15‐7
少し前に地響きがしてから、より一層警戒を強めるラウダ一行。
あちら側が気になるラウダに対して、他のメンバーはあまり気にしていないように見える。
ノーウィンとガレシアがいるのだ。心配は無用――だろう。
結局ラウダもイブネスの「お前は気にせず前へ進め」という言葉に従い、彼らを信じることにした。
そんな一行がたどり着いたのは、薄汚れてはいるものの立派な部屋だった。
じゅうたんとカーテンには金糸が使われており、壁には何枚もの絵画が飾られている。
しかし、王族の部屋にしてはベッドのサイズは普通だし、豪華なドレッサーがあるわけでもない。
王族に次ぐ重鎮の部屋といったところだろうか。
「この部屋、変だな」
部屋をぐるりと見渡したアクティーが突然そう言った。
「変って何が?」
別段おかしなところはない。いたって普通の部屋である。
「よく考えてみろよ。ここはもう無人なんだぜ?」
はてともう一度部屋を見渡してみる。
壁側にある本棚には分厚い本がずらりと並んでおり、机には大量の紙が置かれている。
ほこりやくもの巣こそあるが、言われてみればついこの間まで人がいたような気さえする。
「遷都するときって物はそのままにするものなの?」
「いや……」
言いながらアクティーは机の上にあった紙を一枚手にした。インクがにじんでいてほとんど読めないが、何かの工事を提案した書類だということは分かった。
「まさか誰かが今もこの部屋を使ってるとか……」
それこそ幽霊が?
言っていて思わずぞっとなり口をつぐんだ。
「それはないわね」
しかしあっさりセルファに否定されてしまった。
床をじっと見つめながら、彼女は続ける。
「この部屋には長いこと誰かが踏み入った形跡がないもの」
「そ、そっか」
地の証を持つ彼女が言うのだ。間違いないだろう。
「……だがこの部屋の在り様……まるで主がこつ然と消え失せたかのようだな……」
ぼそりとそう言ってのけるイブネスの言葉に、鳥肌が立った。
「お、ラウダくん怖くなった?」
けらけらと笑うアクティーに、強気にそんなことないと言い返すと、ラウダはなんとなく気になった本棚に歩み寄った。
分厚いほこりの山に覆われた本の中にはいろいろ挟まっていそうな気がして、触るのは気が引けた。
ふとその中に1冊の青い手帳があるのを見つけた。
これもまたほこりに覆われているが、他のものと異なり妙に中身が気になった。手に取ってページをめくってみる。
あちこち紙同士がインクでへばり付いているようだったが、読めるページもあった。
『今日、また1人侍女が仕事を辞めた。しかし彼女も他の者と同じく、昨日まではいつも通り仕事をこなしていた。辞めるそぶりなど微塵も感じなかったのだが……。それにしても、挨拶もなしに置手紙一枚で突然いなくなるなど、失礼にも程があるだろう』
どうやら日記のようだ。日付は書いてあるが、何年のものかまでは分からない。
『侍女たちの間でおかしなうわさが流れている。なんでもこの城には霊が取りついており、夜な夜な人々をさらうというものらしいが、いくら娯楽に飢えているからとそんなバカバカしいうわさを信じるとは、どうかしている』
意外なところで幽霊の話が出てきたため、驚きつつもそのことを皆に話してみる。
「霊のうわさ、ねえ……。やっぱりこの城には何かあるな」
「何かって?」
「表向きは貴重な過去の建築物として保存、ってされてるが、実は呪いとかかかってて手が付けられずに放置された……とかな。案外幽霊騒ぎも最近のことじゃなかったりして」
「それを知ったところでどうするの? ここへはそういう目的で来てるわけではないわ」
アクティーの見解をセルファが一蹴する。
確かにここへは王都の過去を掘り起こすために来たわけではない。幽霊を退治して協会の提示した試練を乗り越えるためだ。
それもそうかと、ラウダは残りのページをペラペラとめくる。
『近頃王はよくあの騎士をお呼びになる。人払いをして、何やら2人で熱心に話し合っている様子だが、何故側近である私にお話くださらないのだろうか』
これが最後の記述となっている。この後に遷都したのだろうか。
しかし、遷都の相談を一介の騎士に相談するものだろうか。不思議に思いながらもラウダはその手帳を元の棚へと戻した。
「……これ以上ここにいても意味がないのではないか?」
イブネスにそう言われ、一行は部屋から出ることにした。
部屋を出てまっすぐ長々と続いていた廊下にようやく角が見えた。
曲がってみると、上階へ続く階段がある。
その奥は壁になっている。
「向こうの廊下とは繋がってないみたいだな」
やれやれとそう言うアクティーは少し考えた後、よしと声を上げた。
「上へ上がるか」
戻ったところで合流はできない。
それに幽霊退治が目的ならば、ここに留まっていたところで意味はない。
それは分かってはいたが、やはり心配なことには変わりない。
ラウダは思わずイブネスに問うた。
「オルディナのこと心配じゃない?」
イブネスは少し悩んだようだが、すぐに首を横に振った。
「あの傭兵も旅人も腕が立つようだからな……1人でなければ問題はない」
いつも心配そうにオルディナのもとへと駆け付けるので、てっきりもっと心配しているかと思ったのだが、やはり信頼しているのだろうか。
それに対してローヴのことだが、やはり不安しかない。変なところで張り切るあの癖。無茶をしていなければいいのだが。
ラウダは小さくため息をつくのだった。