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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第16話 証拠
88/196

16‐5

 階段を上り、焦げ茶色の扉をノックすると、中から低い声がどうぞと返してきた。

 言われた通り扉を開け中に入ると、白髪の男性が椅子から立ち上がる。

 全員が机の側に立ったのを確認すると、アクティーは一礼した。


「お待たせいたしました」

「うむ、よく連れてきてくれた」


 ぐるりと一行を見渡すと、大元帥ラグダナフは名を名乗り、再度席に着いた。


「して、勇者はどちらかな?」


 アクティーはラウダに視線を送る。それに気づくと、ラウダは少々ギクシャクしながら前に歩み出た。

 ピンと張りつめた空気、相手の射貫くような鋭い瞳にラウダは手をぎゅっと握りしめた。

 相手はすでに自分が勇者だと知っている。一体何を言われるのだろうか。


「君か……」


 ラグダナフはふむと一言つぶやくと、机の上で手を組んだ。

 時計の音がカチコチと鳴り響く。

 沈黙の間はそう長くないはずなのに、1時間にも2時間にも感じられた。


「まずは君が勇者である証を見せてもらおうか」


 ぎくり。


 この話が出てくるのは当然なのだが、先の玉座の間での一件がある。

 また何か大きな問題に発展するのでは――思わずちらりとアクティーを見やると、アクティーは比較的冷静に小さくうなずいた。

 どうやら何かしらのフォローはしてくれるらしい。


 ひとまずこのまま黙っているわけにもいかない。

 意を決したラウダはそっと右手を差し出した。


 証は――出ない。


 半ば諦めかけていたこととはいえ、やはりショックなものはショックだ。

 ラウダはうつむくしかなかった。


 ひやりとした空気が一行の間を流れる。


「ふむ。これはどういうことかね」


 ラグダナフがアクティーに問いかける。

 口調は穏やかだが、やはり視線は鋭い。


「申し訳ございません。彼は自分の意思で証を出すことができないのです。しかし実際に証を宿し、発動させているところまでは確認済みです」

「なるほど、制御がうまくできないわけか。原因について何か思い当たることは?」

「いえ、彼も私も特には」


 再びの沈黙。

 相手は目を閉じ、何事かを考え込んでいるようだった。

 後ろでノーウィンとローヴ、オルディナが目を見合わせていた。

 どうしようもないことは分かっているのだが、どうにかならないものだろうか、と。


「大元帥」

「何かね?」


 不意にアクティーがラグダナフに声をかけた。


「大元帥は何かご存じありませんか?」


 ダメ元ではあるが、仮にも彼は魔法使協会の大元帥(トップ)なのだ。

 何かしらの知識があるかもしれないと思い問うたのだ、が。


「ふふ、おかしなことを尋ねるものだ」


 何故か笑われてしまった。


「証に関しては私よりもずっと君の方が詳しいだろう?」

「…………」


 それはそうだ。

 アクティーは黙り込んでしまった。


「これはあくまで私の憶測だが……君はもう勇者としての役割を解任されたのではないだろうか」


 ラグダナフの憶測。

 その言葉は証所有者たちを跳ね上げるようにして顔を上げさせた。


「証が最後に輝いたのはいつかね?」


 ぎょっとなった一部の面々を無視して、大元帥は話を続ける。


「え、ええと……王都に来て、大図書館へ行った時、です」

「ほう」


 しかしあの時、証は自分の意思とは関係なく輝き出した。

 それを聞いてラグダナフは考え込む。


「それが最後の輝きだった、という可能性はあるかもしれないな」

「…………」


 ついに全員が沈黙してしまった。

 まさかそんなことが、と言いたいのはやまやまだが、何分“太陽の証”については不明点が多すぎるため、もし仮にラウダが勇者に適していないからお役御免になりましたと言われても何ら不思議ではなかった。


(――あれ?)


