14‐7
先に待ち合わせ場所に着いていたのはガレシアだった。
広場を行き交う人々の顔。露天での売買の交渉。立ち話をする女性たち。
そんな人間たちを、彼女は花壇の縁に腰かけ、眺めていた。
「ガレシアさーん」
名前を呼ばれた方を見やり、手を振るローヴと一行の姿を確認すると、にこやかに微笑みかけてきた。
「図書館はどうだった?」
「なんて言うか…すごかったよ。あんなに本があるとは思わなかった」
「なんだか秘密基地みたいな感じだったよね。隠れるところいっぱいあったからかくれんぼにはうってつけかも」
なんと子供らしい発想だろうか。
ラウダが呆れていると、ガレシアが面白そうに笑った。
「だろう? …といってもアタシも2、3度行ったことがあるだけなんだけどね」
「ガレシアさんも何か調べものを?」
その問いに、彼女は首を横に振った。
「父さんにくっついていっただけさ。そもそもアタシは読書ってもんが苦手でね」
「もしかして僕らについてこなかったのってそれが理由?」
ガレシアはにやりと笑うと、すっくと立ち上がった。
「そ。アタシはじっとしてるのも苦手なんだ」
ふとポート・ラザでの出来事を思い出した。
あの時も彼女は危険な海上へ出ると言って聞かなかった。
確かに彼女は待つよりも行動を起こすタイプのようだ。
「じゃあ待ってる間も何か?」
不思議に感じたローヴは首をかしげる。
たった今までここに座っているだけだったように思えたのだが。
「ちょいとばかし人間観察をね」
本人が言うには、あちこちで同じように人々の様子を見てきたらしい。
確かに、用もないのにあちこちで人に話を聞いたり、会話に首を突っ込んだりすると怪しまれるだろう。
立ち聞きというとあまり良い印象は得られないが、旅人らしい情報収集の仕方だと思った。
「それで何か情報収集はできたのか?」
「ああ、気になる話をいくつか耳にしたよ」
さっそくその話をしようとした矢先、向こうから見慣れた姿が広場に歩いてきた。
何やら考え込んだ風な男に、ガレシアは肩をすくめ、口を閉ざした。
その様子に気づいた一行は背後を振り返った。
「アクティー」
ラウダが名を呼ぶと、相手はこちらに気づいたようだ。
足早にこちらに寄ってくるなり口を開いた。
「良い情報だ」
そういう割にあまり嬉しそうな顔はしていない。
それを理解したうえであえて問うてみた。
「何か良いことでもあったの?」
そう尋ねられ、アクティーはなぜかもったいぶったように一息置いた。
「仕事の予定が入った」
しばし間をおいて。
「そう、頑張ってね」
ラウダが見送りの言葉を発すると、アクティーが不機嫌そうな顔を浮かべた。
「バカ。お前らも行くんだよ」
思わず顔を見合わせる一行。
「ちょっと待った。なんでアタシらも含まれてるんだい?」
そっぽを向いていたガレシアがアクティーを責め立てると、彼はめんどくさそうに頭をかいた。
「王命だよ」
「は?」
「協会に依頼が来ていたらしい。詳しいことは王に謁見して聞け、だとさ」
ラウダとローヴが顔を見合わせた。
直後、2人そろって大声を上げる。
「えっええええ!? えええ、謁見!?」
「謁見ってあの、王様に!? 本物の!?」
「声がでかい」
ノーウィンに言われて、思わず口を手で押さえ辺りを見渡す。
ちらりとこちらを見る者が数人いたが、すぐにそれぞれの生活へと戻っていった。
あまり注目されなかったことにほっと胸をなでおろす。
「協会は俺たちの力を試したいんだとよ。勇者とそれに従う者たちをな」
「もしかして、王様にも僕が勇者だって言わなきゃいけないの?」
ラウダは表情を曇らせた。
ただでさえ未だに勇者などというものに納得していないというのに、国を挙げて大々的に取り上げられるなどまっぴらごめんだ。
「協会からは、腕のある旅人を見つけたと伝えるって聞いてるから、その辺は心配しなくてもいいと思うぜ」
それを聞いて、ラウダは小さくため息をついた。それならばいいのだが。
「そんなことしている暇はないのに……」
セルファが苦い顔を浮かべると、アクティーも同意を示した。
「気持ちは分かるぜ、セルファちゃん。けどな、これで俺たちの力を証明できれば協会からの全面支援を受けられる」
セルファは腕を組み、しばし悩む。
確かに協会からのサポートを受けられれば、後々の旅が楽にはなるかもしれない。
中立の立場をとる協会ならば、国家間の問題など、さすがのセルファにもどうしようもないことも解決できるだろう。
やがて彼女は小さくうなずいた。納得したというより、仕方がないという感じだったが。
「王命、ねえ……じゃあきっと……」
「ガレシア?」
同じく何事かを考えていたが、ラウダに問われ、ガレシアはなんでもないと首を横に振った。
「こんな格好で大丈夫かな……」
ふと、つぶやかれたローヴの言葉に各々自分たちの服装を見やった。
とてもではないが、王に謁見するような恰好ではない。
「そもそも旅人が王様に謁見するなんてことあるの?」
ラウダが何度か芝居の中で王に謁見するシーンを演じたことはあるが、騎士や貴族の息子など、いずれもきらびやかな衣装をまとっていた。
「全くない、こともないけど……あまり聞かないね」
ガレシアが言うには、国が国内外問わず人を募ることもあるらしい。
内容に関してはピンからキリまで。国で処理できないものが該当するらしい。
ただし、そういう時は大抵が厄介事だそうだ。
「傭兵の中には報酬がでかいからって理由で好んで引き受けるやつもいるみたいだけどねえ」
言いながら、ノーウィンの方をちらりと見やった。
しかし、彼は首を横に振った。そんな大きな仕事を引き受けたことはない、と。
「俺たちは旅人なんだ。貴族みたいに豪華な服を着てる方が逆に変だろ?」
アクティーにそう言われはするものの、不安が拭えない。
「それに謁見の時間はもうすぐだ。準備してる時間がない」
そんなことは聞いていないと言わんばかりに、全員が一斉に彼の方を見た。
「もうすぐ!? だってまだ心の準備が」
「協会から城に連絡が行ってんだと。王命をこなせる人間がいるってな」
「そんな無茶苦茶な……」
ガレシアが呆れた声を上げる。
しかし今さら逃げ出すわけにもいかないので、一行はアクティーに急かされるまま、しぶしぶと階段を上り、城へと向かうのだった。
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