15‐2
目的地は王都を出て北。
元々メルスというのは山のふもとにある小さな国だったらしい。しかしポート・エルラができてから、物資の輸送や人の往来が増し、住民の数も増加した。
やがてそのままでは不便なことが増え、現在の場所へと遷都したのだ。
北にある古城というのはその時の名残で、貴重な過去の建築物として保存されていたそうだ。
しかし近年魔物が増加し、手入れもままならず、魔物が住み着いてしまったのではないかというのがアクティーの見解だった。
雲行きが怪しくなってきた空の下を、少し急ぎ足で古城に向かう。
「でも旅人のことまで気にかけて立派な王様だよね」
道中、王様というものに会った感想を述べたローヴに、一行は不思議そうな顔を浮かべた。
「だって先に向かった旅人の音沙汰がないから、心配してわざわざ他にも人を募ってたんでしょ?」
「そりゃあ違うぜ、ローヴちゃん」
あっさりと否定され、ローヴは驚く。
そんな彼女のために、アクティーは国王とは何たるものかを説明する。
「国王ってのは人々を導く存在。だから少しでも期待を裏切るようなことがあればたちまち玉座から引き下ろされてボッコボコにされるわけ」
はあ、とよく分からないまま、ローヴは相づちを打った。
「そうなるのを避けるため、いつも人々の期待に応えているんだ。使えるもん使ってな。だけど古城に幽霊が現れたとなるとさすがの兵士たちも手に負えない。そこで俺たち旅人の出番だ」
「……えーとつまり?」
首をかしげる彼女に、アクティーが簡潔に答えを述べた。
「俺たちより先に入った旅人がやられたら、幽霊は倒されない。そしたら国王の地位が危うい」
そこまで言われて、ローヴはぎょっとなる。
「ということはボクたち……保険!?」
よくできましたと言わんばかりに、アクティーは手をたたいた。
「そゆこと。いい人ぶってるが結局は全て保身のためさ」
「じゃあボクたちがやられたら……」
「今度は別の旅人に頼むだろうな」
「ひどい……」
思っていた人物像と異なり、王というものの本性を知ったローヴはがっくりと肩を落とした。
「貴族や王族の旅人に対する扱いなんてそんなもんさ。無所属の人間ほど扱い易いものはないからねえ」
旅人として生きてきたガレシアは腰に手を当て、やれやれと首を横に振る。
聞けば、今回だけではなく今までも同じような手を使っていたそうだ。場合によっては自国の兵士に身辺警護を任せ、魔物退治は傭兵たちに任せることも少なくなかったという。
「そういえばポート・エルラを出たとき、城に対してあんまり期待しない方がいいって言ってたけど、そういうこと?」
ふと思い出したことをラウダがアクティーに問うと、彼は少し悩んだ後で、
「それもある」
とだけ答えた。
他にも王都の黒い部分があるのかと思うと、げんなりしてしまった。
そんな心境を表すかのように、太陽を黒雲が覆い、遠くでゴロゴロと音が鳴り響いた。
* * *
薄暗く静かなかつての城下町を通り抜ける。
ゴブリンが住み着いていたエメラの遺跡とは異なり、家々は形を保っており、今でも誰かが住んでいると言われてもおかしくなかった。
その奥に、城が立っていた。
現在の王都にある城よりは幾分か小さいが、それでも十分大きかった。
白いレンガ造りのそれには大きく、大口を開いた竜が彫られていた。やはりあれがメルスの紋章なのだろう。
城の巨大な木製の扉に着くなり、大雨が降り出してきた。
「町中には幽霊いなかったね」
てっきり町を幽霊が闊歩していると思い、身構えていたラウダは剣を下ろした。
家々から幽霊が出てきでもしたら、すぐに囲まれてしまうだろう。そのようなことにならず、思わず安堵してしまった。
「気は抜くなよ。ここからが正念場だ」
傭兵の顔付きに変わったノーウィンに注意され、慌てて剣を構えなおす。
「行くぞ。いいな?」
ぐるりと見渡し、仲間全員がかけ声にうなずいたことを確認すると、ノーウィンは扉を押し開ける。
扉はギイイと音を立て、ゆっくりゆっくりと開いた。
ノーウィンに続けて、全員が素早く中に入る。
城内は静まり返っており、ほこりっぽい。見ると、いたる所に大きなクモの巣が張られている。
アクティーの言った通り、長い間手入れされていないようだ。
そして、先に入ったという旅人が戦闘している音など微塵も聞こえない。
薄暗く、目が慣れない中、唐突に稲光が走った。
思わずローヴが悲鳴を上げる。耳をふさぎ、しゃがみ込む。
