16‐3
足取りは重い。
誰も何も言わないまま、とにかく城から逃げるようにして、城下の東広場へとやってきた。
唐突に先頭を歩いていたアクティーが足を止めた。
振り返ると、後ろにいたラウダをにらみつける。
「どうしてあんなことをした?」
「…………」
ラウダはうつむいたまま何も言わない。
「当然根拠があって言ったんだよな?」
静かな声ではあったが、その口調には明らかに怒りが含まれていた。
こんなにも怒ったアクティーを見るのは初めてだった。
しかし、当のラウダは相変わらず何も答えない。
さすがのガレシアもアクティーに同意しているのか、腕を組んだまま何も言わず、ラウダを見つめていた。
「仮にも王の前だぞ?」
「止めろ、アクティー」
ラウダにつかみかかろうとするアクティーをノーウィンが制止する。
しかし、アクティーの怒りは徐々にヒートアップしていく。
「分かってんのか!? 一歩間違えれば俺たち全員の首が飛んでたんだぞ!」
「…………」
分かっているつもりだった。
それでもラウダには抑えることができなかった。
あのバケモノが最期に見せた映像が何かのメッセージのような気がして。
いや、バケモノだけではない。
あの古城そのものに何かがあるような気がして。
ローヴとオルディナが不安な面持ちでラウダとアクティーを交互に見る。しかし彼女たちにこの状況を解決する力はない。
対してセルファとイブネスはあくまでも静観するのみだった。
アクティーの怒声に広場にいる周囲の人々がざわめき出す。このまま放っておけば兵が飛んできかねない。
見かねたノーウィンが再度制止する。
「もういい、止めろ」
「もういい? もういいだと!? てめえも下手すりゃこいつに殺されてたかもしれねえんだぞ!?」
「止めな」
そこへガレシアが口をはさんだ。
アクティーはそちらを振り返りにらみつけるも、ガレシアのまっすぐな視線に黙り込んだ。
「どんな形でも仲間を侮辱するのは許さないよ」
ガレシアのはっきりとした物言いに、アクティーは沈黙するしかなかった。
周囲のざわめきが止んだ頃、アクティーが重々しく口を開いた。
「協会に行ってくる」
それだけ言うと、仲間たちの方を振り返ることもせず、1人その場を後にした。
残された一行はただただその場に立ち尽くすしかなかった。
* * *
荘厳な石造りの建物の前でアクティーは大きなため息を1つついた。
「……ったく、らしくねえな」
ぼそりと独り言を言うと、メガネをかけ直し、足を踏み入れる。
いくつもの甲冑の前を通ると、カウンター内で作業中だったミズ・マードが顔を上げた。
「ごきげんよう」
アクティーが仰々しく礼をする。そして彼が大元帥に会いたい旨を話すよりも先に、ミズ・マードが口を開いた。
「ジェスト大佐、大元帥からの言伝を預かっております」
「言伝?」
不思議そうに首を傾げるが、相手は全く気にする様子がなく、いつも通りの事務的な口調で淡々と話す。
「勇者と仲間を連れて私に会いに来るように、とのことです」
思わず顔をしかめる。
彼らとはついさっき険悪なムードになったばかりだというのに。
とはいえ命令に逆らうわけにもいかない。アクティーは顔に出さないよう、内心で大きなため息をついた。
「承知いたしました。それでは出直してまいります」
それだけ言うとアクティーはきびすを返す。
「そのような状態で大元帥にお会いするつもりですか?」
そんな彼にミズ・マードが声をかけた。
思わず足を止める。
「頭を冷やしてから来なさい」
それまでの事務的な口調とは異なり、呆れつつもどこか優しげな声に、アクティーはふっと笑った。
やはりこの人にはかなわないな、と。
* * *
移動することもなく、一行は広場で各々静かな一時を過ごしていた。
静かといってもピンと張りつめたような空気なので、とても心臓に優しくはないが。
誰が何を言い出すわけでもなく、沈黙だけが続く。
ラウダは自分のしたことを間違いだとは思っていなかった。
確かにアクティーの言う通り、仲間を危機にはさらした。
しかし王のあの態度。やはり過去に古城で何かを行っていたことは間違いない。それも人体実験に近い何かを。
それが彼自身なのか、先代なのか、はたまた別人なのかまではさすがに分からないが。
そんなことをぼんやりと考えていると、ゆったりとした歩調でアクティーが戻ってくるのが目に入った。
随分早い戻りに皆が驚いていると、アクティーは腰に手を当ててため息をついた。
「大元帥からのお達しだ。勇者と仲間を連れて来いってさ」
「そうか……」
ノーウィンは簡単に返事をすると、ちらりとラウダの方を見る。
相変わらずうつむいたままの少年に、アクティーはやれやれと首を振った。
「ラウダ」
名前を呼ばれ、ようやくラウダは顔を上げた。
「俺はお前のバカげた行為を許すつもりはないし、謝るつもりもない」
そういう彼はまっすぐにこっちを見つめてきた。先ほどのように怒りにらみつけるようなことはない。
「けどそれじゃキリがないからな。今回の一件についてはもう何も言わないことにする。だからお前ももう何も言うな。いいな?」
ラウダはしばらく考えた後、小さくうなずいた。
強引ではあるが何とか和解した2人を見て、皆ほっと胸をなでおろす。
そしてアクティーに続いて一行は初めて協会本部へと足を踏み入れるのだった。




