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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第15話 たどる運命(さだめ)
83/196

15‐9

「イグニス!」

「プロシード!」


 2つの魔法が同時に叫ばれる。

 鎖に絡み取られた腕が高熱の玉で焼かれるのに対して、ラウダの体はオレンジ色の暖かな光に包まれる。

 敵がようやく後ろを振り向く。


 部屋には魔法を発動し終えたローヴと、腕を封じる鎖を握るガレシア、槍を構えこちらを睨みつけるノーウィンがいた。

 その後ろを一直線にセルファのもとへ向かうオルディナの姿も見えた。


 口から血を流すセルファは腹部を強打され、荒い呼吸を繰り返しうなだれていた。

 そんな彼女の横にしゃがむとオルディナは何事かをつぶやき始める。


「ハイアプル!」


 中級の治癒魔法。折れた骨さえも瞬時にくっつけるという驚異の回復力を持つ。

 ぼやけていた視界が晴れ、セルファはオルディナの顔を見た。


「立てますか?」

「……ええ」


 心配そうにのぞき込むオルディナに簡単に礼を言うと、セルファはすぐさま立ち上がった。

 ふらりとどことなく危なげだったが、ここで自分が倒れるわけにはいかないと踏ん張り、両手のダガーを握り直すと、前線へ出る。


 これで8人。なんとか全員合流できた。


 来て早々だったが、相手がここの親玉だということはその威圧感、ピリピリとした空気で察せた。

 ノーウィンは槍を振るうと、一直線に敵のもとへと突進する。


「エンチャント……アイス!」


 その隣にいたイブネスは呪文を唱え刀身に触れた。すると刀身が青みを帯び、冷気が漂い出す。そのまま力強く地を踏み駆け出す。

 その後ろではアクティーが集中力を高め、セルファは再び舞い出した。


 敵は腕に絡まった鎖を手前へと引っ張る。危機を察知したガレシアはすぐさま鎖を外し、自分のもとへと引き戻した。

 攻撃を受ける前に敵は再びその場からはって逃げ出す。だがそれを逃すまいと2人はその場で踏みとどまり、体の向きを変えると、槍と剣を交差させて敵に突き刺した。

 すると麻袋からはネジと何かの部品らしきものがバラバラとこぼれ出した。

 それが何なのかは分からないが調べている暇などない。


 敵はぐるりと旋回すると、腕を横に振るい、ノーウィンとイブネスをなぎ払った。

 素早い動きについていけず、2人まとめて壁に打ち付けられる。


 相変わらずひるむ様子はない。

 ガレシアが鎖を地面に打ち、相手を威嚇する。

 その鎖を今度は顔面に向けて放つも、敵は腕で顔を防御する。


 ――防御?


