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『ディターナのれきし』と題された子供向けの大判本を閉じると、ローヴは大きく伸びをした。
「勇者に関する記述はほとんど見当たらないね……」
あるのはいずれも『どこかからやってきた勇者は世界を救いました。めでたしめでたし』というおとぎ話のようなものばかり。
勇者とは何かというテーマを掲げた本もあるにはあったが、どこからやってくるのかという項目には、地図に記されていない隠された村や俗世を離れた山中などと記されてはいたものの、異世界や未来といった表記はどこにもない。
それ以外にはどんな人物が選ばれるのか、どのような偉業を成し遂げるのか、などという仮説ばかり書かれており、答えとなることは載っていなかった。
ちなみに選ばれる人物像には、筋肉質で大柄な男、聡明で凛々しい青年などが挙げられており、ラウダとはとてもかけ離れたものだった。
『勇者と出会った体験談』なるものがあれば情報収集も早いのだが。
『世界構築教典』と題されたいかにも難しそうな分厚い本を手にしていたラウダは、背もたれに体を預けると、そのままずるずると下にずり落ちていった。
勇者の話以上に、リジャンナと関係する記述はまるで見つからない。
ノーウィンも手にしていた本から顔を上げると、目頭を押さえ、首を横に振った。
積まれた本の山を見た3人は、それぞれ小さくため息を漏らした。
これだけの本の中から必要な情報を探すというのは、普段から本を読まない人間にとってはなかなかの苦行であった。
対して、黙々と本を読んでいるセルファ。
「セルファはどう? 何か見つかった?」
もしかして何か見つけたのだろうかとそちらを見やると、彼女の持っている本の題が目に入った。
『ゴブリンでもわかる天体観測』
「……何を読んでるんだお前は」
「なかなか面白いわね、これ」
呆れた声を出すノーウィンに、彼女は顔を上げることもせず、本を読み続ける。
そんなに面白いものだろうか。
しかし、難しい内容ばかり読んでいたせいで、その質問を投げかける余裕はなくなっていた。
「……勇者に関して正しく記された本なんてそうないと思うわよ」
ぼそりとつぶやかれた言葉に、全員が硬直する。
なぜもっと早く言わないのか。
その質問を投げかける余裕もなくなっていた。
ラウダは右手を天に掲げると、ぼんやりとそれを見つめた。
「せめてこの証の使い方が分かればいいのに……何が条件で」
光るのだろう、と続くはずだった言葉は、ばさばさっという派手な物音で打ち止められた。
見ると、抱えていた本を取り落とし、ぽかんとした表情でこちらを見つめるキュレオの姿があった。
一行もまた驚いた表情で見つめると、半開きだった少年の口からゆっくりと言葉が発せられた。
「勇者……なんですか……?」
「え、あ、うん」
とても勇者の台詞とは思えない適当な返事だったが、嘘は言っていない。
「ラウダさんが……本当に……?」
恐る恐るそう尋ねてくるものの、疑っているというより、確認しに来ているように感じる。
よく分からないが、ラウダがこくこくと首を縦に振ると、キュレオは素早くラウダに近づき、突然彼の両手を取ると、ぎゅっと握りしめた。
「感激です!」
何事かとラウダが目を白黒させている間にも、少年は熱を上げる。
「僕ずっと勇者に憧れていて! いろいろと文献を読み漁ったりしていたんですけどまさか本物に出会えるなんて! やっぱりすごい魔法とか使えたりするんですか!? 本にはそこまで載っていなくて、あっ、左右どっちの手に証があるんですか!? これはもう手を洗えないなあ!」
言いながら、握りしめたラウダの両手をぶんぶんと上下に振る。激しい。
どちらの手に証があるかというと右手だが、証はセルファやアクティーのように自在に出せるわけではない。
されるがままになりながら、返答に困っていると、突如として太陽の証が輝き出した。
