論の声を上げるアクティーだったが、エリはお構いなしである。
「それで、感想教えて! あっ、ローヴちゃんとオルディナちゃんも感想教えてね!」
「もちろん!」
「ちょっ」
目をキラキラと輝かせる3人を止める術はない。
「あっ、あたしそろそろ戻らないと! じゃあよろしく!」
結局ビラを押し付けるだけ押し付けて、エリは嵐のごとく立ち去って行った。
呆然とする一行――ローヴとオルディナは除く――だったが、セルファが大きな大きなため息をついた。
「あなたに付き合うとろくでもないことばかりだわ……」
「いや俺に言われても……」
その横で、ローヴとオルディナがやる気を見せていた。
「ラウダ! お芝居! お芝居だよ! 絶対見に行くからね!」
「う、うん……」
「お兄さん! わたしお芝居見てみたいです!」
「あ、ああ……」
傍から見るノーウィンはただ苦笑するしかなかった。
「アンタも苦労するねえ……」
珍しくガレシアがアクティーに同情の言葉を漏らした。
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