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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第15話 たどる運命(さだめ)
78/196

15‐4

 ローヴ、ノーウィン、ガレシア、オルディナの4人は長い廊下を歩いていた。


 警戒は続けているものの、相変わらず何も出ない。

 何か感じると言っていた証の所有者たちとは見事に別れてしまったがために、全員気が休まらない。誰も何も話さない。


 そんな中、ふとローヴが後方を歩いていたオルディナの姿がないことに気づいた。

 慌てて後ろを振り返ると、彼女は立ち止まり、壁にかかった1枚の絵をぼんやりと見つめていた。

 ローヴは前を行く2人を引き留めると、オルディナのもとへと駆ける。


「またはぐれちゃうよ」


 そう声をかけるが、彼女は動かない。

 不思議に思い、顔をのぞき込むと、そこには不安そうな表情が浮かんでいた。

 やがて恐る恐る口を開いた。


「この絵、さっきも見ませんでした……?」


 振り返ることなく、その絵を見つめ続ける彼女同様に、ローヴも絵を見た。

 卓上に薄い水色の花瓶。そこに黄色いバラが複数生けられた油彩画。


「同じ絵が飾られてるとか?」


 そうは言ったものの、全く同じ絵が描かれていることなどあり得ない。

 あるいはこの世界には複写する力を持つ魔法でもあるのだろうか。


「さっきお兄さんと別れてしまった時もそうだったんですけど……やっぱりこのお城、変です……」


 不安な面持ちは変わらず。


「変って?」


 尋ねるローヴの方をようやくオルディナは振り向いた。


「例えばこの廊下……同じ道がずっと続いているような気がするんです」


 背筋がひやりとする。


 雷は怖くても、幽霊は怖くない。

 それは今まで幽霊などというものを見たことがなかったからであり、この世界では幽霊を退治することができると認識していたからである。

 しかし今になって突然体中を恐怖が駆け巡った。鼓動が早くなる。


 そんなわけない。

 そう言おうとしたときだった。

 絵画に赤い文字がじわりと浮かび上がった。


 ――ズッとココにいてヨ


 ひっとローヴが言葉にならない声を上げた。


 稲光が走る。


 直後、子供たちの笑い声があたりに響いた。


 *     *     *


 ラウダ、セルファ、アクティー、イブネスもまた長い廊下を歩いていた。


 進む先には闇。振り返っても闇。

 目が慣れてきたこともあり、左右の壁、所々に飾られた絵と置かれた台座、その上の花瓶を確認することはできる。

 しかし、廊下の先を見通すことまではできない。

 結構な距離を歩いた気もするが、そうでない気もする。

 4人の間にはただ沈黙が流れるばかり。


 そんな中、ラウダはイブネスとの出会いを思い出していた。

 不意打ちだったとはいえ、戦い慣れているアクティーを圧倒するほどのパワー。

 さらに、あの時はオルディナの制止があって止めたが、魔法も使えるときた。

 役割で言えば、魔法剣士とでも呼べばいいのだろうか。

 そんな彼を含めたこの中では、どう考えても自分が足手まといになること間違いなしだ。

 そうならないように努力しなければ、と剣を握る手に力を込めなおした。


 直後。


「わぷっ」


 変な声を上げてラウダが立ち止まった。


 顔面に何かが張り付いたのだ。

 目が開けないせいで前が見えず、口も開けない。

 細く粘つく、糸のような髪のようなもの。この不快感。


 ――くもの巣だ。


 手で振り払おうとするが、なかなかうまく取れない。


「なに楽しそうなことしてんの、ラウダくん」


 コートの袖で顔を拭うと、ようやく眼前が開けた。前を歩いていたはずのアクティーがこちらを見て、にやにやと笑っているのが見える。

 仏頂面になるラウダ。

 その右目の端に、さっと黒い影が映った。


「え」


 声を上げるのとほぼ同時に、耳元でパリンと盛大に何かが割れる音がした。

 顔をそちらに向けると、すぐ真横にイブネスの剣が突き出されていた。

 ぎょっとなって目だけでイブネスの方を見やる。

 マントで顔が隠れており、表情がはっきりとうかがい知れない。


 ふと、自分の足元に何かが散らばっていることに気づいた。


 大量の白いガラス片。何かが粉々になった跡だ。

 その近くに散乱するのは枯れた植物の枝葉。


 ――花瓶?