ラウダが人差し指を口に当て、しーっと静かにするよう声をかける。
そういえば彼女は雷が苦手だった。
劇団に入ってきたばかりの頃、練習中に大きな雷が鳴ったことがあった。その際彼女は、涙目になりながらものすごい勢いで倉庫の奥に逃げ込んでいた。
そんなことを思い出し、1人苦笑する。
「な、何笑ってんの」
ラウダは首を横に振り、なんでもないと言った。
ローヴは頬をふくらませながら、立ち上がった。
「どうする? 手分けするかい?」
6人もいるのだ。分担した方が早いかもしれないとガレシアが提案する。
しかし、相手は正体不明の幽霊。いくら銀武器を装備しているとはいえ、本当に効果があるのか分からない。
もし効果がなければ魔法が使えないノーウィンとガレシア、それからラウダは戦闘に参加できないことになる。
そのことを考慮し、伝えたアクティーはひとまずは全員で行動すべきだと提案した。
「まずは1階を探索してみるか」
全員がその案にうなずくと、各々武器を構えなおし、奥へと歩を進める。
しかし、1階にある広間、王族の食卓、台所と見て回ったものの、何の気配も感じられなかった。
一行は顔を見合わせ、首をかしげる。
「隊商が古城の近くで襲われたって話だったけど……本当にそうなのかねえ?」
ガレシアが不思議そうにそう言うが、誰も何とも言えなかった。
もしかしたら今回の幽霊騒動とは別物ではと思いながらも、場所を移動する。
その後も城仕えのものだと思われる部屋や、長い廊下を歩いていたが、全く何も起こらない。
だが、続いて兵舎に入ると闇の中に何者かがいた。
ぼんやりと浮かぶのは金髪の少女の後ろ姿。
もしやうわさの幽霊かと、全員が身構える。
しかし彼女はその場から動かない。というよりきょろきょろと何か探しているように見える。
不思議に思い、警戒はしつつも後ろ姿に近づく。
「あの」
「ぴゃっ」
ラウダが声をかけると、少女はおかしな悲鳴を上げて、ばっとこちらを振り返った。
「……オルディナ?」
「ローヴさん?」
見知った人物の名前をローヴが呼ぶと、相手も名前を呼び返してきた。
意外な所で意外な人物に出会い、お互いに目をしばたかせる。
「良かったあ……わたしてっきり幽霊さんかと……」
ぎゅっと握りしめていた杖を下ろすと、少女――オルディナはにっこりと微笑んだ。
「知り合いかい?」
ガレシアがラウダに問う。そういえば彼女は初対面であった。
オルディナのことと、彼女との出会いを話すと、ガレシアはにこやかに少女へと歩み寄り、簡単に自己紹介をした。
オルディナもまた微笑み名乗ると、ぺこりとお辞儀をした。
「いやあ、まさかこんなところでオルディナちゃんと再会するとはなあ……ん?」
アクティーが途中で何か忘れていることに気がついた。
そういえば。
「えーっと……1人?」
ラウダが尋ねると、オルディナの表情が曇り、うつむいた。
本来彼女の側にいるべきマント姿――イブネスが見当たらない。
「それが、その……またはぐれてしまって」
全員が呆れた表情を浮かべると、彼女は慌てて弁明した。
「こ、今回は違います! 敵の罠にかかってしまって……わたしだけ、ここに……」
なんでも、突然どこからともなく魔法が飛んできて、自分だけワープしてしまったらしい。
「確かに綺麗なお花畑の絵を見てはいましたが……」
その後にぼそりとそう言ったのを聞いて、一行は苦笑するしかなかった。
「と、とりあえず一緒に行こう?」
ローヴがそう言うと、彼女はぱっと顔を輝かせ、こくりとうなずいた。
「イブネスのやつとはどこではぐれたのかな?」
アクティーが持ち前のフェミニズムを発揮すると、オルディナはええと、と考え込んだ。
綺麗なお花畑の絵、綺麗なお花畑の絵……と何度かつぶやいた後、あっと声を上げた。
「2階です」
「……いや、2階のどこ?」
思わずラウダがツッコむと、またしてもうーんうーんと悩み出す。そしてはっとした表情で顔を上げた。
「長い廊下です」
「…………」
長い廊下といえばたくさんある。
一行が困った顔を浮かべていると、オルディナは申し訳なさそうにしゅんとなった。
「すみません……このお城広くて……」
「……まあ、探せば見つかるだろう」
ノーウィンが苦笑しながらそう言うと、少女は安堵した表情を浮かべた。
「この子、天然なのかい?」
呆れたようにラウダにこっそりと耳打ちするガレシアに、
「……そうみたい」
と答えるしかなかった。