 ふと、ラウダは安堵している自分がいることに気が付いた。


 勇者としての証をはく奪されたかもしれないのに。

 仲間から不要とされるかもしれないのに。

 だが不思議と不安はないのだ。


「ジェスト大佐」


 静寂の中、大元帥がアクティーに呼びかける。


「君は何故彼が勇者だと見極めたのかね?」

「それは……」

「それを見極めたのは私よ」


 言葉に詰まってしまうアクティーだったが、すかさず割って入ったのはセルファだった。

 彼女は恐れというものを知らないのだろうか。ずいと前に出てくると、キッとにらみつける勢いで相手の目を見つめた。


「君は?」

「“地竜の証”の所有者よ」


 ラグダナフの問いに答えるなり、彼女は左手を相手に突き出した。

 彼女の意思に応えた証は、温かな黄の輝きを放ち出す。


「私たち証所有者には私たちにしか感じられないものがある。彼は間違いなく“太陽の証”の所有者よ」


 後ろに控えていたイブネスもこくりとうなずくと、相手に見えるよう、そっと右手を上げた。

 脈動する青い輝き“水鬼の証”を確認すると、ラグダナフは何事かを悩んだ後、再度一行の顔を見渡した。


「実は先ほど城の使いから伝達を受け取ったのだが」


 何の前触れもなく突然話題が変わり、皆一瞬不思議そうな表情を浮かべるが、すぐにそれが何を意味するかを悟り、さっと顔色が変わった。


「ひどい旅人を寄こしたと王が大変お怒りだと伺った。当分シルジオの意見に耳を貸すつもりはないともな」


 まさか城で起こした一件が協会にまで飛び火するとは思いもせず。ラウダはすっかり縮こまってしまい、相手の顔を見ることができなくなった。

 仲間を危機にさらし、支援してくれると思っていた協会の信頼にまで傷をつけた自分の行動はやはり間違っていたのだろうか。


「その最中に根拠もなく勇者だと名乗り出た者がいたと聞いてな。もしやと思ったが」


 全員が気まずい顔で沈黙するのを確認すると、ラグダナフは小さくため息をついた。


「城からの依頼を請けた後、何があったのか話してもらおうか」


 ここで嘘をつく理由もメリットもない。

 アクティーは、城から依頼を請けた後に古城であった出来事と、王城への報告の際に何があったかを事細かに報告した。

 一通り話を聞くと、ラグダナフは目を閉じる。


「人体実験か……」


 そうつぶやくと、彼は目を開き、まっすぐにラウダを見つめた。


「王の前でそのようなことを言い出したからには、何か根拠があったのだろうね?」


 仲間たちからも聞かれたことを大元帥にも尋ねられ、ラウダは内心でため息をついた。

 信じてもらえるかどうかよりも、ラウダとしては最後の少女の映像が気になって仕方がないために、あまり思い出したくなかったのだ。

 しかしこの場でだんまりを決め込むわけにもいかない。


「古城で……魔物が最期にある映像を僕に見せたんです……そこに人体実験と思しき描写があって……」


 そんなことは初耳の仲間たちはそれぞれ怪訝な顔を浮かべ見合わせる。

 大元帥は一言、そうかとつぶやくと、小さくため息をついた。

 そして、ある一つのことをゆっくりと話し出す。


「……この国が“竜の国”と呼ばれているのを知っているかね?」


 そんな話は誰からも聞いたことがない。

 ラウダは首を横に振る。


「遠い昔、この国は戦で負け知らずだった。竜の牙のように強い攻め、竜の皮膚のように強い守りからそう呼ばれるようになったそうだ」


 そこでラグダナフはうつむくと、心なしか声の調子を落として話し始めた。


「その後、国の象徴である竜を作り出そうとしたことがあるといううわさを耳にしたことがある。あくまで耳にしたことがあるだけで、真相がいかなるものなのかまでは知らんがね」


 竜を作る。そのようなことができるものなのか。それこそ魔法の力で?