 これまでどんな攻撃を受けても攻めの一点だったにも関わらず、ここで防御を行うということは――


 アクティーとセルファがほぼ同時に手を突き出す。


「ウェントカッター!」

「ロックニードル!」


 2人の魔法が顔を狙って発動される。


 風が腕を切り裂き、その隙間から鋭い岩が差し込む。


 ブチッ


 顔の糸がちぎれた。

 その瞬間。



 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ



 真っ二つに別れた顔から狂ったように笑い声が響く。

 男か女か分からない、中性的な声は先ほどの少年少女のものだろうか。

 そこで耐え切れず、ローヴが剣を支えにうつむき吐いた。

 こんなにも恐ろしいバケモノがいるものなのか。


 別れた顔をブラブラさせながら、跳躍し、再びシャンデリアにしがみついた。

 重みで軋むシャンデリアを激しく揺らす。その間も笑い声は止まない。


 敵が降りてこないことには攻撃しようがない。

 そこでオルディナが魔法を紡ぐ。魔法でたたき落そうという考えだ。

 周囲にマナが集い出したのを感知したのか、敵はさらにシャンデリアを揺さぶる。

 そして勢いよく、今度はローヴのもとへと飛んだ。


 だがそこでシャンデリアを支えていた鎖が引きちぎれた。

 それはまっすぐにオルディナのもとへと飛んでいく。


「オルディナ!」


 ラウダが名前を叫ぶものの、オルディナは詠唱を止めようとしない。その場に留まり逃げようとしないのだ。

 シャンデリアが迫る。詠唱は終わらない。


「オルディナ!」


 ローヴは立ち上がり、同じく名前を叫ぶ。


 ガシャアアアアアン


 シャンデリアがオルディナを――守ったイブネスの剣に弾かれた。


 剣に付与された冷気でシャンデリアは凍り付き、粉々に砕け散った。

 直後、オルディナがかっと目を見開く。


「イグニスボール!」


 杖の先に集ったマナが炎をまとい、巨大な火球へと姿を変える。

 その杖を頭上に掲げると、びっと敵を指し示した。

 ごおっと激しい音を立て、火球は猛スピードで敵に迫る。


 敵はまたしても腕で顔をガードするが、その腕が激しく焼き焦がされる。

 黒く焦げた腕がだらりと下がる。

 その間にラウダはローヴのもとへと駆け寄り、剣を構えた。


 敵はなお腕を上げ、両腕で握り拳を作る。だがその動きは明らかに鈍い。

 ぷるぷると震える腕を鎖が絡めとった。


 吹き飛ばされていたノーウィンが猛スピードで敵の背後に迫る。

 前かがみの体勢になった敵は今なお笑い声を上げる。血走った眼は正面にいるラウダとローヴを見つめていた。


 それに構うことなく、ラウダは力強く顔を貫いた。

 さらにその背をノーウィンの槍が貫く。

 そして――もう一方の顔をローヴが貫いた。



 笑い声が、止んだ。



 3人それぞれ武器を引き抜くと、体からはネジと部品を、顔からは赤黒い血をこぼした。

 バケモノはどさりとその場に崩れ落ち、沈黙した。

 ガレシアが鎖を外すと、腕もだらりと力なく垂れ下がった。


「腕が4本あるなんてズルいねえ……」

「欲しいとは思わねえけどな」


 鎖を回収しながら、ガレシアが不満を漏らすと、その横でアクティーが武器をしまった。

 全くだ、と思いながら全員がそれぞれ武器を収める。


「イブネスお兄さん、ノーウィンさん、大丈夫ですか?」


 オルディナは2人のもとへ歩み寄ると、すぐさま治癒魔法を唱え始めた。


「ああ、オルディナの防御魔法のおかげで大したダメージにならなかったよ」


 ノーウィンが笑顔でそう返した。

 魔法をかけ終わったオルディナもまたにっこりと笑顔を返した。

 そんな彼女の横へ行き、ローヴが上から下へと視線をやった。


「そういうオルディナは怪我してない? 無茶するんだから……」


 怪我がないことを確認すると、ローヴはほっと安堵し、肩の力が抜けた。


「わたしはお兄さんを信じていますから」


 そうにこやかに言うオルディナの側でイブネスは無言のままマントを直した。

 お互い信頼しているんだなとローヴはくすりと笑った。それがどこかうらやましくもあった。


「さてと……こいつを退治した証を持ち帰らないとな」

「そんなものが必要なの?」


 敵を物色するアクティーの言葉に、ラウダが首を傾げた。


「そ。それを王様に見せて、退治しましたーって報告しなきゃならないわけよ。そうだな……なんならこの顔でも持ち帰るか?」

「それは……止めてください……」


 いたずらっぽく笑うアクティーにローヴは顔をしかめた。

 冗談だと言って両手を上げた彼を、ガレシアがにらみつける。


「そういえば4人はどこから来たの? 合流できそうなところ見当たらなかったけど……」


 ラウダがそう問うと、ガレシアは肩をすくめた。


「兵舎から上に上がったらバルコニーに出られてね。その正面に3階に上がる階段があって玉座の間の前に出られたってわけさ」

「そうしたら突然威圧感を感じた上に戦闘の音が聞こえて……」


 オルディナが心配しました、と不安そうな顔でそう言った。


「それにしては合流すんの結構早かったな」