ぎょっとなるラウダとは対照的に、キュレオは手を振ることを止め、食い入るように手のひらを見つめた。
「これが……太陽の証……」
なんとサービス精神旺盛な証だろうか。それとも単純に上下に振ると証が出てくる仕様なのだろうか。
しばし、証に見入っていたキュレオだったが、はっとした様子で、慌ててラウダの手を離した。
「す、すみません……まさか伝説をこの目にすることができるとは思わなくて……つい、熱が……」
「あ、ううん、ちょっとびっくりしただけだから……」
ちょっとどころではない。
「ええっと……もしかして、勇者に関して詳しかったりするのかな」
おどおどとする少年に、ローヴが問いかけた。
先ほどの口ぶりから察するに、どうやら彼が答えを握っていたらしい。
「え、ええ、まあ。僕の本職は勇者や証に関する内容を研究テーマとした考古学者なので」
4人はゆっくりと顔を見合わせた。この数時間は何だったのだろうか。
「ですが、それに関してはご本人の方が詳しいのでは?」
不思議そうに首をかしげるキュレオ。当然と言われればそうなのだが。
ラウダとローヴは顔を見合わせると、小さくうなずいた。
「その、変に思わないでほしいんだけど――」
ラウダは簡単に自分たちの状況を説明した。
自分たちがリジャンナという世界からやってきたこと。よく分からないうちに証を手にしてしまったこと。
セルファとアクティーの話をすると、少年はまたしても目を輝かせたが、セルファは頑として手を触れさせなかった。
セルファから太陽の証に関する伝承を聞いたことも伝えると、少年はあごに手を当て、何事かを考えていた。
だがしばらくすると、首を横に振った。
「すみません。僕ではあまりお力にはなれないようです」
「どういうこと?」
期待していたこととまるで違う答えが返ってきて、ラウダは怪訝な顔を浮かべた。
「セルファさんの仰っていることが僕の知っていることと同じだからですよ」
キュレオは自分の知識を引き出すように、目を閉じ、語る。
「世界が危機に陥った時、太陽神ソルより太陽の証を授かった勇者がいずこかから現れ、月女神ルナの使いに導かれ世界を救う……地水火風の証を手にした人間を引き連れて、ね」
少年は目を開くと腕を組んだ。
「それにしても、異世界からやってきたというのは興味深いですね。確かに勇者はどこからやってくるのか不明とされていましたがまさか……とはいえ、この世界との関係性は今のところ思い当たりませんが……」
結局どの問題にも答えは出なかった。
ラウダが小さくため息をついたのを見て、キュレオは一つの道を示した。
「まずは残る水と火の証を持つ者を探すのが第一じゃないでしょうか。そうすることで開ける道もあるかもしれません」
確かに彼の言う通り、勇者が世界を救う際には4つの証を持つ者が必ず出てきた。
4人がそろわないことにはガストル帝国へ行ったところで何も解決しないのかもしれない。
「そうだな……セルファも全てを知っているわけじゃない。この世界に起こっている異常についてももっと正確な情報が必要だろう」
ノーウィンがそう言うと、セルファはようやく本を閉じ、小さくため息をついた。
結局、大図書館では歴史について知れたものの、現状に関しては大した情報は得られなかった。
どっと疲れが出てきて、無言になる。
「……考古学者もそうですが」
沈黙を破って話し出したのはキュレオだった。
「本を読むだけでは得られないものはこの世界に数多くあります。時には自分の足で探して、自分の目で見ることも大事ですよ」
笑顔でそう言う彼はどこか達観した様子で、とてもラウダやローヴと近い年頃の少年とは思えなかった。
その後も地理や食べ物など、気になっていたことを知るべく本を読むものの、すっかり集中力が切れてしまっていた一行はその場を後にすることにした。
山積みになった本をそのままに――片付けを手伝うと申し出たが、1人でやると言って聞かなかった――キュレオに見送られた一行は待ち合わせの広場へと向かった。