 ラウダは思わずアクティーを見やるが、彼もまた首を横に振った。


 魔物が最期に見せたあの映像はその時のものなのか。それとも知られていないだけでごく最近のことなのか。


「それにしても……ふむ、どうしたものか」


 ラグダナフは顔を上げると、元の声色へと戻した。


「国の依頼を請けるように言ったのは私だ。今回の責任は私にある。故にシルジオのことを気にする必要はない」


 そう言われ、ラウダはほっと胸をなでおろした。

 今回の一件で協会の名誉を傷つけたことから、何か厳罰を請けるのでは、あるいはその責任を自分ではなくアクティーが被ることになるのではと大きな不安を抱えていたのだ。

 ラグダナフは、ただ、と話を続ける。


「勇者が証を出せず身元を証明できないとなると、我々シルジオは君を支援することはできない」


 突然の宣告に全員が目を丸くする。

 それに構うことなく、彼はさらに話を続ける。


「また、今回の件で君たちはこの国からしばらく目を付けられることになるだろう。その目をかいくぐって君を支援することはシルジオにとって大きなリスクを伴うことになる」


 はっきりとは言わないが、そこまでする価値が今のラウダにはないということだろう。


「構わないわ」


 一行が呆然としているところに、セルファがはっきりと言ってのけた。


「セルファちゃ――」


 唐突のことに思わずアクティーが制止に入りかけるが、すぐに口をつぐんだ。

 大元帥の前だ。協会の人間である彼は余計なことを言えない。


「そもそもルナとしてソルを導くのは私の役目。もとより協会の支援など不要よ」


 その口調には明らかな怒気が含まれていた。


 そもそも今回の一件、協会の支援を受けるためにわざわざ貴重な時間を割いて予定外のことを行わされたのだ。さらに本来受け入れられるべき勇者を国から突っぱねられ、挙句協会からの支援を受けられないともなると、本末転倒である。


 元々シルジオの依頼に反対していたセルファが怒るのも無理はない。


 だが、ラグダナフは別のことに反応した。


「君がルナだと?」


 眉をひそめ、セルファのことを見つめる。


「何か証拠があるのかね?」


 その言葉に、ついにセルファの怒りが沸点に達した。


「さっきから聞いていれば根拠だとか証拠だとか、いちいちそんなものが必要なの!? 愚問だわ!」


 ラグダナフは黙り込む。


 2人の間には明らかに険悪なオーラが漂っていた。


 これ以上大元帥に無礼を働くわけにはいかない。アクティーは小さくため息をつくと、何とか現状を打破しようと、今回の一件を無理やりまとめる。


「大元帥。シルジオから支援を受けることはできない、ということでよろしいでしょうか」


 だがラグダナフはそれに対して首を横に振った。

 それからしばし何事かを考えこむと、ある提案をした。


「ジェスト大佐。君が連絡をくれた際に支援をするということにしよう」

「は? 私が、ですか?」


 突然の指名にアクティーが困惑の色を示すが、相手はただうなずくだけであった。


「君は頭が切れる。切り札の使いどころを間違えることはないだろう」


 最小限の支援ならば国の目をかいくぐって行うことができるということだろう。

 だが逆に言えば、連絡をもらうまで何もしないということだ。


 その間も、やはりシルジオは信頼できないとセルファが相手をにらみつけるが、相手は全く気にする素振りもない。

 アクティーは内心で大きなため息をつくのだった。


「承知いたしました。それでは今回はこれで失礼いたします」


 結局大した収穫もなく。アクティーはそれだけ言うと、仲間共々その場を後にする。

 去り際、怒り心頭の少女の背にラグダナフは声をかけた。


「ルナを名乗る者よ。証拠とは証明するだけでなく、間違いを正す為にもなる。それを忘れぬように」

「私は間違ってなどいないわ!」


 捨て台詞のようにそれだけ言うと、セルファはさっさと部屋から出ていった。

 ラグダナフはぱたんと閉じられた扉をしばらく見つめた後、さてと小さく言葉を漏らした。


「彼らの旅がどうなるか……見守らせてもらうとしよう」


 そして机の引き出しを開けると、シルジオに所属する会員一覧のリストを取り出すのであった。


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