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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第16話 証拠
85/196

16‐2

「ラウダ!」


 イブネスに連れられておんぼろ宿屋の前に戻ると、オルディナも含めた全員が待ってくれていた。

 ラウダの姿を確認するや否や、ローヴが慌てて駆け寄ってくる。


「もうバカ! 心配したんだから!」

「ご、ごめん」


 思いの外大事になってしまったようで、ラウダは深く反省する。


「どこにいたんだ?」


 ノーウィンがイブネスに問うと、彼は一言貧民街にいたとだけ答えた。


「散歩してたら迷子になっちゃって……」

「どんな散歩の仕方をしたらそんなとこに迷い込むんだよ……」


 ラウダがそう言うと、アクティーが呆れたように肩をすくめた。


「でも、無事でよかったです……悪い人に連れ去られていたらどうしようかと……」


 オルディナがほっと安堵の表情を見せた。


「全くだわ……あなたがいなくなったら大変なのよ」


 セルファもそう言うが、オルディナと異なり、彼女の場合の大変とは世界の危機に対してだろう。

 なんだか複雑な気持ちになりながらも、ラウダは再度謝るのだった。


 *     *     *


 ラウダが無事だということが分かると、一行はそれぞれ荷物を手に朝食を――イブネスとオルディナは宿泊中の宿屋内にあるレストランで――済まし、再び王に謁見するために城へと赴くのだった。


「うー……またあの緊張を味わわないといけないんだね……」


 ローヴが大きなため息をつくと、ノーウィンが苦笑を返した。


「ま、これでこの後に大元帥に報告すれば一件落着だ。王には俺から報告するし、ローヴちゃんは前回と同じく俺の動きに合わせてくれればいいから」


 アクティーはさらりと言ってのけるが、それが一番緊張するのだとラウダとローヴは内心でつぶやくのだった。


 そんなアクティーの腰には小さな布袋が下げられていた。中身は例のバケモノの一部、謎の部品だ。

 それを見ながら、ガレシアは小さくため息をついた。


「それにしても解せないね……」

「あの黒い獣か」


 ガレシアは小さくうなずくと、顔をしかめながら腕を組んだ。

 ノーウィンもまた難しい顔を浮かべる。


 2人が話しているのは、ローヴたちが戦った3つ首の黒い獣に関してだ。


 バケモノを倒し、玉座の間を後にした一行はバケモノと同様に、獣の一部を持ち帰るために大広間を通ったのだが――どこにもなかったのだ。あるはずの黒い獣の死体が。


 まさか生きていたのではと一通り辺りを確認するも、結局姿を見つけることはかなわず。

 ラウダの体調のこともあったので仕方なく一行はそのまま引き上げてきたのだった。


「証を使って気配を探ったが、どこにも何も感じなかった……まるで最初から何もなかったかのように、な」


 アクティーがそう言うと、ガレシアがぎろりとそちらをにらんだ。


「疑っているのかい?」


 それに対してアクティーはまさか、と肩をすくめる。


 彼の言う通り、証を使った捜索もしてみたのだが、まるで気配を感じることはなかったのだ。

 あれほど大きなものが、しかも顔がつぶれ血まみれのものがそう簡単に姿を消せるとは思えない。


「まあそいつに関しては何か聞かれたら答えるってことで」


 アクティーはそう言うが、王自身が見てもいないものに対して聞くなどあり得ない。言い方を変えればこの件に関して報告する気はないということだ。


「いいのかそれで」


 不安な面持ちでノーウィンがそう問うと、大元帥には報告するつもりだとさらりと答えた。

 そんなことを話しているうちに一行は城の前にたどり着いた。


 アクティーが入り口に立つ兵に話をつけると、またしてもあっという間に謁見の間へと通されるのだった。


 *     *     *


 一行は王の前にひざまずく。もちろん帽子やピンは外している。

 相変わらず大勢の兵がいるにも関わらず、静まり返った謁見の間には自分の鼓動だけが響いていた。


 豪奢な椅子に腰かけた王に、アクティーが口を開く。


「国王陛下に置かれましてはご機嫌麗しく――」

「前置きは良い」


 王は手を前にかざしそう指示すると、一行の中にイブネスとオルディナの姿があることを確認した。

 そうして再びアクティーに視線を向けると、どこか急かすように問いかけてくる。


「こうしてそろって参ったということは、問題は無事解決したのであろうな?」


 アクティーは顔を上げると、大きくうなずいた。


「その通りでございます。古城を支配していた魔物を無事退治しましたので、ご報告に参った次第でございます」


 アクティーが腰に下げていた布袋を開き、謎の部品を王に見えるよう掲げた。


「こちらが古城を支配していた主の一部でございます」


 何の部品かも分からないものを出され、王はさぞ戸惑うことだろう。根掘り葉掘り聞かれるのだろうなと思ったラウダがちらりと王の顔を見やる。


 ――あれ?