「……けがはないか」


 落ちているものが何か判明した直後、イブネスがそう尋ねてきた。ラウダの横顔から剣を離したものの、構えを解くことはしない。

 よく分からないまま、おずおずとうなずく。

 突然イブネスが攻撃を仕掛けてきたものかと驚いていたのだが――

 すぐにその考えが間違っていることを知らされた。


「さて、花瓶を投げつけた犯人のお出ましだ」


 イブネスを警戒していることを見抜かれていたようだ。アクティーが説明するかのように大きめの声でそう言った。

 はっと、まとわりつくような嫌な視線に気づく。


 ぐるりと自分たちを取り囲むそれは、青白い光をもって、暗闇の中から姿を現した。


 うふふ。うふふふふ。


 妖しい声を振りまきながらさまよう光は、やがて人の姿を形作る。

 4人の女性となった霊は、長い髪を振り乱し、軽やかに宙を舞う。


 長いスカートにひらりとしたエプロン。姿は城仕えのように見える。しかし、青白い顔は口元しか見えないので区別がつかない。

 そして、皆一様に足先がない。


 どうやらイブネスは彼女たちの不意打ち、もとい花瓶攻撃から守ってくれたようだ。

 罪の意識を感じつつも、ラウダは再度剣を構えなおした。

 先制してセルファが相手に切りかかる。きらりと輝く銀の短剣が相手を捕らえた。


 きゃああぁぁぁ


 切られた女は甲高い悲鳴を上げる。


 ――効いている。


 信頼していなかったわけではないが、幽霊に銀が効果的というのは本当だったようだ。

 だが完全に倒しきるには至らなかったらしい。ゆらゆらと揺らめくと、再び元の姿へと戻った。


「女性を攻撃するのは俺のポリシーに反するんだがな……」


 言いながらアクティーはメガネを押し上げ、詠唱を始めた。やる気満々である。

 物理攻撃が効くと分かったラウダがその横を駆け、敵を斬りつける。

 が、相手はそれをひらりとかわし、こちらを軽く指差した。


 指先から青白い炎がゆらりと現れたかと思いきや、勢いよくこちらめがけて一直線に飛んでくる。

 身を守ろうと剣でガードすると、なんと炎が分裂し、ラウダの左右へと飛んでいった。


「うおっ!」


 ちょうど左右にいたのはアクティーとセルファ。集中を乱され魔法を発動し損ねる。

 敵を攻撃しようと構えていたセルファは軽やかに後ずさった。


「ご、ごめん!」


 後ろを振り返り慌てて謝っていると、そこへヒヤリとした手が首に差し伸ばされた。


 全身に悪寒が走る。血という血が全て凍りついてしまうかのようだ。

 そのままぐぐっと力が込められる。

 女性とは思えない力強さ。首が徐々にしめられていく。


 冷気と息苦しさで、だらりと体の力が抜ける。全身が重い。

 楽しそうに口を開く相手の顔が見える。


「ラウダ!」


 アクティーとセルファがそれぞれ切りかかろうとラウダのもとへ駆ける。

 しかしそれより先に、他の霊たちが先ほどと同様に青白い炎を放った。

 それを剣で斬るが、そこから炎は分裂、交差してお互いのもとへと飛んでいく。

 再度炎を斬りつけようとするが、はっとなり、素早く横に回避した。


 目標を外した炎は、壁にぶつかりかき消えた。その部分だけ壁が黒く染まる。

 もしあの場でさらに炎を切りつけ、分裂させていれば、今度はラウダのもとへと飛んでいただろう。今の彼は格好の的と化している。避けられない。

 近づけば炎。魔法発動のため集中していれば、炎か、あるいは手が伸びてくるだろう。


 うふふ。


 揺らめく女たちは笑う。もうすぐ仲間が増えると喜ぶかのように。

 だが、このまま仲間入りなどごめんだ。


 ラウダは鉛よりも重く感じる腕を力いっぱい振り上げた。

 首をしめていた細い両腕には本来あるはずの骨や筋肉がないのか、いともたやすく半ばから斬り取られた。


 あああぁぁぁ


 痛みに悶え、ようやく女がラウダから離れる。


「げほっがはっ」


 唐突に空気が通るようになり、ラウダは派手にむせた後、生命力を取り戻す勢いで荒い呼吸を繰り返す。

 目から涙がにじむが、それでも相手をきっとにらみつけた。


 いつの間にか、先ほど斬ったはずの腕が元通り生えている。しかし相手は斬られた箇所を抑えうずくまったまま動かない。

 痛みは感じるが、体は死した時のまま変わらないのだろうか。

 だが、人質さえなければこちらのものだ。


 足に力をこめ、誰よりも早く敵との距離を詰めたセルファが短剣で相手を突き刺し、もう一方の短剣で斜めに切り下ろした。

 深々と傷を負った女が悲鳴を上げている反対側でアクティーもまた、ゆらめくもう1体に接近すると、手にした幅広の剣で女の胴を横に割いた。


 ああっああああぁぁ


 女たちは絶叫するが、またしても倒すには至らなかったらしい。彼女たちもまた、ラウダに斬られた敵同様、斬られた箇所を抑えたままうずくまっている。

 するとその後ろに控えていた別の霊が、怒りを露わにするかのようにばっと両手を広げた。

 両手から大量に吹き出した青い炎が、辺りを縦横無尽に飛び交う。

 武器にあたれば分裂するとは分かっているが、他にどうしようもない。それぞれ武器を構え、身を守る。


 しかし、武器にあたる炎の数が思いの外多い。あたった炎は当然分裂し、他の人間目がけて飛ぶ。

 気が付けば、辺り一帯を大量の炎が飛び交っていた。

 このままでは身を守り切れないと、全員が屈み込み、襲い来る炎を武器で防ぎ続ける。

 その間も霊は炎を両手から吹き出し続ける。これではキリがない。


「やはり運命か……」


 ぼそりとイブネスがつぶやいた。

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