 アクティーがそう問うと、ガレシアとノーウィンが顔を見合わせた後に突然吹き出した。


「バルコニーに出たら当然直に雷の音が聞こえるからねえ」


 そう言って2人はローヴの方を見やった。

 そうだ、ローヴは雷が苦手だった。


「もう……めっちゃくちゃ怖かったんだから!! いつ落ちるかと思うと……!」


 それを聞いた瞬間、全員がどっと笑った。


「笑い事じゃないー!」


 ローヴだけは頬をふくらませた。


 その後、アクティーは適当に証となるものを選び、散らばっていた謎の部品を手にしていた。

 四角い鉄の箱にバネとネジ、その他にも赤と青のケーブルが繋がっている。

 壊れてしまった今となってはどういうものなのかさっぱりだが、手に収まるサイズなので丁度いいと選んだのだった。

 その間にお互いが分断されていた間に起こった出来事を話し合っていた。


「黒い獣……それも何か回収しといた方がいいかもな」


 それも脅威の1つとして報告すべきだとアクティーは判断した。

 一方のローヴはイブネスが水の証の所有者であることに驚き、今後オルディナと共に行動を共にすることを聞いて喜んでいた。


「だが、これで本当に終わりなのか?」


 そこでノーウィンが気になることを口走った。


「どういう意味だ?」


 報告では幽霊がこの城を乗っ取ったとあった。それとこの城周辺で魔物に襲われたとも。

 その割には城にいた魔物の数が少ない。そもそも魔物イコール幽霊だったのか。

 ノーウィンはそこが気になっていた。


「その辺りの調査は私たちの役目ではないでしょう?」


 しかし、それに対してセルファは苦々しく言った。

 ただでさえ本来の目的とかけ離れているのに、これ以上他のことに首を突っ込んでいる暇はないと、いら立ちを露わにしていた。

 そんな彼女にすまんと一言謝ると、そのことは口にしないことにした。


「ま、まあまあ。ここで証所有者とも会えたんだし、意味がなかったわけじゃないよね?」


 ローヴにそうたしなめられて、セルファもまた口をつぐんだ。確かにここに来なければイブネスと会うことはなかったのだ。そのことに間違いはない。


「はいはい。ここでの用事は終わったから怒らない怒らない」


 アクティーがそう言ってにっこりと笑みを浮かべると、セルファは大きくため息をついた。

 そもそも誰のせいでここに来ることになったんだか、と言いたそうだった。


 あとは1階にあるという黒い獣の証拠を何か持って帰ればここでの用事は片付く。

 その場を立ち去ろうとしたラウダの耳に声が聞こえた。



 太陽の――



「え?」


 突然、何者かに突き落とされ、ラウダはゆっくりゆっくりと水に沈んでいく。

 彼の頭をつかむと、脳裏に焼き付けるように、何枚もの写真を見せ付ける。



 楽しげに笑う双子の少年少女。


 鉄の檻。


 光る注射器。


 吹き出す血。


 泣き叫ぶ双子の少年少女。


 滴る血。


 広がる血。


 零れる肉。


 楽しげに笑う双子のバケモノ。



 そして。



 桃色の髪の少女の後ろ姿。


 知っている。何度も夢に見た。


 写真がめくられる度に少女がゆっくりとこっちを向く。


 しかし、完全にこちらを向く前に写真は泡となって消えてしまった。


 またしても手が届くことはかなわず、少年は底知れぬ暗い海へと沈んでいった。


 *     *     *


「……ダ……ウダ……」


 何か聞こえる。ノイズがひどく、聞き取れない。


「ラウダ!」


 目が見開かれる。


 息が止まっていたようだ。荒い呼吸を繰り返す。

 全身が汗でびっしょりなのに、体が冷たくてたまらない。


「ラウダ! よかった……!」


 ローヴが隣に座り込み、心配そうな顔から安堵した表情に変わった。


 冷たい床からゆっくりと身を起こすと、先ほどのバケモノに槍と大剣を向けるノーウィンとアクティーの姿が見えた。

 それをぼんやりと眺めていると、同じく隣に座り込んでいたオルディナが不安そうな面持ちで今起きた出来事を教えてくれた。

 どうやら先ほどのバケモノが突然ラウダを攻撃し、それを受けたラウダはしばらく意識が戻らなかったそうだ。


「攻撃って言っても小突いただけに見えたけどねえ……」


 そうつぶやくガレシアは今度こそ動かなくなった敵をにらみつけていた。


「完全に油断してたな……だが今度こそ沈黙したはずだ」


 ノーウィンは悔しそうに唇をかみながら槍をしまうと、ラウダの方を振り返った。


「…………」


 だが、ラウダの方はうつむいたままだった。


「ラウダ? 大丈夫?」


 ローヴはラウダの顔をのぞき込んで――ぎょっとした。


 顔面蒼白だ。


「ラウダ……?」


 ラウダは首を横に振ると、なんでもないと言った。

 明らかに様子がおかしいラウダを心配するが、彼はただなんでもない大丈夫だと繰り返し言うだけだった。


 窓の外では雲が晴れ、夜空に星が瞬いていた。



 どうして君が見えたんだ?



 ――ティルア。

第15話読んでいただきありがとうございます!

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