 そこで、相手の顔色がさっと曇ったのを見てしまった。


「シルジオの使いよ。その魔物とは……幽霊ではなかったのか?」

「はっ。城内には仰る通り幽霊が出現しましたが、その主は醜悪な姿を持つ魔物でございました」


 王は、アクティーの持つ部品をしげしげと見たと思いきや、彼から視線を外した。

 長く伸びた白髭をなでながら、何事かを悩んでいるようだった。

 その間があまりにも長く、アクティーは怪訝に思いながらもそれを顔に出さず口を開いた。


「あの――」


 しかし、その言葉に畳みかけるようにして、王が言葉を発した。


「シルジオの使いと旅人たちよ。今回の一件は決して口外するでないぞ」


 きつい口調でそう発言すると、王は一行から視線を外し、さらには玉座から立ち上がろうとまでする。

 もう用はないと言いたいのがよく伝わってきた。


 これにはさすがのアクティーも困惑した表情を浮かべた。


 予想では今回の魔物についてあれこれ、今後の対策について大元帥への伝達、労い、そして報酬に関して話されると思っていたのだ。

 それが魔物について詮索するでもなく、突然口外しないようにと命じた。


 仲間たちが、玉座の間にいる人間たちが、何事かとそれぞれ顔を見合わせる中、ラウダは軽い頭痛に悩まされていた。



 双子の少年少女の写真。

 彼らは誰だ?

 何故僕にあんなものを見せたんだ?

 鉄の檻、注射器、血――


 ノイズ。


 城内にあった日記。

 挨拶もなしに突然辞める侍女。

 何故?


 ノイズ。


 薄暗い城内。

 貴重な過去の建築物。

 ついこの前まで人がいたような部屋。

 ――部屋の人間もある日こつ然といなくなっていたとしたら?



 気が付くとラウダはその場に立ち上がっていた。


 突然のことに一行がぎょっとなる。

 だが少年はそれを気にも留めることなく、退席しようとしている王に話しかけた。


「1つ教えてください」


 王はそちらを見やると、あからさまに不機嫌な顔を浮かべた。


「そなたは何だ?」


 少年は名乗らない。

 そうして一方的に質問を投げかける。


「あの城では何が行われていたんですか?」


 王の眉がピクリと動いたところを、ラウダは見逃さなかった。

 静寂が玉座の間を支配する。


「何が、とは?」


 しばしの後、王が質問を質問で返した。

 ラウダには、適当なことを言うな。お前が何を知っている。と聞こえた。


「たとえば」


 一呼吸置いた後、少年はその言葉を言い放った。


「人体実験とか」


 王がかっと目を見開く。


 相手にしない、鼻で笑うといった反応ではないことから、相手によほど余裕がないこと、そしてそれが図星であるということが手に取るように分かった。


 暴言にも似たその言葉。一国を相手に喧嘩を売ったといっても過言ではない。

 玉座の間がざわめき、仲間たちの血の気が引く。


 だがどうやら血の気が引いたのは王の後方に控えていた一部の人間もだったようだ。

 小太りな大臣などは薄い頭から滝のように汗を流し、青い顔でおろおろと王を見つめている。


「何を根拠に……そのような話、我が国では決してあり得ぬ。決して、な」


 根拠。実際に見た――いや見せられたものが根拠だ。

 だが、そんなことを言ったところで信じてもらえず相手にされないのがオチだ。


 しかしたった1つだけ。

 自分の言うことを相手に聞かせる方法が1つだけある。



 ラウダはうつむくと、決意した。



 再度顔を上げ、真正面から王の目をじっと見つめると、口を開いた。


「僕が勇者でも、ですか?」


 突然の言葉に誰もすぐにその言葉を理解できなかったらしい。

 玉座の間を静寂が覆う。


 兵士たちはしきりに顔を見合わせ、大臣は何度も王とラウダの顔を交互に見やる。

 劇団員として舞台に立ってきたため、視線を浴びることには慣れているが、やはり居心地は悪い。


 そんな中1人だけ鋭い視線を投げかけていた。

 アクティーだ。

 言葉には出さないが、止めろと言っているのが分かる。


 しかしそれでもラウダは聞かない。もう後には引き返せないのだ。

 目を閉じ何事かを考えていた王が、ゆっくりと目を開く。


「勇者はその手に証を持つという。当然その証があるのだろうな」


 賭けだった。


 ラウダは他の証所有者と違い、自分の意思で証が出せない。

 証が現れるかどうか、何の根拠もない。


 ラウダはゆっくりと深呼吸すると、右手を突き出した。



 証は――現れない。



 王の鋭いにらみが、身を貫くようで痛い。


 何故だ。こういう場でこそ証明できなければ何の意味もないじゃないか。


 額から汗が流れる。


 輝け!

 現れろ!

 力強く、必死に願う。


 だが、その手は何の反応も見せてはくれなかった。


 王は首を左右に振ると、兵に向けてゆっくりと手を上げた。


「話は終わった。この者たちを追い出せ」

「待っ」

「これ以上くだらぬことを申すならば、貴様の首をはねる」


 負けた。完全に。


 それ以上何を言うことも許されないまま、一行は強引に兵たちに城外へ追い出されるのであった。


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